北の都 20
背広にネクタイ。
指にはごつい宝石の嵌った指輪。
堆く積み上げられたチップ。
左右に使用人を従えた男、キーン・アーチ子爵。
カジノポーカーのルールはやや特殊で、子対子の場合もあれば親対子の場合もある。
ここでの親とはディーラーだ。
子は言うまでも無く客、プレイヤーの事。
ディーラー対客の場合、ディーラーより高い手を作れば良いという事になるが、客同士でカードの情報をやり取りするのは禁止。
コールもレイズもドロップも、ルールそのものは同じだが、ドロップしたチップは親が取る事になる。ここが一番の違いかもしれない。
簡単に説明する。
コール=現ベット額にスタート時のベット額を払って次のターンに進む事。
レイズ=任意の上乗せベットを行い次のターンに進む事。
ドロップ=場に出したベットを放棄する事。親のドロップは、子のコールやレイズを受けないという宣言でもある為そのターンの直前の子のベット額を払う事になる。
ターン=全ての参加者がドローし終わるまでの巡目。
ドロー=ターン中にコールやドロップを判断する事。自分の手番。
オープン=最終ターンまでベットした子に対して親が同額ベットし手役勝負を宣言する事。
・ポーカールール(対ディーラー)
・参加プレイヤーは最大三人まで。
・最初にレートを選択して参加する(ここではイエロー、ブルー、レッドのいずれか)。勝負開始前のベット額がレートになる(コール時に必要な最低ベット額)。
・ファーストターン開始時に二枚手札が配られ、場に三枚カードが開示される。ターンが進むと一枚手札が追加され、その中から手役を構成していく。
親は最初のターン、子より一枚多くカードを引いて選ぶ事ができる(捨て札は開示されない)。
一見親有利だが、親であるディーラーの手だけ読めば良いので、プレイヤー同士の対戦とはまた違った駆け引きができる(他プレイヤーのレイズで親がドロップすれば親の手のヒントになる等)。
・子は最初に配られたカードでドロップできる。ドロップすればその時点でプレイヤーのチップは親に没収される。
親と子の勝負は同時進行なだけで、親のドロップやコールは各プレイヤーに対してそれぞれ選択される。
・ディーラーがドロップした場合(親は一巡目不可)、プレイヤーはベット額の倍額を得る事ができる(親は最終ドロー)。このベット額はプレイヤーと親の間に成立しているものなので、プレイヤー同士のベット額には差がある。
レイズには上限有り(規定はそれぞれ)。
・最終ターン(三ターン目)を終えてオープン(勝負)して勝った場合、子はベット額の倍額を得る事ができる(親は子のベット没収のみ)。
ルールとしてはこんな所か。
まあ覚えて貰う必要はない。
このテーブルで行われているのは親対子。
手役に応じて倍率の変化しない健全なルールでもあるので安心といえば安心だ。
ただ、大負けしにくいが大勝ちもしにくい。
良い手が来てもハイレイズで勝つにはディーラーを乗せる必要もあるし、周りのプレイヤーのベットもディーラーの押し引きの判断に影響する。
親は基本手役ができやすいからだ。
スタート時点で有利といえる。
勿論プレイヤーそれぞれのベットと負けた場合のリスクを考えながらコントロールしていく訳だが、一巡目に親のレイズが掛かると子は着いて行きにくい。
まあ親のレイズはかなり制限されているけど。
実際は親がよほどのボンクラでも無い限り親が勝ちを増やす遊びでもある。
ディーラーがボンクラな訳は無いのでつまり俺の負けは決まったようなものだ。
カジノプレイヤーの腕試しと言おうか、一種の競技のような側面を持つ。
「どうなさいますか?」
エルザさんが尋ねてくる。
どうとはどんな風に会話を持ちかけるかだろう。
「ひとまず参加するくらいしか思いつかないですけど、チップだけ無くなって退散も充分ありえますよね」
「それはお気になさらず。顔を覚えて貰うだけでも意味はあるでしょう」
うーん。しょうがないか。
これまたお誂え向きに席は一つ空いている。
一対二の構図だ。
意を決し進む。
「参加しても?」
「新たなお客様のお越しです」
ディーラーの声に従い参加者が拍手してくれる。
歓迎の意。
勿論周囲の観客も拍手してくれる。
ポーカーやブラックジャックは見物客が集まるものだ、仕方ない。
「宜しく頼むよ」
「こちらこそ、お願いします」
中央の席に座るアーチ子爵から声が掛かる。
最低限の収獲はひとまず得た。
ノーベットでこれは幸先がいい。
「始めます」
勝負が始まる。
スタートベットは最低千ジェル分。持ちチップは十七万ジェル換算だから、俺は最大百七十回参加できる訳だ。
だがチップの崩しはエルザさんに止められた。
レート選択権は無い。
最大レートのレッドチップを置く。
「レッドチップのみで参加か。これは勝負師のお越しかな」
最大レートの一万ジェル分のベット。俺とアーチ子爵。右端の男はイエローチップだ。
二人最大レートを選択した事で周囲から囁き声も聞こえてくる。
「長くやるつもりが無いだけですよ」
「おお、これは楽しみだ。期待するとしよう」
アーチ子爵が笑う。
エルザさんはこれを見越して?
ハイローラーの心理とか勉強してるのかな。
カードが配られる。
二枚の手札が同じならかなり勝利が近付く。
が、そうそうそんな事は起きない。残念。
場に三枚のカードが提示され、親が一枚捨てる。
「ファーストターンです」
さあ、どうするか。
長くやるだけならここでドロップを繰り返せば良い。
少なくとも十七回は参加できるのだ。
しかし先程の言動からすると、アーチ子爵は俺が最初からドロップを繰り返して勝負を放棄すれば口もきいてくれなくなるだろう。
親を叩く戦力として期待されているのだ。
ターンに入ってからのプレイヤーの会話は禁止。
勿論周囲の客も。
勝負が始まってしまえば、有意義にチップを使うにはカードとベットで会話する他無い。
配られた手札は席に着いた人間にしか見えないよう、仕掛けが施されたカードホルダーに入る。
オープンまで開示される事は無い。
どうする。
手役は場の三枚の内一枚が手札と同じだったのでワンペアが成立している。
最初に役が出来るのはかなり良い。
コールに要するのはスタート時のレッド一枚。
勝負を続行すれば残り十五枚になる。
しかし親がレイズすれば俺は着いていくのが難しい。一勝負で終わりになりかねない。無意味に漫然とコールした所で次ドローでコール分一枚損するだけだ。
うーん、うーん。
エルザさんどうしよう?