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北の都 19

 ポーカーテーブルでチップを高く積み上げているジャケットの男。

 他の客が食い入るように見つめる中、ルーレットのボールを見もせずに横の美女からグラスを受け取る余裕たっぷりの男。


 ポーカーをしているダンディーな男がキーン・アーチ子爵。

 不釣合いな美女を従えた、肥って禿げ上がったルーレットの男がクローハン商会バルジ会長。


 時間を掛けてエルザさんがターゲットに絞った相手だ。


「アーチ子爵は資産家で有名です。ただ役職は無く、政治への影響力はさほど持っておりません」


「バルジ会長も表立った政治への影響力はありませんが、貴族へのパイプは相当なものかと。どちらから始めますか?」


 とうとう実践か。

 しかしいきなり貴族相手は怖い。

 クローハン商会のトップと懇意になるのは俺にもメリットがあるし、まずはあのハゲ親父と行こうじゃないか。


「ルーレットにしましょう」


 エルザさんを従えテーブルへ向かう。

 バルジ会長の後ろに立つ二人の男は護衛だろう。カジノ側も特別待遇のようで、女性従業員が一人張り付いてトレーを構えている。


 バルジ会長の右隣には美女。

 左は躊躇われるのか都合よく空席となっている。




「隣に座らせていただいても?」


 にこやかに話しかけ――たのは俺ではなくエルザさんだ。


「ああ、構わんよ、どうぞ」

「有難うございます。ラスター様、どうぞ」


 引っ掛けじゃねえか。

 だがその程度では怒らないらしい。

 俺にも笑いかけながら手で指し示す。


「景気の良いお方の隣が空いているとは僥倖です。ご相伴に預からせていただきます」


 これは賭場で良く使われるおべんちゃらというか挨拶のようなものだ。

 観察した結果カジノでは使う人間がほとんど居なかったようなので賭けではあるが。


 まずはワンベット、ってなもんだ。


「ははは。残念ながら私は下手でね、ご期待には沿えないかな」

「とんでもありません。この席が空いていた事で私は今日ツイていると確信しました」


 護衛の警戒が伝わってくるが、ひとまず最初の賭けは失敗とはならなかったようだ。

 成功する為にはどんどんベットするしかない。


「君はカジノには良く?」

「いえいえ、西部の田舎者でございまして。たまの気晴らしに行く程度です」


 バルジ会長の体がこちらを向く。

 レイズ。

 冷や汗ものだな、ここからは。


 ルーレットが回りだす。


「ほう、西部のカジノには私は行った事が無いな。どうかね、ここと比べて」

「西部にはカジノは残念ながら」

「クローズまで十秒です」


 ディーラーがベットの締め切りを告げる。

 隣の美女が何事か囁き、バルジ会長が無造作にチップを置く。赤いチップが十枚。


「主に王都ですね」

「王都か、バーデンホールには私も良く行くよ」


 王都のバーデンホールは国内のカジノでは最も古い歴史を持つ。

 しかし時と共に貴族や富豪向けのより高額のカジノが建っていった為、レートとしては中間程度。


 高額の賭けに興じるハイローラー達の間では庶民の遊びと揶揄される場所であり、金の無い低位貴族や小金持ちの社交場でもある為、高位貴族や富豪は既にほとんど訪れないカジノとなっている。


 事前にエルザさんから得た知識だ。

 どう返すのが正解だ?



「……格調高いホールですね。ご趣味が良い」

「そう、その通り。格調だよ。正直私は勝ち負けにはそこまでこだわっていない」


 バルジ会長が笑う。

 これまでの笑みとは違う種類。


「歴史というのは金で買えるものでは無い。王都で血眼にならずともここに来れば充分だ」

「何とも品のある遊び方をご存知なのですね。これは私のような男が隣に座らせていただくなど十年早かったようで、恐縮です」


 赤の二番、という声と共にテーブルのチップが回収されていく。

 周囲から悲嘆の声が漏れる中、バルジ会長はルーレットの行方を見ようともしていない。


「それこそ私が恐縮してしまうよ。気兼ねせず大いに遊ぶといい」

「大いに、となれば良いですが」


 苦笑しながら置いたチップをトントンと指で叩く。

 バルジ会長が愉快そうにチップを見る。


「残り十九枚か。幸運を祈ろう」

「有難う御座います」


 ポンと俺の肩に手を置き立ち上がる。


「では私は上へ行ってくるよ」

「幸運を」


 上階は更に高いレートのフロアだ。

 俺の立場でそこに行けば不自然。

 従業員の先導でバルジ会長は取り巻きを引き連れ去っていってしまった。




「お見事でした」

「すぐフラれちゃいましたけどね」

「充分かと思われます。好印象を残せたのではないでしょうか。お見それいたしました」


 再び壁際へ戻った俺にエルザさんは合格点をくれる。自己紹介まで行かなかったが。


「子爵の所へ参られますか?」


 丁度その時キーン・アーチ子爵の座るポーカーテーブルから嬌声が上がる。

 今に始まった事じゃない、ずっとあの調子だ。

 ルーレットの最中にも聞こえてきた。


 貴族だけあって取り巻きも多い。

 カジノは貴族にも忖度しないルールらしいが、多少喧しい程度では注意されず見逃されているようだ。


「あの男と仲良くするのは大変そうです」

「仕事では?」

「その通りですね」


 そう、俺がやるべき事は貴族や富豪に取り入って情報を得る事だ。贅沢だとか好き嫌いだとか四の五の言っている場合では無い。


「あの会長、思ってた感じと違いましたね」

「そうですね。クローハン商会の堅実さを体現しているようだと思いましたわ」


 見た目の偏見は俺が間違ってたと言わざるを得ない。嫌らしい親父なんだろうと思いこんでいたが話した感じは全く違った。


 北部一の商会をまとめあげる道具は悪辣さでは無く見事な商人の思考によるものなのかもしれない。

 そう思わせる人柄を感じた。


「ポーカーか。あんまりカードは好きじゃないんだけどな……」


 チップは十七枚に減っている。

 席に着いて賭けずに席を立つのはご法度だ。

 一枚でやめようと思ったが隣の客と少し話ができたので何か得られないかともう一枚余分に払った結果、ケースの隙間は増えてしまっていた。


「ここでの支出は私からコモーノにきちんとご報告させていただきますので。遠慮なさらずお使いになってしまっても結構ですよ」


 エルザさんはそう言ってくれたが俺だって負けるのが嫌だとかそういう事で言ってる訳じゃない。


 


 俺が探知を習得してから学んだ事は多い。

 この能力をいかにして使いこなすか、俺の青春は傭兵の鍛錬と共にそこに費やされてきたと言っても過言ではない。


 いやちょっと言いすぎた。

 そりゃ多少は遊んだよ。


 でも誰だってそうだと思うけど、この不思議な感覚は特に取り得の無かった俺を超人に引き上げてくれたのだ。夢中になってその可能性を探るのは当たり前だろ?


 にも関わらず俺があまり自分の身を守るとか以外に大して役立てられていないのには理由がある。



 さっきも言ったように俺は日常的に探知を使っていた。

 残念ながら文献を記すように言葉でその仕組みや構造を言い表す事はできないが。


 何と言っても感覚的な能力でしかない。

 

 エルヴィエルはこの能力をどう使うべきかとか、そういう事に関しては何のアドバイスもくれなかった。ただ探知の魔力の扱い方や習熟について教えてくれただけで。


 だからという訳でもないけど。

 とにかく俺は自分で色々試すしか無かったんだよ。どの場面で、どういう利点が得られるかとか。


 言うまでもなくそれはもう便利だった。

 まさに魔法だ。

 超知覚を持つ俺は望めばどんな事でも可能だと思った。まあ調子に乗ったという程ではない。



 だけど失敗と思える事も多かった。


 一つはやっぱり霧を長時間展開して情報を吸収していると、思考があやふやになってくる事。


 これは脳が処理限界を超えるからだろうとエルヴィエルは言っていた。

 危険な行為でもあると。

 普通なら魔力切れを起こすはずが、俺は魔力を還元させるが故にそういった事態に陥るのでは無いかと、嬉々として長時間稼動の研究をさせられたものだ。


 人混みでゲロを吐いてしまった経験。

 知りたくも無い他人の恥部を知ってしまう嫌悪感。


 霧が粒子のように方向を一方に限定できないせいでもある。問答無用に広がってしまうのは未だに制御できない。きっとそういうものなんだろう。


 まあそれはいい。

 俺が気を付けるだけの話だ。


 もう一つ、このカード遊びといった類に関係してくる話がある。


 それは嘘とか心理にまつわる事柄だ。


 俺は別に他人の嘘を見抜けるとかじゃない。

 探知は心までは見抜けない。

 ただ、体の異常は発見できる。


 最大まで魔力濃度を上げた霧は人体を僅かに浸食して、体内の情報まで運んでくる。

 血流や発汗、鼓動。

 雑音に近いが、聞こえると表現すると違うかな。


 聴覚ではない。

 ちょっと上手く説明できない。

 とにかく、一瞬じゃ何も分からないがそれを聞き続けていれば変化は感じ取れるのだ。


 それが嘘の発見に繋がる。勿論完璧でも何でも無い。とんだ見当違いの事だってある。ただ一応これは俺が色々自分で試していった過程でカードゲームなんかで実践済み。


 だからカードゲームに関しては俺は超強いといっていいだろう。

 イカサマだけどね。



 俺がカードが好きじゃないと言った理由。

 それはイカサマだからとか何とかいう立派な理由ではない。単純に、人の嘘を見抜こうとする行為そのものが苦手なのだ。


 これは他人には実感して貰えないだろう。

 戦場とかそういった場面なら有効だが、普段自分を利する為に使えば必ずといって良い程痛い目を見る。


 ポーカーを例に挙げよう。

 ブラフだと思って意気揚々とハイレイズしたら相手に滅茶苦茶良い手が入っていて、実は相手が興奮していただけなんてのはザラ。


 読み取るのに夢中で頭がボンヤリしている事に気付かず、手札を間違えた事もある。


 勿論相手次第で、探知で監視していれば基本的には俺が圧倒的優位を築けるのは間違いない。

 カードには強い。


 だけど今言ったように百パーセントでは無い。

 失敗の危険性がある。

 だから何だと思われるかもしれないが。


 便利なものは便利。

 それは認める。


 しかしだ。

 これは探知が自分にとって普通の感覚となった俺には非常に恐怖を感じる行為となっている。


 確定情報じゃない。

 心理を知る事はできない。

 つまる所、変化を発見した所で判断の根拠を不確かな推理に委ねるしかないのだ。


 完全な知覚が常となっている俺は、要するに心の読みあいとかそういった能力に劣っている。

 言いたくないが自覚がある。

 カードが苦手というのは結局俺が心理合戦に弱いというだけの話。


 探知を使ってかなり高い勝率を得られはするものの、大きな勝負所で読み間違えて失敗する。

 だからカードは敬遠したい。




 あくまでもこれは一つの例にすぎない。

 しかし今説明した事はすべてにおいて繋がってくる。俺に何ができるか。


 そりゃ一杯あるんだけどね。

 兵士になれば高い評価を得る事もできるだろう。

 傭兵団もそうだ。

 

 しかし商人で探知をどう使う?

 世の中で上手くやるというのは金を稼ぐ事という時代だ。


 職人なら使い道はあるだろう。

 精密機械ラスターになれる。

 だけどその気が無い。


 まあ傭兵以外の道を考えなかったというのはあるけど、とにかく俺は探知で情報を得る事が当たり前になりすぎていて、それ故に未熟な部分がある。


 見えないものに恐怖心のようなものがある。

 それを自覚しているから色々な事に尻込みしてしまうのだと、自分ではそう思っている。

 


 


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