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北の都 18

 雑多な人混みで溢れ返るガゼルト中心街すぐ近く、中間部の歓楽街。

 俺もガゼルトを訪れた際に何度か来た場所だ。


 ガゼルトでは珍しい大きく開けた広場を中心に、それぞれ違う種類の通りが何本も繋がっている。


 劇場や美術館など娯楽施設が連なる通り。

 北部名産品など土産物が揃う通り。

 飲食店街。


 市民、特に若者に人気の服や雑貨店が集まった通りに職人見本市のようなブランド街など、外周部の余裕ある人間から中心街で働く富んだ人間、観光客まで幅広く集まる北部有数の一大歓楽街だ。


 中央広場には大道芸を披露する芸人が訪れた人々の目を楽しませており、洒落た屋台が何軒も店を開き食欲をそそる香りを届けている。


 朗らかに笑う家族がベンチで寛ぎ、カップルがはしゃぐ。豊かな光景はガゼルトの繁栄の証でもある。

 この都市の経済政策がこの幸福な空間を生み出している事も事実だ。


「さあ、参りましょう。それとも少し見物して行かれますか?」


 すっかり秘書と言った出で立ちのエルザさんが俺に尋ねてくる。


 上下黒のスーツにヒール。

 ガゼルト最先端の流行スタイルだそうだ。

 高級品である眼鏡は万が一に備えての印象操作の為らしい。それが何かは良く分からない。


「いえ、来た事はありますので」


 俺は例の高級服を着ている。

 これなら二人で並んでも周囲に見劣りする事はなく、むしろエルザさんの美貌と抜群のスタイルで他を圧倒するだろう。


 俺はエルザさんのコーディネイトに従い、懐中時計とハンカチを胸ポケットから覗かせネクタイなんぞという窮屈な細い首布を巻いている。


 これがどういった機能を持っているかは全く理解には及んでいない。

 が、そういうものだと言われたら仕方ない。


 まあ、締めて貰う時に間近で色々堪能できたので文句は無いけどね。


「ではあちらへ」


 一本の通りを目指し歩き出す。

 ピッタリと付き従うエルザさんは香水を使っているのだろう、何とも上品な香りがする。

 すれ違う人々が羨望の眼差しを向けて来るのはエルザさんにか、それとも文句の付け所の無い成金の出で立ちにか。


 いずれにせよ若干くすぐったい。

 何せ初めての経験だ。

 これで調子に乗っているようでは俺が嫌いだと言っている人間と何も変わらないな。


 俺自身は本物の貧しさを知っている訳でもなく、せいぜい僻み根性でしかないのだからこうして簡単に貧富の差に対する意識というか考えがブレるのだろう。


 同じ格好をしてみて、何故ガゼルトの人間がこぞって身なりに大枚を叩くのか分かった気がする。



 向かう先はカジノだ。

 富豪から一般市民まで利用している。

 俗に言う賭場とは一線を画すカジノは王国各地にあり、どこも賑わっている。


 カジノの建設は特定の許可を得た都市でしか建設が許されておらず、都会の象徴とも言える。実を言えばルンカトにも王都にもある。


 その都市の収入源にもなっているはずだが、俺のような一般傭兵では遠い存在だったと言う他無い。



「貴族の好むものをご存知でしょうか」


 ここに来る前にエルザさんが俺に言った言葉だ。


「権力とか名誉とかそういう事ですか」

「いえ、それとはまた違った意味でです。単純に心を開かせるにはどうするかという事です。ラスター様が権力や名誉を提供する事が可能なのであれば問題ありませんが」


「そんなのは無いですね」

「最低限マナーを知る事は向こうに胸襟を開かせる為に必要と思われますが、それはあくまでも最低限です。もう一つ、気が合うといったような趣味の共有などは大変有効です」


「ああ、それは分かります」

「ですので今学ばれたマナーの実践を兼ね、カジノへ参りませんか?」



 パーティーの前に顔見知りを作っておこうというのが目的だ。

 おそらく今日のパーティーに合わせて来ている貴族や富豪の中にカジノに来ている人間もいるはずだというエルザさんの提案だが、単純に俺が一度見てみたいと思ったのもある。


 何であろうがとりあえず知っておくというのは悪い事じゃない。


「堂々となさって下さい」


 エルザさんが軽く腕に掴まってくる。

 ハルヴィ傭兵団の連中だろう。

 柔和に警備を行っている。


 インペリア、と何とか読める独特な書体の煌びやかな看板が入り口上に輝くカジノ。

 ガゼルト経済を象徴するかのような、勝つ者と負ける者が生まれる場所。


 そしてその裏で静かに勝ち続ける者。

 勿論経営者だ。


「ようこそインペリアホールへ。どうぞ」


 にこやかに警備が片手で道を作る。

 俺とエルザさんを遮る事は無い。

 たおやかな笑みでエルザさんがありがとう、と返している。手馴れたもんだ。


 俺は賭場自体は不慣れではない。

 傭兵の間じゃ嗜みにも近い娯楽と言っていい。だからといってカジノ通いをする奴は傭兵仲間じゃ馬鹿扱いされるが。


 胴元の取り分が手間賃程度の賭場と違い、カジノは経営側が得するだけだと知っているから。

 何しろカジノの警備に使われるのは傭兵なのだ。




 賭場と言っても大っぴらに看板を出している訳ではなく、奥まった部屋で小さく賭けに興じる程度のものだから、カジノ初体験の俺には興味深いものがある。


 入り口を入ってすぐカウンター。

 ギラギラと輝くシャンデリアに赤絨毯。

 黒檀のカウンターには頑丈そうな格子。


「いらっしゃいませ、ようこそインペリアホールへ」


 格子を切って作られた窓の向こうから女性が笑顔で挨拶してくる。

 俺と同じようにネクタイをしている。

 成る程。

 カジノ仕様のファッションなのか。


「チップは如何致しましょうか」

「二十万ジェルお願いいたしますわ」

「かしこまりました。内訳はどのように――」


 二十万も?

 驚く俺にエルザさんが笑顔で微笑んでくる。


 これまた分かるよ。

 さっさと出せ、だろ。


「さあ、参りましょう」


 チップを受け取ったエルザさんが俺にケースを渡し、腕を掴んで中へと促す。


 赤い大きなチップは一枚一万ジェルという事なのだろうが十九枚しか並んでいない。チップ一枚一万ジェルなどと信じられない。


「最初の交換は十万ジェルから。一枚手数料として引かれますわ」

「それでこんなに客が入るんですか……」


 訳が分からない。

 チップを確認した従業員が開けてくれた扉の向こう側にはガヤガヤと賑やかなテーブルがいくつもある。


 奥の舞台らしき所では音楽家集団が小気味の良い音楽を奏で、トレイを掲げた従業員が透明なグラスに注がれた飲み物を配って回っている。


 早速差し出されたグラスをエルザさんの分も受け取り味わう。


「酒ですか。タダって事ですよね」

「当然ですわ。飲み物に食事に音楽。行き届いたサービスで一万ジェルなら皆安いと感じているでしょうね」


 テーブルと人混みの間をすり抜け歩きながら会話する。カードにサイコロ、ルーレットにボール。賭場じゃ見ない豪華な設備。


 客層は俺の予想していた、というより他の街のカジノに出入りしている人々を見かけた記憶とは違い、ごく普通の人々が遊んでいるように見える。


 ドレスやなんかで盛装していないって事だ。

 どれもそれ以上の値段の服なのかもしれないが。


「十万ジェルが入場資格ですか」

「いつもの金銭感覚を引き摺っていらっしゃってはダメですわ。それに中には遊ばずに時間だけ過ごしてお帰りになる方もそれなりにいらっしゃるようですので」


 それを聞いて安心した。

 いかにもその辺にいそうな人達が狂った世界を普通と感じているのかと怖くなった所だ。



 賑やかな音楽とさんざめく声が喧しい。

 探知の膜は全方位に反応しているが、この環境に慣れれば粒子を反射的に出す事もない。


 それが油断に繋がるといえばそうだが、四六時中探知を展開していては俺の精神が保たない。


 制服を着た傭兵がにこやかに徘徊している。

 賭けに興じる人々。

 どこかのテーブルで歓声が上がり拍手が起きている。大きく勝ったのだろう。


 見れば俺と同じように椅子に掛け談笑している人間や休憩スペースで寛いでいる人間も結構居る。それに、テーブルで毎回賭けている人間は意外に少なく、毎回のようにベットしているのはさもありなんといった身なりの連中ばかりだ。


「少し安心しましたよ」


 大きめの声で口に手を当て、隣のエルザさんに体を近付けながら喋りかける。


「皆遊び方は弁えてるって事なんですね。娯楽としちゃそれでも高いですけど」

「カジノを嗜むのもガゼルト市民のステータスの一つですので」


 それはちょっと理解しかねるが。

 しかしまあ誰も彼も楽しそうに満足気な顔をしている。なら問題ないか。


 俺の目ではカジノから食い込めそうな線は特に見つけられない。お目当ての貴族や富豪とお近づきになるやり方はエルザさんに任せるしかないな。


「ところでエルザさん」

「はい」

「黄色いチップとかもありますよね」

「ええ」

「あれって安いチップじゃないんですか」

「そうですわね」

「え? なんで赤いのだけにしたんですか」

「お賭けになるのはラスター様ですので」


 ニッコリと微笑まれた。

 それって自分の金じゃないからって事?

 


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