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北の都 17

登場人物紹介

 エルザ・ベスラ……紫がかった黒髪を結い上げたリーゼンバッハの女情報員。年齢の話題に敏感。

 たっぷり三十分は経っただろうか。


「いやあ悔しくって。やっぱり強がってみても内心ではエルザさんみたいな素敵な女性の魅力には抗えませんでしたから」

「もう、それは仕方ない事ですわ」


 部屋に用意されたワインを注ぐ。

 接待役が俺だ。


「つい心無い言葉を言ってしまったのも絶望の余りです。惨めな男の憂さ晴らしですよ」

「もう仰らないで。分かってますわ」


 それはもう見事なヨイショだ。

 何とか和解に漕ぎ着けた。

 あれから態度をコロッと変えた俺に今ではすっかり機嫌を良くしている。


 この苦労も自分が無意味に煽ったせいなのだから仕方が無い。


「申し訳ない事をしてしまいましたわ。ラスターさんを狂わせてしまったのは私なのですから、そんなに謝らないでくださいな」


「ああ、心までお優しいとは。内面の美しさが外見にまで現れるというのは本当ですね」

「もう、ラスターさんたら」


 しかし長い。

 こうやってもう良い、と言いながら遠回しにおかわりを要求し続けてくる。


 めんどくせえなこの人本当。

 どうなってんだコモ-ノさんの人選。


「ラスターさんとなら上手くやっていけそうですわ」

「本当に、もう。エルザさんと出会えたのは女神様のお導き、いえ女神様と出会えたかのようです」


 こうやって褒め言葉を入れ続けないと同じ会話を何周も続けるのだ。性質が悪い。





「ではこうして赤い顔を従業員に見せておきますので。ラスター様もそういう素振りをお見せくださいますよう、お願い致します」


 そういう接待をした、という偽装はこれで完了という訳だ。やれやれ。

 ようやくエルザさんが去る。

 そのまま外の連絡員と会うらしい。


 それについては何も教えてくれなかったが。


 まあ密偵としてはエルザさんの立場はこれ以上無い程都合が良いのは確かだ。

 俺を縛るガゼルト側の戦力として、これから重用されるだろう。俺もエルザさんが気に入ったとしてパーティーに同伴させる事も可能な筈。


 この辺はうまく考えてある。

 彼女の能力は別としてね。


 いよいよ明日はご対面の運びとなる。

 西部の物流に関して北部経済の更なる活性化を狙うべく、俺からアイデアややり方を引き出す。


 そういう狙いだろうと言っていたが、果たして。

 どう見てもガゼルトの経済は西部より極まっていると思える。良くも悪くも。


 そう上手い事俺が懐に入り込めるだろうか。







「おはようございます、セロンさん」

「おはようございます」

「昨夜は良くお眠りになられましたかな?」

「ええ、とても。天国ですねここは。エルザさんにも非常に素晴らしい応対をしていただきましたし」


 ニンマリとジョゼが笑う。

 ちょっとは隠せ。

 俺に近付き腰を曲げる。


「それは良かった。エルザはお気に召しましたか」

「大きな声では言えませんがね……最高でした」


 顔を近づけ互いに小さな声で囁く。

 お主も悪よのう。



 ラ・ゼペスタのレストランのピカピカのテーブルクロスに朝食が用意されている。

 到底朝食とは思えない豪華さだが、俺以外の泊まり客――おそらくパーティーの出席者かもしれない――は静かに落ち着いて食べている。


 こんなものを毎朝食べているのか。

 この一食分あれば。


 しかしそれはズレた理屈だ。

 決して責めるような事でもなんでもない。


「さ、お掛け致します」


 後ろに控えたエルザさんが俺を後ろから抱き抱えるようにしてナプキンを首に付ける。


 満足そうにそれを見守るジョゼ。

 親密アピールなのだろうが、性格はともあれエルザさんの魅力は本物だ。

 朝からこれはちょっとたまらんぞ、おい。


「私もご一緒させていただいても宜しいですかな」

「どうぞ、マイヤーさん」


 ジョゼがテーブルに着く。

 シュッ、と見事な手付きで自分の首にナプキンを巻く。その仕草は実に堂に入ったものだ。


「こちらのスープは南部産の豆に今朝獲れた魚介とクリームを合わせたものです。サラダもガゼルトに今朝運ばれて来た北部産のもの。パンには西部産の最高級小麦を使用しております」


 ふーん。


「こちらの肉ですが北部産と南部産、二種類の最高級の牛肉をあっさりと仕上げたものです。どちらもお口に合うと宜しいのですが」


 南部産という事はレーベントだろうか?

 

「そしてこちらは……」


 一生懸命シェフから聞いて覚えたに違いない。

 長すぎるので無視して食べ始める。


「うーん、美味い。実に気に入りました」

「おお、そうですか、それはそれは」

「エルザさんも食べてみますか? あーん」


 若干躊躇ったエルザさんだったが、上品に顔を寄せると手で口元を隠しながら静かに消し去る。


「どうですか」

「お気遣いいただき有難う御座います」


 微笑むエルザさんだったが、その目は「やりすぎだ」と言っている。エルザさんに首ったけという布石のつもりなんだけどな。


「マイヤーさん、パーティーにはエルザさんを伴っても構いませんか?」

「おお、そうですか。分かりました、そのように手配致しましょう」


 ほら。


「しかしあれですな、その、決して悪いという事ではありませんが。パーティーの立食なら勿論問題ありませんが、こうした場所で立ったまま食べるというのはこう」


 あ、そういう事か。

 行儀が悪いから躊躇ったのか。

 失敗したな。


 しかしエルザさんは見事な対応力をしている。

 ジョゼのように注意をすれば出過ぎた行為と考えたのか、スマートにこちらを立ててくれた。


「これは失礼しました。何分田舎者ですので。エルザさんに付いていて貰わなければ何をしでかすか分かりませんね」


「エルザ、しっかりセロンさんをお助けして」

「かしこまりました」


 パーティーというか貴族が集まる場の礼儀はちょっと勉強した方が良さそうだ。

 下手な失敗で顰蹙ひんしゅくを買えば、そこで見限られる事にもなりかねない。



「では本日十八時より開始となりますので」

「分かりました」


 パーティーの打ち合わせを済ませる。

 主な出席貴族の名前なども聞かされたがそれはほとんど覚えていない。


 なんたら伯爵なんたら男爵などズラズラ並べられても無理だ。

 俺は主な面会相手として予定されているボレウス伯爵の名前だけ覚えておけいい。


 ガゼルトの経済部門を取り仕切る責任者という事らしいが。






「ちょっと勉強した方が宜しいかと思われます」

「そうですね」


 ガゼルトをなめていたな。

 俺が良く知る貴族といえばネイハム様くらいだし。貴族の礼儀の部分は一切学ぶ機会が無い。


「私から一応講義をさせていただきますね」

「宜しくお願いします」

「支配人から名前の上がった貴族ですが」

「あー」

「主要なターゲットとも言えます。ガゼルト公に一気に近付くのは難しいと思われますので、ボレウス伯始め、ガゼルト行政に携わる貴族から懇意になるのが宜しいかと」


「それなんですけど」

「はい」

「流石に一度に把握できなかったので、まずはボレウス伯に絞ろうかと」


 そう言うとエルザさんが少し困ったような顔をする。やれやれといった調子だ。


「都市経済部門ボレウス伯爵、都市管理部門アーミット侯爵、北部産業管理局長ロッカ男爵、交易運輸局長ペリーモ伯爵、北部第二の都市ホーンハルト侯爵、クローハン商会バルジ会長。この方々だけ覚えておけば間違いないかと思われます。それぞれ外見は……」



 驚いた。

 スラスラと言ってのける。


「全部覚えたんですか?」

「私はサポートとして来ておりますので。事前の情報収集は済ませております」


 そうか。思った以上に人選はしっかりなされていたという訳だ。


「それにあの程度を覚えるなど、パーティーに出るなら必須でありますけれど……大丈夫でしょうか?」


 エルザさんが不安な顔になる。

 やはり人選は間違っていた。

 俺は適任ではない。



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