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北の都 16

「それで、俺は合格ですか?」

「あら」


 女性は意外だわ、とでも言いたげな顔をした後、愉快そうに笑う。


「およしになって下さいな。私はそのような指示は受けておりません」

「俺には試したとしか思えませんけどね」

「いいえ。今のは純粋なお誘いですわ」


 そう言ってニヤリとする。

 とんだ性悪じゃねえか。


「あなたを信用する気にはなれませんね。これが本物だとしても」

「……それは困るわね」


 そこで初めて少し怯んだような顔になる。


「怒らせてしまったかしら?」

「怒るとかじゃないですけど。意趣返しの意地悪ってとこですか」


 ムッとした顔に変わる。

 けっ、ざまあみろ。

 実は俺はもう片足罠に嵌ってたんだよ、男の純情を弄びやがって。許されんのだ、それは。


 言い掛かりと言うなかれ。


「ではどうすれば信用していただけるのかしら」


 豊かな胸の前で腕を組み、やや目を吊り上げて俺を睨んでくる。


 この人向いてないんじゃないの、コモ-ノさん。

 簡単に感情的になりすぎじゃないか。

 人の事は言えないけどさ。


 肩を竦め無言で視線をそらす。


「従順にあなたにかしずいていれば良かったのかしら? ささいな挨拶だと私は思っていたけど、あなたには我慢ならない事だったようで、謝罪します。誇り高いお方をからかうような真似をしてごめんなさいね」


 うわ。

 

「ご不満であれば何でもお望みのままに。欲情を発散したいと言うのならどうぞお好きに。態度が気に入らないというのであれば折檻なり何なりなさって下さい」


 腕を組んだまま言い放つ。

 マジかこの人。


 じゃあ脱げと本当に言ってやろうかとチラッと思うが、それを言えば今の三倍は長いヒステリーが返ってくるだろう。


 俺のちょっとした言葉の返しが原因ではあるけど、実際封書だけで完全に信用に至るまでにはいかないのも事実だし。


 それぐらい分かるでしょ普通。

 そこまでキレるような事かね。


 面倒くさくなった俺はまた夜景を眺める。

 ちょっと落ち着こうか。

 その視線を突き刺すのをやめて下さい。


「そんなに気に入らないかしら。女だから生意気? 黙って連絡役だけしていれば良かった?」


「……」

「小さい男ね、コモーノが大げさに言うからどんな方かと思っていたら、私が勝手に大きく考えてしまったのがいけないのだけれど」


「……」

「何とか言ったらどう? そうやって黙っているのがカッコイイなんて思ってるのかしら」


「……」

「謝るって言ってるじゃない」


 どこがだよ。

 はあ、と溜息を吐き向き直る。


「ちょっと落ち着いて下さいよ。外の誰かに聞こえたらどうするんですか?」

「この部屋の声が漏れるなんてありえないわ。充分確かめてあるもの」


「何か証拠みたいなの無いんですか?」

「渡したでしょ」

「これ以外にです」

「そんなの無いわよ。それを言うならコモーノの手落ちでしょ?」


 中身は知らないか。

 女性だと言う事も特徴も名前も書いてある。


 今のやり取りで周到に用意された罠という可能性は減ったかな?

 それにこんなに自分を出してくる女性がガゼルト公の送り込んだ罠だとは思えない。


 まあ俺も九割方信用してはいたのだ、コモーノさんの書付けで。

 残り一割はほんとに意趣返しと確認だ。


 自分を信用させようとしてくる相手じゃなかった事で残りの一割は預けてもいいだろう。


「信用しますよ、じゃあ」

「じゃあ? 何のつもりかしら」

「これ見て下さい」


 開いた封書を渡す。

 受け取った女性の額に青筋が立つ。


「書いてあるじゃない」

「書いてますね」

「どう見ても私の外見よね、これ」

「だと思います」


 あ、青筋が増えた。


「そう。意趣返しっていうのは本当だった訳ね」

「言いましたよね」

「へえ、そう」


 目を伏せフフ、と笑っている。

 必死に冷静な態度を取り繕おうとしているな、こりゃ。プルプルしてるし。敵では無いようだ。


「あら。じゃあ私の挨拶に調子を合わせて下さったのですね。失礼致しましたわ」


 ニッコリ微笑むが青筋が立ったまま。

 負けず嫌いなのか。

 それにさっきのを聞いた限りでは女性の人権運動とか参加してそうだ、この人。


「あ、それと勘違いしないようにご忠告しておきますけど。あくまで私はあの支配人から請け負った義務、あなたを抱きこめという指示に従って演技したまでですので、性的な目で見るのはおやめくださいね」


「そうなんですか。じゃあ俺がその気になってたらどうしてたんですか?」

「勿論、そこで封書をお見せしておやめいただくつもりでしたわ。そしてどうしようもない男だと報告するつもりでおりましたの」


 どうしても俺にも青筋を立てさせたいらしい。

 言ってやったぞおら、とそんな顔はしていないが心の声が聞こえるようだ。


「それは残念です」

「ご愁傷様。私も胸が痛かったですわ」

「まあでもいいです。俺には()()て可愛い女性が待ってくれてますから」


 額の血管が暴れ狂う。

 伝説に謳われる龍の姿がそこにある。


「あらあらあらあら。そこに私の年齢など書いてありましたでしょうか?」

「書いてませんでしたね」


「うふふ……とてもユーモアがお有りだわ」

「そうですか?」

「ええ。ご冗談がお上手なんですね」

「えっ。冗談なんか言いましたかね? あれ?」


 もうやめとこう。

 探知の糸が危険を伝え始めている。

 まさか殺意を抱かれたりしてないだろうな。


 ゴキ、ゴキ、と首を鳴らす目の前の女性に寝首を掻かれてはたまらん。




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