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北の都 14

 アキームの指示に従い子供を捜し始めた二人だったが、捜索はあっという間に終わった。


 探知を飛ばすが複雑な構造の一帯では入り組んだ小さな隙間にまで粒子が行き届かない。

 丁寧に奥まで移動するラスターだったが、軍配はアキームに上がる。


 この辺りで育ったアキームにとっては造作も無い事だったらしい。

 狭い路地。

 途中で突き当たりになっているゴミ捨て場。


 おい、と声を掛けられ反対側にいたラスターはゴミで汚れた薄暗い路地に立つアキームの元へ歩く。


 辺りはほとんど闇に変わりつつある。

 アキームは落ちたゴミを見下ろしている。


 ゴミしかない。

 傍まで来たラスターがアキームに尋ねようとした時、探知の膜が反応し、反射的に飛んだ粒子が大きめのそれを捉えた。



 小さく丸くなった襤褸切れ。

 恐ろしく細い手足。

 スカスカの服から覗く浮き出たアバラ。

 汚れきった髪と真っ黒な体。


 口と鼻には血が付いている。


「おい。ガキ、生きてるか」


 返事は無い。

 一瞬霧を展開したラスターは少年に息がある事を確認する。

 

「おいおい」


 無言でラスターは少年を抱き上げる。

 その軽さは想像以上で、風に攫われそうな程。


「……」

「何だって?」


 抱き上げられた少年が小さく呟く。

 尋ね返したアキームに返事は無い。


「お前その服脱げよ。もったいねえぞ」


 ここでもアキームに返事は無い。

 チッ、と舌打ちする。


 路地の上の方で音が聞こえたアキームが上を見上げると、薄闇の空に黒いシルエット。


「あぶねっ! 何しやがるコラァ!」


 すんでの所でかわしたアキームがゴミを投げ捨てた住人に怒鳴る。また舌打ちし視線を戻すと、既にラスターは通りの方へ移動していた。


「おい、待てよ」

「アキームさん、この辺の医者知りませんか」

「医者に連れてくのか」

「これも偽善ですか」

「……チッ。こっちだ」


 




 ガゼルトには一定区画毎に診療所が設けられている。質の高い医者が雇われているが、診療代は高額だ。だからアキームは好きではない。


 たとえ医者が善人であったとしても。

 医者は何も言わず少年を診察した。

 診療代は勿論ラスターが払う。


「怪我は大した事ありません。しかし栄養失調と不衛生さは今すぐ手当てが必要でしょう」


 診療所の風呂場を借りてラスターが少年を風呂に入れている。

 アキームはラスターに渡された金で食事を三人分買って戻って来た所だ。



「おい、俺は先に食っとくぞ」

「ありがとうございます、アキームさん」

「ほー。綺麗になったじゃねえか」


 そう言ったが本心は違う。

 垢をこすり落とした少年の皮膚は正視に堪えない程痛々しい。全身の骨が浮き上がり、血管が透けて見える。本当はそれを見てびびったのを誤魔化しただけにすぎない。


 メシの前に見るんじゃなかった。


 買ってきたのはパンや肉だが、スープと麦粥もわざわざ遠くまで行って揃えた。


 これも言ってみりゃ施しって奴になるんだろう。

 流石にこの程度なら俺もいちいち言ったりしねえし、と散々偽善だ何だと言った自分へ言い訳する。


 余裕があるから手間を分けてやった。

 自分の台詞に照らし合わせればそういう事だ。






「名前、教えてくれませんでした。あの子」

「どうでもいいだろ」


 少年は診療所に預けた。

 最後まで面倒見切れないのは指摘するまでもなくアキームにも分かっている。


 健康に回復するまで最低でも一月と言った医者に対し、ラスターは一月分の治療費や食費を渡していた。



 それも余裕があるからできた事で、その後は結局あそこに戻る事になるんだぜ。またあそこで見かけたら同じようにしてやれんのかよ?



 そう問い質そうかと思ったがやめた。

 その通りだが、分からなくなった。

 子供が一度とはいえ救われた事は事実だ。


 じゃあなんで俺は素直に認められねーんだ。

 あのガキみたいなのはまだまだ他にも居て、目に付いたのだけ助けて不公平だからか?


 それが一番しっくり来るがやはり違う。

 全部は無理でも一人助けたのは確かだ。

 一時的だとしても、結局あの夕暮れからの出来事を考えれば子供は地獄から天国だ。


 何が違うんだろうな?


「やっぱり間違いでしたね、俺は」


 教えてくれ。それは何だ。


「俺がペンを盗ませたせいですよね、多分。あの子があんな目に合ったのは」


 何だよくだらねえ。

 そんな事かよ。


「アホか。お前から盗れなきゃ別の誰かから盗ってただけだ。あのガキは大方同じような奴に同じ目に合わされたか、売ろうとしてなんかしくじったかだろ。そりゃガキの責任だ」


 思い上がんじゃねえ。

 外から来たお前が保護者ヅラすんな。


「同じような奴か。似たような子供にやられた可能性もあるって事なんですよね。だとしたら、はあ。やり切れないですね」


「いいじゃねえか。結局お前は回り回ってそのペンを誰かに買ってやったって事なんだからよ」


 あのガキじゃなくても貧しい奴はいるんだ。

 お前だってあのガキのためにペン買った訳じゃねえだろ、そう吐き捨てる。


「そうですけどね」

「なら何なんだよ。上手くやる側とやられる側、そんだけだ。お前もガキ共もそこは同じだろが」


「本当にそう思ってます?」

「はあ? おいおい、あんまり他人を見下してんじゃねーよ」


 自分が助けてやらなきゃいけない。

 そんなのは傲慢だ。

 お前が言う「できる事くらいやってやる」、それはやったんだろうが。これ以上はできないってのも分かってんだろうが。


「子供くらい助けてあげたいって思うのがその子を見下す事になるんですか?」

「当たり前だろが。俺はそんなの」


 言葉に詰まる。


 危うくおかしな事を口走る所だった。

 ――俺はそんなのムカつくぜ。


 これじゃまるで自分がガキ共と同じみたいだ。


「まあ、アキームさんの言いたい事は分かりますよ。俺が自分の正義感振りかざして自分を納得させたいだけだって言われても否定できません」


「相手が貧しくて困ってるって分かっても、無視した事も散々ありますよ。下手したらぶん殴る事だってあるかも。余裕があっても」


 ラスターがヒョイと肩を竦める。


「だけど子供を殴るってのはやりません。アキームさんだってそこは同じなんじゃないかって俺は思ったんですけどね」






 妙な男と別れ、塒を探して歩く。

 別れ際に差し出された金は喉から手が出る程欲しかったが、振り切るように背を向け去った。


 つまらない見栄を張った。

 ま、いいや。



 気になったモヤモヤの正体。

 あの男は別に貧乏人に良い顔したい訳じゃなく、子供だからという、それだけだった。


 金の有る無しじゃない。


 自分が勝手に決め付けてただけ。

 たまの施しで良い気分になりたいのだろうと。

 金持ち共には貧乏人に違いなどなく、一括りに扱うと。それもこれもあの格好のせいだ。


 

 ――本当にそう思ってます?

 ――だけど子供を殴るってのはやりません。

 ――アキームさんだってそこは同じなんじゃ。



 舌打ちする。


 子供も大人も無い。

 そう思ってるのはお前が同じ場所にいるから。

 貧しかろうがもう大人になっただろ。

 いつまで拗ねてるつもりだ。


 そう言われたような気がして苛立つ。



 ――上手くやる側とやられる側、そんだけだ。



 俺だってガキ相手に上手くやろうなんて思っちゃいねえよ。また舌打ちする。


 無理矢理集めて唾を吐く。


 くそっ。



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