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北の都 10

 広い通りを馬車が行き交い、大勢の人間で賑わっている。


 都市ガゼルトの姿。

 多分一番良く紹介されるのはこの姿だろう。


 談笑する婦人達、商品を運ぶ人足、職人の店を訪れる客、駆けていく子供。

 街の一番外側の、北部以外でも見られるありきたりな光景。ただその身を包むのは高級品だ。


「旦那、何かお探しですか」


 声を掛けてきたのは呼び込みに声を張り上げていた商人だ。


「あ、やられた」

「どうせ無駄さ。俺達の物なんか買うかよ」


 悔しそうな声とせせら笑う声。

 目の前の男は揉み手をしている。

 この仕草をする人間に俺は初めて出会った。


「別に特に何か探してる訳じゃないですけど」

「良かったら見ていって下さいよ。良い職人のが揃ってますから」


 あの店で買った時はうまい手だと思ったんだけどな。どうやらここまで来ると今度は逆の意味で目立ってしまうらしい、この服は。


 見た目は地味なんだけどな。

 皆高い商品を見抜く目を持ってるって事か。


「じゃあ、見るだけ」


 あっ、なんて声がさっきの方向から聞こえる。

 多分買わないから。


 店主だろう男の案内に従って店に入る。

 中の客は特別大げさな反応をするという程ではないが、やはり微妙に俺から距離を取る。


 どうも大富豪か何かだと思われてるらしい。

 大失敗だ。

 着ていた服は買った店がサービスでラ・ゼペスタまで届けてくれると言ったのでもう手元には無い。



 

 これといった特徴の無い店だ。

 服や日用品、一画には食料品もある。

 どれもエンスタットより遥かに高級品揃いだが。


 ほんとにどうなってんだこの街は、と思いながら色々見て回ると、色んな商品に刻印があるのに気付く。


 いわゆる職人印というやつだ。

 王都でも見かけるが、これ程色んな商品に刻印されてなどいない。王都では一流職人の証。


 ガゼルトではこうして職人達が認められる時を待っているのだろう。王都にあるのは既に認められた職人の品しか無いだけで。


 北部以外の場所や北部の他の街からすればここにある物も充分ブランド品なんだろうけどね。


「何かお気に召されましたか?」

「どれも良い品ばかりですね。流石にガゼルト。目移りしてしまいます」

「どちらからいらっしゃったんですか?」

「西部の田舎ですよ」


 ここぞとばかりに店主がまくし立てて来る。

 観光客と分かって遠慮が無くなったか。


 俺も遠慮無く色々質問させて貰い、ここの生活や職人の成り上がり方なんかについて教えて貰ったのでお礼に一つ商品を購入した。




 基本的に街の様子は中心街と変わらない。

 芸術味に溢れた建物で構成されている。

 実際比べてみるとそりゃ建材から造形、大きさにも差はあるが、美しい街並みには違いない。


 人間味は違うけど。

 こっちの方が俺の感覚ではしっくりくる。


 ただこうして歩き回っていても得る物が無いと思われたので、居住区の方へ向かう。

 延々続く均整の取れた街並み。

 やはり個人宅が無いせいだと思う。


 どれも都市計画として作られたものばかりだからこそ、ここまで高水準を保っていられるに違いない。そう考えるとガゼルト公も偉業を成した人物ではあるな。



 特に人々にも変化は無い。

 良い服を着ている。

 狭い通りになるにつれ扉が小さい狭そうな感じも増えはするが、それだけで住宅事情が悪いと決め付けるのも早計だろう。


 ただ、中間部まではゴミ一つ落ちていない綺麗な街並みだったのが、汚れた場所も所々見かけるようになっている。都市の玄関口から離れた外周部分だ。


 しかしそれも生活する人間がいればおかしな事でもない。

 うーん。


 俺は漠然と、ネイハム様に手始めに伝えるべきは現地の様子だと思っている。

 ガゼルトの異変など俺に聞くより住民に聞く方が分かるに決まっているのだから。


 だから俺が直接ガゼルト公なり貴族なりに接触するまでにできる事と言えば、実際に見て回って目に付いた事を報告するだけ。


 おかしな部分は向こうが勝手に判断するだろう。


 しかし何も目に付くような部分すら見当たらない。俺の観光情報など聞きたくもないはず。

 参ったね。

 無理せず大人しくラ・ゼペスタから辿るか?




 住宅街を歩いていると再び人で賑わう通りに出た。

 ただ先程のような商店街ではない。


 外周からやや奥に入った観光客の来ない、ガゼルト市民の生活を賄う商店街というような通り。

 職人の店舗もあるが、多くは食料品や食事の店で、日用品や雑貨なんかの店も点々とある。


 しばらく歩くもやはり何も無し。

 観光客が来ないと判断したのは路地の汚さ。

 狭い路地が多く、ゴミ捨て場から溢れたゴミなんかが放置されている。


 一つ分かるのはガゼルトは下流市民の生活そのものにはあまり目を向けていないという事くらいか。まあそれも指摘するまでも無い既知の事実だろうけどね。




 残念ながら俺が歩き回った所で得られる情報など無いと判断する。

 支配人や従業員にいきなり深く入り込むと当然上に報告が行くだろうからしたく無かったんだが。


 パーティーまで大人しくするか。

 そこで食い込める自信が無かったから何か見つけたかったのもあるんだけどな。

 残念。諦めよう。


 もう大分暮れてきた。

 ジョゼなんかは戻ったら大騒ぎするかもしれないな。面倒くさい。

 一応夜までは見て回るが。


 

 しかしあの時を告げる鐘は良かったな。

 西部でも採用したらどうだろう。

 人件費やなんかもあるけど……。


 そもそもあれって誰かが叩いてたのか?

 戻ったらあの女性にでも聞いてみるか。




 あ。

 そういえばそうだった。


 戻ったら夜か……。

 



 あの人最後エロかったな……。 


 

職人印とブランド

 下流といえどガゼルトに並ぶ職人の品は一流揃い。成功する職人とそうでない職人の差は、偏に中心部に商品が並ぶか否か。その仕組みは力ある商人が見出して契約販売を始めるか、もしくは貴族や富豪のパトロンが付くかどうか。


 中心部に並ぶ商品=人気商品の証であり、市民にとってもステータス。だがこの仕組みはガゼルト領主が生み出したもので、北部派閥の各貴族がそれぞれお抱え職人のパトロンとなっており、ガゼルトでその利益を享受している、いわばコントロールされた経済介入策。


 領主自身はこれに参加していない。また、期間や売り上げに応じて見えないように流行を変化させ、各貴族も職人の入れ替えなどを行っている。富のガゼルト一極集中に貴族達が不満を言わないのは、ガゼルト自体が派閥の収入源ともなっている為。勿論最も恩恵を受けるのは領主だが。

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