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北の都 9

 アキーム・ヘッセンの生い立ちにはこれと言った物語など無い。

 当たり前に生まれて当たり前に育った。


 アキームを知る者が唯一意外性を感じるとすれば、彼が幼い頃、裕福な家庭で育てられたという事ぐらいだろうか。下流の中の話ではあるが。


 その彼の家庭が凋落して行った原因に、別に語るような何かがあった訳でも無い。時と共に父親の収入が減り、段々と貧しくなっていっただけだ。




 両親は隠そうとしていたが、家計はアキームが十二歳になる頃にはかなり苦しくなっていた。

 ぎりぎり見た目には周囲と変わらない生活。

 子供ながらに感じるものはある。


 しかし父親の商売は子供に手伝えるようなものではなく、十六歳の成人を迎えるまで父の元で見習いをやるのは悠長だろうと、そんな風に考える優しい子供でもあった。


 腕の良い職人。


 父の事をそんな風に誇りに思っていた。

 何とか助けてやれないものかと考えたアキームは、やりたい事を探しなさい、と苦労など見せまいとする父と母の為にすぐに仕事を探し始める。



 学習館を出たガゼルトの男子の進路はほとんどが何かの見習いから始まる。この都市のそこら中で見かけるはずだ。商人見習い、職人見習い、傭兵見習い。

 

 普通ならアキームはそのまま父の見習いになる。

 が、それでは稼げない。

 別の業種の他の職人に付く事も考えたが、父の職以外に見習いに入るのは躊躇われた。


 勿論父と同じ服飾職人であろうと、父以外に師事するなど両親を傷付けるだけ。


 そんな風に考えた。

 優しい子供だったのだ、本当に。



 現実的に考えるなら商人見習い。

 それしかない。

 特別な技能を身に付けなくとも賢い頭と従順な勤務態度さえあれば認めて貰える。

 手っ取り早く給金を貰えるのは商人だ。


 しかしアキームの父は職人であり、伝手があまり無かった。

 商人になりたいと言う息子の為に付き合いのある商人に声を掛けてみたが、落ち目の職人と付き合いがあるのは余裕の無い商人ばかり。


 見習いとして紹介してやれる先が無かった。


 

 謝る父の姿にそれならば自分で探すと必死になったが、学習館の教師も手伝ってみてはくれたものの中々見つからない。


 同じく見つからない友人はのんびりしている。

 それで腹を立てる訳でもないが、探し回るのはすぐに疲れてしまった。



 試しに門を叩いてみたガゼルトの傭兵団は意外な程簡単に受け入れてくれた。

 

 まだ十二歳のアキームを。






「まだ早いぞ。なんだこんな時間に」

「金が無くて泊まるとこが無かった」


 眠そうに出て来た男に仏頂面で答える。

 ガゼルト外周のボロアパートを買い取って本拠にしている傭兵団「サンティス」。


 掃き溜めのような傭兵団だ。

 ガゼルト市民の頼みとするガゼルトを仕切る傭兵団「ハルヴィ」とは天地の差。


「お前仕事は」

「終わらせてきた」

「ああそうか」

「次の仕事、あんだろ」

「明日までねえよ。それまで寝てな」


 バタンと扉が閉まる。

 蹴り開けてやりたい衝動に駆られるがグッと我慢する。今はまだここに頼る他ない。



 参ったぜちくしょう。


 なんせ金が無い。

 次の仕事は入っているからすぐに終わらせて来いと言ったのは向こうだ。それを当てにして全額渡したというのに。


 古びたレンガの建物に唾を吐きかけ、また野宿かと溜息を吐く。何と言っても明日までの長い時間を過ごすのが辛い。


 


 アキームの所属していたサンティス傭兵団は先に言っておくと犯罪者集団だ。


 いや、ガゼルトでそれを罪に問われないのであれば犯罪とは呼べないかもしれないが。

 何せ行政から依頼を受けている。

 公共事業よ、と所属傭兵などはうそぶいている。


 アキームが十二歳で入った傭兵団。

 サンティス傭兵団はそんなロクでもない場所だった。傭兵団と名が付くだけのゴロツキの住処。


 まともな傭兵団が十五歳未満を受け入れるはずがない。ただ子供のアキームにそれを理解しろと言うのは酷な話だ。


 おまけにサンティス傭兵団は外見上まともに傭兵の仕事をこなしていた。アキームの周囲の大人達も実はそんなゴロツキ集団だなどとは夢にも思わない。


 今でもそうだろう。


 最初は言われるがまま一生懸命やったもんだ。


 世間知らずだった自分と、生きる事に必死だった両親が傭兵の事など知らなくても仕方なかった。

 二年はまともに見習いを勤め上げた。


 しかし流石に途中からおかしな仕事を言いつけられ始めると気付く。

 やってはいけない事をやっているのだと。


 ただその頃既に両親は限界を迎えていた。

 アキームに渡される小遣いのような稼ぎでさえ貴重な収入となっていたのだ。


 傭兵達自体はアキームを可愛がってくれる。

 まあ、猫可愛がりといった類ではない。

 少し荒っぽいが暴力や罵倒は無かっただけの話。


 それでも決して居心地が悪かった訳でもないし、言いつけられる仕事が辛かった訳でもない。

 何より稼がなければいけないのだ。

 ありついた仕事を選り好みしている余裕など無い。




 辿った道は家計と同じようなもの。

 いつしか慣れていって、段々心が貧しくなっていっただけの話。


 それでも完全に染まりきる前にサンティス傭兵団の肩書きを外す為、傭兵資格を返上したのだから大いに善人と言っていいだろう。


 結局こうして仕事は続けているが。



 一番の稼ぎは「犯罪を起こす事」そのもの。

 サンティス傭兵団はガゼルト行政の依頼を受けて犯罪を起こして回っている。


 窃盗、傷害、器物破損その他色々。

 ただし放火と殺人は厳禁。

 活動範囲はガゼルト外周、持たぬ者達から。


 団長曰く、


「底辺の連中を幸せにしないため」らしい。


 今ならその意味が分かる。

 ガゼルト領主はそうやって不幸を作り出す事で、競争を煽っているのだ。

 上の人間は底に落ちたくないと必死になるし、底の連中は何とか這い上がろうともがく。


 この街に質素な幸せを築かせないために。

 下流層にもまだ下が居ると思わせるために。

 低水準で安定した暮らしなど邪魔なのだろう。


 領主が合格とする経済効果をもたらさない、王国の他の地域にいるような細々と暮らす民をこっそりと排斥するために。貧しい者は訴える力も持たない。



 そんな街だ、どんどん人は去っていく。

 まともな人間なら諦めて去る。


 しかし無人になる事などない。

 次から次へと夢を求めて人はやって来る。


 アキームのように中途半端に生き延びた者だけが、いつまでももがき続けるだけだ。




ガゼルトの貧困層

 明日をも知れぬ極貧生活を送る、黄金の街に埋もれた存在。と言ってもその数は極めて少なく、せいぜい全体の三パーセント程。何とか市民として税を納めながらやっていける割合が十五パーセント、可も無く不可も無く生活していける割合が五十パーセント程。


 ガゼルトの税は一定期間毎、三ヶ月毎に一律で徴収される。これは王国内の他の地域と同じだが、その額が高く、収入に応じた差額も無い。外から持ち込まれる物資に税が掛かる事は無い為、食料品の価格は他の地域と同じ。


 その為出来合い品を安く仕入れて高く売る商人が絶えないが、それが流通するのは下流の間のみで、すぐに儲からない事に気付く。中流以上が買い求めるのはガゼルト職人のブランド品であり、それこそが市民のステータスとなっている。

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