北の都 8
建物が聳える通りを抜ける先に、開けた場所が見える。
あれは公園だろうか。
都会の真ん中にある、最近増えているパターン。
しかしすぐに違う事に気付く。
確かに緑に囲まれその隙間から広い芝生に噴水なども確認できるが、腰くらいまでの高さの塀の上に、見上げる程高い鉄格子まで付いているのは公園にしてはものものしい。
だがそこではなく、確実に公園とは違うと気付いた理由は一定間隔で立っている兵士。
王国兵が立っていたからだ。
通りから抜け出るとその姿が確認できた。
巨大な公園は全面塀と鉄格子に囲まれている。
そして兵士が警護している。
まあ公園な訳がない。
まさかこの敷地が領主館か?
あまりにも広すぎるが……。
しかし他に考え付く理由など見つからないのだ、兵士が警護するなど。
「すみません、あそこはどういった場所でしょうか」
近くを通った婦人に尋ねると、領主様のお屋敷、という返事が返ってきた。
カーク・ザンバル。
やはり貴様は相容れない存在のようだな……。
と、再び決め付ける。
金持ちが金持ちらしくするというのは大体嫌な奴、と思っているので。
ぶらついた俺の調査結果を報告しよう。
中心街には民家というか個人の家は無いらしい。
まあここまで極端ではないけど、王都の商業施設が集中したブロンズ商会本店がある五番地区にも民家などほとんど無いからな。
向こうは一応居住施設はあるけど。
工房なんかもガゼルトは違う。
如何にもな田舎とは違い、大体お洒落な店舗と合体し、見た目にも権威を誇示するかのようだ。
中心街とその他を分ける境ははっきりしている。
バリケードが有るって訳じゃないが、列を成した不動の王国兵が行き交う人々に目を光らせている場所がそれだ。兵士が円状に中心街を囲うように警備している。
観察した限りガゼルト中心街は多分それなりの格好をしていれば誰でも入れる。
格好に見合う財布を持ってないと買い物なんかできやしないだろうけどね。
中心街にも関わらず警備はスカスカ。
領主館とこの境を見張る兵士だけ。
大丈夫かこんなんで。
うーむ。
どうしよう。
はっきり言ってただおのぼりさんが見たままの感想を言っただけだ。
望まれているだろう情報とはかけ離れている。こんなもの言われるまでもなくガゼルトの基本情報だろうしなあ。
やはり外に行くしかない。
北部の治安の悪さというか、ガゼルト辺りの北辺は荒んだ場所も多いというのは有名だ。
ノーラント辺りは別に他所と変わらないんだけど、北に行く程荒れるという、そこら辺は知識としてしかまだ無い。
子供の頃ブライトン傭兵団の駐屯地ではそんな事感じた事は無かったけど、今思えば不思議でも何でもないな。そんな場所で悪さしようなんて奴は居てもすぐに排除されてるだろうし。
中心街から外に向かう俺を見咎める兵士は居ない。当然だ。
実に気分が良い。
今の俺は一端の上流階級。
肩で風を切っても許される男だ。
コモーノさんが用意してくれた数々。その中から選んで持ってきた懐中時計や絹のハンカチを装備した俺は、多分そんじょそこらの金持ちにも負けないはず。
財布もダメージは負ったがまだ体力充分。
そこの君、靴でも磨いてくれたまえ、ってなもんだ。
別に使い込みしようなんて思ってないよ?
服を買った店の店主が寸法を測ったりしようとしてこない腕利きだったのも購入理由の一つ。
ナイフを数本忍ばせている俺には有り難い。
ボルグの一件以来油断もしていない。
正に今の俺は完璧な男だ。ふふん。
ガゼルト中心部から離れた、そうだな、中間部とでも言っておこう。この辺までは俺も来た事がある。
来る時馬車で通って改めて確認したが、外側に向かう程庶民の街に近付いていくのはどこもそれなりの理由があるからなんだろう。
とはいえガゼルトは外周部分も超都会だけど。
広すぎるので途中で馬車を利用する。
この都市特有の乗り合い馬車で、広すぎる街中の移動を専用の馬車が補っている。
最外縁部から見て回るつもりだ。
さて、何がどうなるか。
「さあ買った買った! 今だけ値引きするよ!」
「お客さんこれ、よそじゃこの値段では買えないよ! この帽子が何とたったの四千ジェルだ!」
高けーよ、ボケ。
「ゆっくり見ていってくださいな。たまにはパーッと楽しくお買い物しましょうよ」
そうかよ。
うらやましいね。
活気溢れる商店街とでもいうべき一帯。
ガゼルト最下層。それでも勿論水準は他の都市より遥かに高いが、成り上がりと生き残りを目指す、ガゼルトでは下級民と蔑まれる層。
至って普通の光景。
ただ物の質とその価格だけがそれなりだ。
遠慮の無い客引きに冷たい視線を送りすり抜けていく細身で長身の男。
まだ若い。
見ようによってはややだらしない、肩に届く長さの黒髪が頭一つ分高く群集の上で踊る。
ポケットに手を突っ込んだまま無愛想に歩くその姿に目を留める者はいない。
客以外相手にしている余裕などある訳がない。
商品以外に目を向ける者もいない。
アキーム・ヘッセン。
元傭兵。二十五歳。
北部生まれ北部育ち。
アキームは迷いの無い足取りで進む。
商店街を抜け、更に通りを横切り人気の少ない狭い通りに入り、更に薄暗い路地へと入って行く。
「おい。居るかい」
路地にある階段の上、薄汚れた木製の扉。
その小さな扉を乱暴に叩きながら声を掛ける。
「壊したら弁償だよ」
声を掛けてすぐ、扉を叩くアキームの拳の速度に負けない速さで扉が内側に引かれ、中年女がぶっきらぼうに言い放つ。
手入れされていないからか女の髪は大分ほつれたように所々絡まり合う。
顔にもシミが目立つ。
ヨレヨレのカーディガン。
「ほらよ」
投げ渡された手のひらに収まる程度の布袋。
受け止めた女は黙ってその中を覗き込み、無言のまま懐にしまう。
「泊まっていくのかい」
「んな訳ねえだろ。じゃあな」
じゃあな、の言葉の最後の方には既に扉が閉まっている。これまた魔法と見紛う速度。舌打ちしたアキームは再びポケットに手を突っ込み歩き出す。
宿に泊まる金など無い。
せめて屋根のある場所でも探すか、と。
ガゼルト外周部
見事なレンガ造りの建物がひしめき、訪れた者を圧巻の光景で歓迎するガゼルトの顔。瀟洒な街並みと賑やかな活気に溢れた、観光客第一のお目当ての場所でもある。建物の高さは中心部と比べると低い建物が多いが、メイン通りは軒並み立派。
しかし狭い方狭い方へと進んでいけば朽ちた扉やゴミが散乱した場所を目にする事になる。尤もその辺りは居住区となっており観光客の気を引く物は何も無い。
都市ガゼルト全域において一軒家というものは非常に稀で、一般人で戸建てを持つ者はほとんど居ない。ガゼルトはほとんど集合住宅となっている。