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北の都 5

 ガゼルトは北の不可侵地帯に近い、地図上の北部中央から真上に線を引いた位置に建設されている。


 その昔国境防衛の要所として建設された都市だ。

 だが今はレプゼント王国でも最先端の技術で造られた建造物を多数有する、もう一つの王都とでも言うべき経済の要所となっている。




 平野に長方形に広がる広大なガゼルトは、都市全体が王都と同じく石畳に支えられており、ガゼルト周辺にまでそれは及ぶ。


 街の建物は寒冷地仕様と言おうか、そのほとんどがレンガ造りになっており赤茶けた色合いが目立つも、高い芸術性によって各所に白石や黒石などが埋め込まれ、独特の造形美を醸し出している。


 王都の白亜の城とそれを取り囲む白を基調とした明るい街造りとは一線を画した、機能と外観が共存する「これぞ都会」と唸らせる街。


 硝子もふんだんに使われており、雑多なエネルギーを感じさせるルンカト下層街とは全く異なる、整頓された几帳面な優雅さのようなものに溢れている。




 ただし全てではない。

 ガゼルトはその広さに見合う人口も備えている。

 外から来た人間が、ガゼルト全ての住民が同じように優雅な暮らしを送っていると考えても仕方ない話ではあるのだが、実態は違う。


 ゴミで薄汚れた場所も多い。

 敗者に構っている暇など無いのだ。

 中央部に富が集中しやすく、そして行政が目を向けるのはその潤った場所だ。


 ガゼルト行政が都市の出入りをほとんど制限していない為、開放的と言えば聞こえはいいが実際はそれに伴い治安も良いとは言えない。


 全ては経済の為。



 使用人を乗せた金持ちが金銀であしらわれた豪奢な馬車で広い通りを横切る。

 その脇の路地の暗がりに物乞いも居る。


 そんな街だ。



 職人の工房が多数軒を連ねるこの街は、迅速な経済効果を突き詰めるべく内外の出入りを制限せず、確かにそれによってここまでの発展を遂げた。


 四方八方に延びるガゼルトを囲む街道はひっきりなしに商人が物を運び続け、一攫千金を夢見る人間を誘い続け、金を運び続けた。


 しかし同時に競争から脱落した者は容赦なく弾き出される。脱落者を多数生む主な原因は高い物価と税にあるが、高騰し続ける高級志向もそれに拍車をかけている。


 ガゼルトの商品は高い。が、その分質も高い。


 競争は熾烈だが、それに勝ちさえすれば一山当たる。金を持つ者が買い求め、次の金を持つ者を生み出す。そこに割って入れない者にガゼルトは優しくない。


 そしてその競争に負けた者は物価と税に潰され路頭に迷う事になる。








 一人の少年がガゼルトの街を彷徨っていた。

 美しい屋根が織り成す夏空とのコントラスト。

 馬車が行き交うガゼルトの通り。


 灰色の石畳に映える人々の煌びやかな衣装。

 少年は襤褸を纏っている。

 この街にその取り合わせの違和感は無いようだ。


 少年は通りを歩く野良犬と同じ。

 日傘を差した婦人の指には巨大な石の付いた指輪。


 中心部からは大分遠い。

 少年が近付く事など勿論許されていない。

 薄汚れた格好で中心部に近付こうものなら、ガゼルト市街を警備する傭兵にたちまち袋叩きにされてしまう事を、少年はその体で知っている。




 今日は目ぼしい獲物が見当たらない。


 空腹を我慢しながら歩くがこの街の人間、特にこの辺りの人間には油断する間抜けなどいない。

 どれだけ鈍そうに見えても少年の望みはきっと叶わないだろう。


「今夜はあの店にでも行こうか」

「素敵ね。美味しい葡萄酒で乾杯したいわ」


 高そうな服を着た太った男と、ジャラジャラと光る宝石を首から下げた枯れ木のような女。

 少年など目に入らないかのように通り過ぎていく。


 少年もまた目もくれない。

 いかにもなカモに見えるのはこの街を知らない奴。

 もしも今の二人組を獲物だと判断したのなら、そいつは自分こそが間抜けだったのだと気付く羽目になる。




 少年は歩く。

 道の端を目を伏せながら。

 綺麗な硝子張りの店の前を通る時は駆け抜ける。

 万が一うっかり覗き込もうものなら、飛び出してきた店主に殴り飛ばされるだろう。



 再び歩く。

 何か落ちていないか目を光らせながら。

 前から人がくれば慌てて近くの路地に駆け込む。

 もしも気付かずぶつかろうものなら、服を汚されたと言って蹴り飛ばされるだろう。



 いつもの事だ。



 収獲は無し。

 しかしそんな事など別に嘆く事でも何でもない。

 塒にしているゴミ捨て場の横の軒下。風を通す為か、四角く穴が穿たれている。


 少年が何とか潜り込める高さの冷たいベッド。

 硬くて狭い。


 少年にとって暗くて落ち着く安らげる場所。

 食事付きだ、何の不満があるだろう。




 夜になり、街に霧が掛かる。

 ほんの少し、いつもより寒い気がして鼻をすする。

 膝を抱いて丸くなった少年は明日の事を考える。


 そろそろ稼ぎも限界だ。

 縄張り争いに敗れ、追い出され続けてきたこの場所では仕事の口が見つからない。


 夏が終わればまたあの地獄がやって来る。

 この場所では乗り切れないだろう。

 折角お気に入りのベッドがあるというのに。


 

 濃くなった霧にじっとりと体が濡れる。

 少年の体温が霧を水に変え、地面を湿らせているせいだろう。


 だが今更多少濡れた所で何の支障があるのか。

 特に少年は気にも留めない。

 ここを出た所でこれ以上安らげる塒など無い事はもう分かっているのだ、この場所では。



 ガラガラと通りを馬車が走り去って行く。

 多分ランプをぶら下げているはずだ。

 暗闇の中で聞こえたその音は少年にとって唯一の娯楽。暗闇に聞こえる音楽。



 少年は自分を不幸だとは思っていない。

 アバラが浮き出た体も垢が浮いた体もずっと当たり前の自分で、空腹も普通の感覚だ。


 通りで見かける親に連れられた同じぐらいの背丈の子供を見ても何とも思わない。


 別の生き物だ。

 自分達は住処を分け合いながら、獲物を探す。

 狩りが成功すれば幸せが訪れる。

 そういう生き物だ。




 少年は眠る。

 膝を抱いたまま丸くなって眠る。


 願う事はただ一つ。


 どうか誰にも邪魔されませんように。




北方都市ガゼルト

 多彩な建築様式で構築された北部最大の都市。北部の中心であり、レプゼント王国の経済に強い影響を及ぼす職人の街。領主カーク・ザンバル公爵の改革により王都をも脅かす規模にまで発展した都市であり、技術・芸術・学術の最先端を行く街でもある。


 ガゼルト行政の理念はひたすらに経済に主眼が置かれており、その為経済を滞らせる原因にもなる軍の介入を拒んでいる。そのおかげで他のどの都市にも負けない自由さと商機に満ちているが、一方で貧困や治安の悪化を生み出してもいる。

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