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北の都 4

 北へと続く王国本街道。

 俺が十五で上ってきた道。


 今またその道を走っている。

 王都デイカントから北部ガゼルトへ向かうのは、商人らしく馬車でと決めた。


 それも一台丸ごと借りてだ。凄いだろう?


 俺の金じゃないけどさ。


 馬車には王都で用意して貰った財宝が積んである。

 誇張じゃない、俺からすれば目の玉の飛び出そうな高級品の数々で一杯だ。


 衣服から宝石、香水など縁の無い物ばかりだが、必ず役に立つとコモーノさんが用意してくれた。

 賄賂みたいな感じでじゃんじゃん使っていいそうだ。


 これも俺を信頼してくれているのか。

 俺がこのままネコババしたらどんな顔するか見てみたい気もするが、バンデットになって帰って来ましたとモリナに言う勇気は無いので、妄想に留めておく。




 北方都市ガゼルト。

 

 「虹の都」デイカント、「夜の無い街」ルンカト。


 ガゼルトは「黄金の街」と呼ばれている。


 北部はとにかく貧富の差が激しい。

 勿論それはどこに行ってもあるのだが、王国内でここまで階級差のようなものがあからさまに見える場所は北部をおいて他に無い。


 村単位ですらそうだ。

 これは貴族と富豪が上に立つ政治機構が原因だが、一概にそれだけとも言えない。



 職人が集う地域なのだ、北部は。



 財を成す腕の良い職人とそれに弟子入りする人間、燻る職人とその家族。

 分かりやすい例を挙げればこうなる。


 ガゼルトが黄金でできている訳では無い。

 北の山脈から金が採れる事、雅な街の景観などからそう呼ばれているのだが、黄金の街と口にする人間の大半の意味する所は違う。こう思っている。



 「一攫千金の街」と。








「そろそろ休憩していいですかね!?」


 御者が大きな声で尋ねてくる。


「構いませんよ」


 本街道の整備が行き届いている事もだが、用意された馬車の座り心地と言ったら。

 ガラン商会の馬車にも人用の馬車は多くあるが、もう別物だな、こりゃ。


「じゃあ先に使わせていただきます」


 御者と御者台に座る護衛、俺。

 そこそこの商人の旅にありがちな構成だ。

 休憩所に立ち寄った俺達は馬車を見張りつつ交代でトイレに行ったり水を使ったりする。

 それを脇目にガラガラと走り抜けていく交易馬車。


「今丁度ノーラントを過ぎた辺りです」


 懐かしさはあるが別に親も居ないし知り合いもほとんど残っていないだろう。

 散々見慣れた場所に立ち寄っても得るものは一時的な郷愁だけだ。




 この辺りまで来ると夏にも関わらず風が涼しくて気持ち良い。真っ直ぐに抜ける平地。

 南部は緑が多いが、北部は土が広がる。


 街道から見える景色は南部の森林や西部の穀物畑と違い、畝が盛られた畑が多い。遠く過ぎて行く村なども、その周囲は土で彩られている。


 尤も、村が畑仕事しかしていない訳では無い事はその畑の広さから分かる。到底村の住民全員がそれで食べていける面積では無い。


 靴職人や革職人の多い地域だったはずだ、この辺りは。


 北部は職人だけでなく、全体で見ると、漁師・猟師・農家といった一次産業も充実している。


 仕事が違うだけで、一般人の生活など同じ。

 生活の仕組みはどこへ行っても変わらない。

 なのに不思議と異国へ来たかのような気分になるのはどうしてなのだろう。


 北部の景色など子供の頃に散々見てきたはずなのだが、大人になってからそれ以外の景色ばかり見ているせいか。北部を自分が遠い場所としてしまったせいか。









 既に街道は北部の「それ」に変わっている。

 縦長のレプゼント王国、それも北の不可侵地帯の山脈から吹く冷たい風のせいで冬場は道が凍り付く北部最北方は、石と砂利と土でできた硬い道として舗装されている。


 通り過ぎていく街や村の規模もどんどん都会へと進化し続け、ガゼルト領内に入ると田園風景はほとんど消え失せた。



 王都と違って城壁は無い。

 ルンカトのように立体的な構造でもない。


 ただ平野に、隠す事無くその巨大建造物群を晒す広大な都市、ガゼルト。

 遠く霞む山脈より、遥かに複雑に形成された尖塔や屋根が作り出す山脈は美しく彩色されている。



 ゴトリという音と共に道が完全な石畳に変わり、都市ガゼルトへの来訪を告げる。


「中の確認を」


 北部軍、ガゼルト守備軍の検閲が入った。

 石畳の街道脇、ガゼルトから程近いこの道に柵を設け検閲してくる軍は常設軍であり、ガゼルトを囲むように展開している。


 公爵たるカーク・ザンバルを含むガゼルト貴族守備兵。だが、その数は少ない。

 吹きさらしの平原に見えるその姿は野営であり、ガゼルトが検閲を歓迎していない背景が見て取れる。




「北部軍は無視しても構わないかもしれません」

「何故ですか?」


 コモーノさんと打ち合わせた際の会話。


「ガゼルトの北部軍は貴族守護の最低限の責務しか守っていないからです。これはガゼルト行政が軍を疎んじているせいでもありますが、北部将軍の気性からも来ているそうです」


 北部将軍ライノー・バデン。


 ネイハム様に言わせると「優れた軍人だが堅物」らしい。

 俺から言わせて貰うとネイハム様が柔らかすぎるだけだと思うんだけどね。



「行け」


 嘘みたいだろ?

 財宝満載のこの馬車をちょっと扉を開けて一瞥しただけで通行させる。

 中に居るのは俺だよ? 貴族ならまだしもさ。


 しかもその言葉使いときたら。


 今時の流行ってもんが分かってない。

 今のトレンドは明るく楽しく優しく丁寧にって教えてやりたいね、まったく。



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