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北の都 2

 ネイハム様は全てを説明してくれるようだ。

 表に出せない政治の動き。貴族の思惑。


「宜しいのですか」

「ん? 何がだ」

「俺にそのような話をされても」

「今更だな。お前が成長したというなら祝福してやるが、賢しらな大人になったというのであればそれは忘れてしまえ。俺が付き合いきれん」


 こういう所は本当に面白い人だと思う。

 しかしこれで王に次ぐ地位に居るというのだから心配だ。必ず胃を痛めている人が居るに違いない。


「あの後俺はすぐに南部をルフォーに譲り大公となった。陛下と示し合わせてあった事だ」

「はい」


「ああ、そういえば例のボルグという男とお前が持ち帰った、あー」

「シルバです、ネイハム様」


 コモーノさんがすかさずフォローする。


「ああ、そうだ。そいつらの死体だがな、キールという魔術師、お前も知っておろう」

「ええ、知ってます」

「色々と調べていたようだがな。お前も関わりのある事だ、知っておけ。妙な発見をしたらしいぞ」


 キールさん、やったのか。助手として鼻が高い。


「妙な発見、ですか」

「ああ。気持ちの良い話ではないがな、脳が崩れておったそうだ」


 本当に気持ち悪いな。

 手伝わなくて良かった。


「俺も流石に魔術師の研究にまで頭を回す余裕は無かったのでその程度しか聞いておらんが。ガリアの危険性を知る為の話ではある」


「……確かに」

「話を横に逸らしてしまったな。俺が大公になったのは無論、ガゼルト公並びに北部派閥の一掃が目的だ」


「はい」

「ガゼルト公の息子を王にする事を防ぐ手立てが無かった訳では無いが。国の仕組みというのはままならんものでな。色々と考えると結局俺がやってしまうのが良かったのだ」




 かいつまんで説明する。


 俺がボルグと戦っていた時。

 あの辺でネイハム様は南部領主から退く事を決意していたらしい。


 国王エインリッヒ十二世の懐刀となるべく。

 継承問題でネイハム様とガゼルト公爵カーク・ザンバルが争うのも一つの手ではあったが、争いは結局その後も諍いを招いてしまう。それでは国内を三分した今の状況と変わらない。


 悠長にやっていられる時間はもう過ぎたのだと、そう思ったのだそうだ。


 そこで国王に持ちかけた。

 大公となり中央に戻ると。


 ルフォーを南部領主とし継承争いから降ろせばガゼルト公爵はこの動きをむしろ歓迎するはず。


 ガゼルト公爵は派閥と息子・ディアス新王を擁し勝ちに来るだろう。




「退位された陛下と新たな組織を作る。ディアス王とガゼルト公派閥に対抗する、中央の勢力としてな」


「予想通りガゼルト公は俺の大公就任を反対してこなかった。これでルフォーの南部を切り離しつつ、俺と陛下でディアス王、ガゼルト公から力を削ぐつもりでおったのだが」


「結局は王女殿下が一ひねりで虫の息にしてしまったという訳だ」


 苦笑いするネイハム様だが、その顔には王女に対する敬意が見える。

 とうに俺の出番など無かったらしい、と自嘲している。


「ただこれは大きな流れを言っただけにすぎん。やるべき事はやらねばいかん」

「ガゼルト公はその間動かなかったのですか?」

「いや、ただ見ている男のはずがなかろう」


 北部も当然ネイハム様大公就任の裏は読む。

 中央貴族の動きや王宮の空気。

 何も知らない中央に居る流されるだけの小物は息を潜めているだけだが、中枢に居る者は違う。


 ネイハム様達もあえて一気に表面化させたらしい。


 大公就任後、ディアス・ザンバルと第一王女フォルテシアの婚約打診とほぼ同時に。






 王女とディアスの婚姻に反対意見はほとんど無かった。対抗馬が居なくなったのだ、それを不敬とするにも国王が既に大公として南部領主退任を認めている。


 ガゼルト公としても息子の新王即位が最大の一手であり、否やは無い。

 それさえなればと考える。


 しかし今まで隠してきたもの。

 ネイハムと国王の執念にも近い何十年の沈黙。



 退位するエインリッヒ十二世とネイハム、更には前宰相から引き継いだ現宰相ジュール他、主流派の中でも中立に近い派閥を持たない者達が一斉に手を組んだのだ。



 別に公言した訳ではない。

 しかし動きを見ればそれは明らかで、「元老院」という新たな機関の設立をジュールが議題に上げたことでどの貴族の目にもはっきりと映った。


 元老院。

 退位した王、その他役職を外れた高位貴族からなる政治顧問機関。


 議会のように実権は無い。

 表面的には行政にとって実害が無い機関であり、しかも現王の勇退先として宰相が提案したものだ。内心どうあれ、貴族も議員も拍手で迎える他無い。しかし指摘できないがそれが無視できないものになる事も明らか。



 今や北部派閥にも分かっている。

 エインリッヒ十二世、ネイハム、王の側近。

 最初から最強の派閥であったのだと。


 普通なら諦める。

 しかし北部の切り札、ディアス王がいる。

 正統な王家の血筋を引く前王の影響力など元々想定の上で、しかも別に現王やネイハムが現段階で北部を攻撃してきている訳でもないのだ。


 ガゼルト公、カークは国内を牛耳る力を欲しているだけで、この時点では元老院がその障害にはなると思うも、危険な存在だとまでは思っていない。


 よもや北部派閥の解体を目論んでいるなどと。






「警戒はしてもこちらを攻撃する材料が無いからな、ガゼルト公には。息子の即位とそれに合わせて北部派閥の強化を目論んでいるという訳だ」


「では安心していられないのでは?」

「勿論だ。ただ息子の即位さえなれば俺も陛下も政治実権を持たぬ存在だ。ガゼルト公を暴走させぬ為の手としてはこれ以上あるまい?」


「……ちょっと難しい話です」

「まあある程度理解しておけばいい」


 大体は分かったが……。

 王宮の事など知らない俺には不明瞭な部分があるのも仕方ないな。


「いずれにせよ」


 ネイハム様が立ち上がる。


「ガゼルト公は息子の即位と同時に一気に勢力を広げるつもりでおる。俺と陛下を危険視してもいる。どこまでかは分からんがな。ただ、今はまだ対決という姿勢にはなっておらん」


「フォルテシア王女殿下の事は俺にも陛下にも予期できなかった事だ。息子の裏切りで奴は死ぬ」


 少し背筋に冷たいものが走る。

 ネイハム様が持つ本来の冷淡さ。


 以前の俺なら受け入れられなかったかもしれない顔。今では分かる。綺麗事だけで人は生きていけない。


 一つの暖かさを得る為に、冷たい水にも浸かる。


 ヨハンの厚意に俺が甘えたのも、モリナと俺の為。

 突き詰めれば何も変わらない。



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