北の都 1
「またですか?」
「ええ。またですよ」
渡された服は流石に人足の格好では無かったが、ブロンズ商会の印が刺繍された制服だ。
いつかのルンカトを思い出す。
シロをこれまたブロンズ商会の旗の付いた馬車に繋ぐ。西部東方、中央部との管轄の境に近い小さな村。
「バランス悪いなこれ……」
「そうですね……しかし仕方ありません。これでも一番大柄な馬を選んできたのですから」
シロが白馬なせいもあるが、相方とのバランスが見た目にも悪い。二頭立ての馬車でこんなにちぐはぐな馬選びは普通有り得ない。
「シロ、お前分かるよな?」
馬車を曳くのはまあ問題ないだろう。デュラム村でもやらせていた。問題は相方に合わせて歩調を取れるかだ。シロは並足も速い。
ブルル、と俺の手を振り払う。
まるで「分かっとるわ」と言わんばかりの素振り。
コモーノさんが乗ってきた馬車のもう一頭はここに預けていくので、シロの相方がグズったら困る。
全てシロが目立ちすぎるせいだ。
せっかく俺が変装していても、シロに乗っていれば注目の的となってしまう。
しかしデュラム村で畑の手入れに忙しい住人達に世話も頼めない。モリナ一家の手にも余る。
北部へ乗って行くのも言語道断だ。
俺が、誰かに悪さされやしないかとシロから目を離せなくなってしまうのは分かりきっている。
結局王都に預けるしかないのだ。
「そんなに遠くもありませんし。道中余りにも不審な目を向けられるようなら、どなたか馬をお持ちの方に謝礼をお支払いしてシロと交代して運んで貰いましょう。その場合最悪私の馬という事にして二人でシロで行きましょう」
コモーノさんと二人乗りか……。
ごめんなさい、マジで嫌です。
ガラン商会から北へ行く前に休暇を貰い、モリナと思う存分時間を過ごした。
これはもう楽しかった。
二人の出会いから今まで、こわごわ触れていた将来の意志を確認し合えたのだ。
いつもどこかに合った屈託が消えた関係。
特にモリナはファリナさんや村の女性達から学ぶべく――まあ俺にははっきり教えられていないが大人の女性の規範だとか何とか――エネルギッシュに活動していた。畑の手伝いそっちのけで。
俺が村の拡張に関して色々と検地したりしている間の話だ。
ペルスさんはきちんと村の全員と話し合い、自治的な役員というか、役回りを決めていた。
ちなみに今時村長というのは余程の田舎でなければ居ない。
畑を経営する以外の可能性を見出すべく、商人として培った知識を総動員して男衆とああでもないこうでもないと話をした。
別にこれっきりって訳じゃないが、俺だって村の一員だからな。そこはそれこそ他人任せにする訳にはいかなかったのだ。
ちなみにモリナとは別れの間の分まで埋めるべく、毎晩これまでよりも激しく燃え上がった。多分シロは「こいつ痩せた?」とか思ってるんじゃないだろうか。
久しぶりに訪れる王都。
近付く毎に空気まで変化していくかのようだ。
王都守備圏の詰め所に王国兵。
西部とは違う洗練された所作。
道の舗装もしっかり金が掛かっている。
西部も道は綺麗だがやはり「格」が違う、と思う。
「中を確認させていただきます」
王都を守る城壁で外から兵士の声が聞こえる。
扉を開けた兵士に一礼すると、兵士は黙って扉を閉め、「お通り下さい」と声が聞こえた。
再び走り出した馬車から見る王都。
街までの空白地帯に、大きな何かが建設されている。以前王都から出て来た時には見なかった。
もしかして御前試合の会場か?
そして高級なブロンズ商会の馬車は、文字通り滑るように王都へと俺を運び入れた。
「久しいな、ラスター」
「ご無沙汰しております」
街から王城庭園に行くかと思われたが馬車は空白地帯からそのまま王都を舐めるように特別区へと走り、倉庫が建ち並ぶ一画に着けた。
案内された薄暗い倉庫の中にネイハム様が居るというのは、まあやりそうではあるけど。わざわざ俺を驚かせようという演出なんじゃないかと毎度思ってしまう。
「色々聞き及んでいるぞ。詳しく聞かせて貰いたいと思ってな、ここなら邪魔も入るまい?」
「はい。ちなみに何からお話しましょう」
ふん、と鼻を鳴らすネイハム様。
素直に話してやると思ったら大間違いですよ。
「やはり、ふっふっふ。何、言うまでもあるまい。くぁーっはっはっはっはっ!」
ええ……。
コモーノさんも呆気に取られている。
絵に描いたような大爆笑。
肩を震わせたネイハム様は大貴族にあるまじき姿で、ドンドンと数段高くなった自身が腰掛ける石の床を拳で叩いている。
「くく……全くお前という奴は! いやはや予想を裏切る男だ、ふふふふ」
「あの、ネイハム様。もう少しお静かに……」
ほら見ろ、コモーノさんが困っている。
少しはからかわれる覚悟はしていたけど、そんなにおかしいかね。
「っふふ、すまんな。……いや、失礼した」
キリッとすんな。
手遅れだ。
「リーゼンバッハ候が困惑しておったわ。ふっふっふ、あの顔を思い出すと、どうしてもな」
ネイハム様曰く、西部の騒乱、グリンが引き起こした騒動を機に一度西部へ集中させたリーゼンバッハの情報網は、それ以降もグリンやその他の情報を探るべく、オウル事件後から一部機能させ続けていたらしい。
当然ガラン商会の動きもその対象だ。
情報網は商人などの民間人。
少しガラン商会が目立ち始めた時点で俺の事はすぐに伝わっていたのだ。
「何、俺も色々と慣れぬ王宮で気が滅入る事が多くてな。お前の情報は愉快であったのだ、許せ」
「いえ……それでお役に立てたのであれば」
そう言われては仕方ない。
「しかしまさかお前がすぐに子供のような娘と恋仲になるとはな。何があった?」
それについては流石にそこまで話す義理は無い。
しかし俺はネイハム様に会ったらいくつか話してみようと思っていた事がある。
単純に俺の人生相談にも近い。
果たしてそんな個人的な事ができるか、とも思ったがこうして許される機会がすぐに訪れるなど、こんな男には過分という他無い。
コモーノさんとネイハム様には笑われても良いと思う。これで軽蔑されて依頼が無くなるようであればそれも自分の選んだ道だと、そう思えるようになっていた。
できればエイゼルさんにも聞いて欲しかったな。
そんなに長々と話した訳じゃないと思う。
自分の思い悩んでいた事や吐き出してしまえた膿がどのようなものであったか、女神の代わりに聞いて貰ったようなものだ。
「まあ、そういう男だったという事です」
「ラスターさん……」
コモーノさんは何故か感動してくれたみたいだ。
嫌われずにすんで良かった。
「ふむ」
ネイハム様が腕を組んで俺を見据える。
「コモーノがお前を見違えたと言っていたが。その娘と会ったせいか?」
「はい。俺はそう思ってます。見違えたかどうかは」
「そうか。その娘、モリナと言ったな。大事にしろ」
「……有難うございます」
成る程な、と何かを考え込むネイハム様。
年の功なのだろうか。
俺は今、この二人に甘えたのだという自覚がある。
しかし恥ずかしさは感じない。