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西部での日々 12

 村の住人達はいつも通り働いている。

 モリナの家族も畑に出ている。


 俺達は一度も鍵も開けず、午前中ずっと互いを慈しみ合った。背徳的で不道徳だけど、そんなのは知ったこっちゃない。


 陽の光から隠れるようにカーテンも閉め切って、ずっと抱き合っていた。

 

 信じて貰えないかもしれないけどね?

 行為は一切致してないんだよ。

 こんな愛し合い方もあるんだって、初めて知った。二人で溶け合うようにただ抱き合っていた。


 







 晴れ渡ったエンスタットの街は蒸し暑さをあまり感じさせない空気で、俺は好きだ。

 

 午後から顔を出した俺だったが、ヨハンは何かを察してくれていたみたいで、きっと上手い事言ってくれていたのだろう、誰に何を言われる事も無かった。


 一言、ありがとうと伝えた俺にヨハンはただ優しく微笑んでくれただけだ。




「お待たせしてすみませんでした、マイヤーさん」


 このチョビ髭男も健気なもので、予想通り毎日ここに顔を出している。


「お気になさらず。私もそれなりに田舎を満喫しておりますからな」


 あっそ。


「しかしどうですかな? そろそろ――」

「ああ、サインですか。しましょうか」

「ええ……えっ!?」


 髭が伸びた気がする。


「仕事の都合が付きそうなもので」

「おお、それは良かった。では早速」


 約二週間後、ガゼルトに行く。

 もう躊躇いは無い。


「お迎えに馬車を手配致します。三日前に――」

「それには及びません。私も北部には用事がありますので、ついでにやってしまいたいと」

「ああ、そういえばお生まれはノーラントでしたな」


 調べてあるか。

 しかしそういう理由じゃない。




 喜色満面のジョゼを送り出し、その足でコモーノさんに伝えられていた連絡先へ手紙を出す。

 短く一言、受諾という意味の符丁を使って。








 ヨハンと話をした。

 俺の顔を見てすぐ分かったみたいで、既に北部商人達との話し合いの為、北部の視察に向かうというスケジュール調整を立ててくれていた。


「ヨハン。いいのかい、本当に」

「? 何がでございましょう」

「いや、その。俺は約束を破るのに」

「破られるおつもりなのですか?」

「え、いや」

「お待ちしております。行ってらっしゃいませ」


 負けたな。

 ヨハンの笑顔に屈託は無かった。

 必ずここに戻ると密かに誓う。

 口には出せない。一度破ったのだ。




「トマスさん、今日中に調整と引継ぎ役への書類はまとめておきますので」

「ああ、世話かけるね」

「いえいえ。もしかしたら長くなるかもしれませんが」

「いいよ、のんびりして来なさい。何ならモリナさんと一緒に北部を見て回ってくると良い」


 ニコニコのトマスさんに心の中で謝罪する。

 俺を重用してくれたのはトマスさんだ。


「王都へはいつ?」

「向こうの都合もあるんだが。多分今週中には向かうと思うよ」

「そうですか。大事な時にすみません」

「どうして謝るんだね。北部の件も放ってはおけないんだ、むしろ謝るのはこっちだよ」


 ガラン商会の態勢は整っている。

 そこに参加できないのは未練でもあるが、参加したとてやっぱり満足はできないだろう。







 夕暮れのエンスタットで買い物をする。

 デュラム村に来る馬車で随分便利にはなったが、中継地点では無い為まだまだ買える物が充実しているとは言い難い。


 俺は良く買い物を頼まれる為、馴染みの店もかなり増えたものだ。

 今夜は豪勢にしよう、モリナとそう決めている。

 ファリナさんにも伝えているはずだ。

 モリナが家族にも手料理を振舞う予定で張り切って待っている。


 大人としての花嫁修業の第一歩は料理から始めるのだと聞かされて俺も楽しみで仕方ない。

 既にモリナは料理も充分上手いと思うんだが。




「今晩は」

「いらっしゃい、ラスターさん」


 店の親父と挨拶する。

 客は多いがこの店は広い。

 結構洒落た店で、食材もお高め。ガラン商会の取引先でもある。


「今日は豪勢にするつもりなんですよ」

「お祝い事ですか?」

「ん。……そうですね、お祝いです」


 門出だのなんだの言うつもりはないが、俺達にとっては確かに記念の日だろう。


「たっぷり持ってきましたから。親父さんに任せます。どうも俺はいまいちみたいで」


 食材は有る物で作るのが基本だと、買ってくる物は指定されていない。

 しかし大体そういう時に俺が選んできた物は微妙な反応をされる。気を使ってくれてもモリナやファリナさんの顔で分かるのだ、俺も。まあモリナはそんな所も可愛い。決してフォローではない。


 おーい、と奥さんを呼んだ親父が二人であれこれ用意し始めてくれる。

 ルデンテさんが孫娘の頼みを断るとは思えない。オウル村へビールも買いに行ってくれているはずだ。



「ラスターさん、どうします? これお勧めなんですがね。ちょっと値が張るんだけど」


 今一万八千ジェルか。

 美味そうな肉の塊が八千ジェル。


 どんと来い。


「買いましょう」

「流石に太っ腹だあ。おまけしときますよ」


 シロにも美味そうなニンジンを買ってやろう。






 その日の晩は賑やかになった。

 ペルスさんもルデンテさんも上機嫌だ。

 男三人で酒を酌み交わし、北部行きを伝える。


 ただ、家に戻るとモリナに色々聞かれ、ドヤ顔で会計に駄目出しされたのは意外だった。

 もっと安く買わなきゃてんで話にならないと。


 大人になるって……そういう意味で?




王国の通信

 手紙などの通信物の輸送は王国管理。軍内に各管轄とは別の部隊が組織されており、安心して任せる事が出来る。騎馬隊で構成されたこの部隊は王国兵士で組織されているが、各領内の主要な街以外の通信物の収集、近場への配送は役所が雇った民間人の担当。

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