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西部での日々 9

 コモーノさんが訪ねてきた翌日。

 ガラン商会はブロンズ商会との西部における提携を祝し、更に活気付いていた。


 王都便の開通だ。

 ガラン商会の交易馬車はブロンズ商会代理という形で、西部―王都間の規定物資の輸送を正式に受注した。ブロンズ商会が担っていた役目を引き継いだのだ。


 以前請け負っていた仕事の復活、それも麦だけではない大幅にシェアの増えた大仕事にトマスさんは大喜びだった。やはり王都への進出というのは商人の誉れなのだろう。




 俺はコモーノさんから聞いていたので知らん顔で一緒になって喜んだが。

 ブロンズ商会も向こうは向こうで、西部を参考に本街道の便を充実させ、今まで個々の商人に任せていた支道から先の地域にまで流通を拡充すべく馬車の試用を開始するらしい。西部撤退は馬車の確保という訳だ。


 この提携は大きい。

 天下のブロンズ商会が初めて他商会に自ら握手を求めた格好なのだ。

 政治的にも王国委託の仕事なので王宮のお墨付きを貰ったとも言えなくも無い。実際は孫受けだが、ガラン商会はこれで益々強固になり、商人の間でも噂になるだろう。



「おめでとうございます」

「ありがとう、ラスターさん。王都で正式にサインするまでは喜ぶのは早いかもしれないが、ヨハンと君には改めてお礼を言わせてくれ」


 笑顔で握手を求めてくるトマスさん。

 大喜びの従業員達。

 早速計画を練り始めるヨハン。


 喜ぶ俺の演技はバレなかっただろうか。







「ヨハン、ちょっといいかい」

「はい」


 ヨハンを誘いエンスタットでたまに行く落ち着いた雰囲気の喫茶店へ連れ出す。


「ひとまずおめでとう、かな」

「旦那様のお喜びように私も胸が熱くなってしまいました」


 本当に十七歳かい、君は。


「言っておかなくちゃいけない事があるんだ」


 すぐに何かを察したヨハンが笑みを消す。


「ヨハンを信じていいかい?」

「私を……はい」


 言っていいかどうか。

 駄目に決まっているが、俺には俺の仁義がある。

 ネイハム様やコモーノさんが何故か俺を信用してくれているのと同じで、俺はヨハンを信用している。


 ヨハンを言いくるめたい訳じゃない。

 いや、そういうつもりもあるかもしれない。


 分からないが、話せる部分だけでも正直に話す事が俺の精一杯の誠意だと思う。




 今回の提携に至った経緯を話す。

 御前試合どうこうは省き、俺に西部発展に絡んだ傭兵としてある依頼が来ている事、その報酬の先払いのような形で依頼主が寄越した提携である事。


 勿論ブロンズ商会はトップはどうか分からないが、ガラン商会との提携は裏表の無い商売の提携として考えているはずだ、という事も話した。


 俺と依頼主の関係を抜きにしてもきちんと成り立つものである事はくどい程話したつもりだ。



「では、これもラスターさんのおかげという事なのですね。ありがとうございます」

「だからそうじゃないよ、ヨハン。これは」

「いいのです。私には一つ分かった事があるのです」


 ヨハンは冷静だ。

 いつもの賢い目をしている。


「あの日、ラスターさんにお尋ねした事を覚えていらっしゃいますか」

「あの日……」


 あの、いつまでここに居るという事か。


「ああ、あれね。うん」

「あの日私は正直言って悲しい気持ちでした。でも、気付いたのです。以前申し上げましたよね。ラスターさんはお一人で立っていらっしゃると。それを尊敬していると」


「……」

「あの時自分もそうありたいと思っていたはずですが、いつしか頼りにしてしまっておりました。そこで気付いたのです、自分で立っていないから頼ってしまうのだと」


 いや、本当に十七歳か君?

 しかしヨハンは既に立派な男だ。

 茶化したくなるのは俺が照れてるからだろう。


「ガラン商会には必要な方です、ラスターさんは。しかし私は私で覚悟は決めております。旦那様が反対なさっても、私が説得して見せます」


 俺の約束を嘘にしない為だろうか。

 本当に良い奴だ。








 ヨハンに改めて説明する。

 余計な事は全て省く。

 できる限りヨハンを巻き込みたくない。


 とにかく今回の報酬に応える形で一時的にでも俺が離脱しなければいけないかもしれない。

 北部の仕事を片付けに。

 西部の、このやり方を真似させる事もあるかもしれない。仕事の具体的な内容などは一切伏せて説明した。


「そういう事でしたか。一時的にそちらの依頼を優先するという事なのですね」

「でもどれぐらい掛かるか分からない」

「ご心配なさらなくとも皆でやってみせます」


 笑顔に戻ったヨハン。


「それが十年、二十年だったら?」


 じっとヨハンを見つめる。

 真顔に戻ったヨハンに動揺は無い。


「ごめん、ヨハン。傭兵としての仕事だよ、ガラン商会も。傭兵が護衛で食っていくのなんて当たり前だ。でも俺は自分に嘘をついてるって、気付いたんだ」


「……」

「ガラン商会は俺にとってすごく有り難い存在だけど、どれだけここで名を上げても誇りに思えないって、それはヨハン達にもうちの傭兵達にもすごく失礼な話かもしれないけど、正直な気持ちなんだ」


「上手く言えないけど」

「……」

「本当に……上手く言えないんだけどさ。今度の依頼が来て、ああ、これなんだなって。やっぱりこういう生き方を望んでるんだなって、子供みたいだけど、憧れみたいな何かは確かにあるんだよ」


「約束破ってごめん」




 ひどくみっともないと思う。

 自分でも情けない。

 食っていく仕事として、今の俺も傭兵としては大成功だ。それも自分が望んでやった事だ。


 モリナへもヨハンへも説得力が無い。

 あっちの方が楽しそうだと、あ、俺抜けるわと言ったにすぎない。前と変わらず道の途中で。

 無責任で自己中心的だ。


 なのにヨハンは頷いてくれた。

 自分も同じだと。

 思い描く憧れの商人の姿があり、違う道を行く気は無いと、そう言ってくれた。


 そんな立派なものじゃないのに。


 


「辞めずともよろしいと思います。商人としての価値が必要なのですよね?」

「まあ、そうかもしれないけど……」


 それは流石に便利に使いすぎてはいないか。


「図太さも必要だと私は教えられております。ラスターさんを置いておきたいのは私の望みです」




 情けないがヨハンの説得に折れる形で内心有り難く提案には乗らせて貰った。

 モリナの為なら俺も図太くなるべきだ。

 

 ヨハンの前で卑怯な所を見せたくないと、また格好付けていただけなのだから。


「しかし旦那様に言わなくとも宜しいのでしょうか」

「言わない方が良い。ガラン商会の皆が頑張ったからこそ、この提携ができたのは間違いない事実なんだからさ。それにもうこれ以上俺のおかげだなんだ言われるのは勘弁して欲しいし」


 トマスさんも裏切る事になるが、事情を話せば何に巻き込むともしれない。

 腹芸は苦手な人だ。


「そうでございますか」

「大体、まだ決まった訳でもないし。俺がどうするかはモリナと話し合って決めるから」

「まだお話になられていないのですか?」


 露骨に驚いた顔。


「まだヨハンにしか話してないよ」

「どうして……」


 モリナとの話は最後だ。

 それが最終決定なのだから。




 


 ヨハンとの話は終えた。

 俺がどういう仕事を受けるか言えないのは理解してくれたし、とにかく期間は分からないが一時的だろうがそうでなかろうが協力してくれる。


 そのまま別の傭兵稼業をしようが、居場所はずっと作っておいてくれるそうだ。

 友達として。


 幸い北部側からの運び入れに関して値下げ要求が来ていた事もあり、その調停の為の視察に赴くという形で決まった。これはガゼルト公の懐に入れば実現の可能性は大いに見込める話でもある。


「ではモリナさんと良くお話し下さい。それにそのお仕事は商会の為にやって下さるのですから、私も支援は惜しみません」

「ありがとう」




 商会の為でもあるがそれ以上に自分の為。

 ネイハム様達がまた自分を必要としてくれた事が嬉しかった、それに気付いてしまったのだ。 


 ひどく格好悪いが、素直に言えばそう感じてしまったのだから仕方ない。

 我ながら節操が無い。


 だけど、ヨハンや皆にいずれどこかで背を向けてしまうだろうという、後ろめたさはもう耐え難い。

 口だけで良い顔してきたツケだ。


 ここでヨハンとの約束だからと依頼を断っても、そのせいで後々負の感情を持つのが怖い。


 所詮嘘をつき続けて来た俺が懺悔するなら今ここだと思ったのだ。

 許して貰えるとは思っていなかったが。




 ただし、モリナを蔑ろにするつもりは無い。

 それも本心だ。

 モリナが理解できないというのであれば受けない。


 難しい話であろうと今度はきちんと話さなくちゃな。








「そうだよね……」

「うん、だからどうしようかと思って」


 意外にも、と言うのは俺が勝手にモリナを子供扱いしすぎていただけかもしれないが。


 細かな政治背景を省いたからかもしれないが、俺がどういう状況に置かれていて、どういう仕事に行こうとしているか、それが危険を伴うものになるであろう事など、思ったよりもすんなりとモリナは理解してくれた。




 今はその期間と危険について話している。


「でもその試合に出るかどうかは分からないんでしょ?」

「そうだな。向こうはとりあえず俺の商売に関する部分の話がしたいんだろうって事だから。実際どうかは行ってみなくちゃ分からないんだけど、それだけで話は終わるかもしれないし、そうじゃないかもしれないし」


 とにかくコモーノさんとしてはガゼルト公の動きの一端だけでも探って貰いたいだろう。


 それがどれだけの成果になるかはどこまで食らい付くかにもよる。

 食らい付けるかどうかもまだ分かってはいない。


「私は嫌だよ、やっぱり。危ない仕事だっていうのは傭兵なんだからしょうがないって分かってるけど」


 それはそうだ。

 元々傭兵というよりフリーターとして出会い、良い仕事にありついただけの男という形でしかない。


 モリナに覚悟して貰う事など何も無かった。


「頭では分かってたつもりだったけど、私は傭兵の仕事なんて何も分かってないんだよね……」

「しょうがないよ、それは俺の責任だ」


 モリナを抱き寄せる。


 もっと前にすべき話を今ようやくしている。

 互いを生涯の伴侶とするつもりなら、避けては通れない話だったのだ。俺が何となく、傭兵でも商人でも無いどっちつかずな立場でいる事を良い事に、その結論を下せないでいた事が原因だ。



 傭兵としてやって行くのかどうか。

 これは俺の人生の決断でもある。



「明日俺がいつものように出て行って、いつまで経っても帰ってこない」


「それを想像してみて。耐えられるかい?」

「……やだぁ……」


 モリナが泣き出す。

 泣かせてしまった。


 今はっきりと分かった。

 あの夜何故俺がモリナに躊躇っていたか。

 年齢以外の何か。


 ダズやジェフが独身でいる理由。

 バッツォが自分を殺した理由。




 モリナは慟哭している。

 俺は自分が生きたいようにしか生きられない人間だったという事にようやく気付いた。


 傭兵団に馴染めなかったのも、色んな事を放り出してきたのも。

 全てが中途半端だったのは、一人でいる事をある意味自分が望んだからにすぎないのだ。


 楽な生き方だったんだな、それは。


 それをやっと自覚できたのにこの手を離したくない。

 まだ覚悟などできていないのだろう。

 


 とりあえず今日は寝よう、とモリナを宥める。

 まだ踏み込んで話さなければいけない。

 もう一つ気付いたのだから。


 今では自分自身と同じぐらいモリナが大切だという事に。


 

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