西部での日々 8
登場人物紹介
フォルテシア・ロン・レプゼント……レプゼント王国第一王女にして第一王位継承者。二十八歳目前。
「第一王女様の事はご存知ですか?」
「名前くらいしか」
フォルテシア・ロン・レプゼント第一王女。
王位継承権第一位を継いだ妙齢の女性。
「フォルテシア様は大変賢明なお方なのです」
――フォルテシア・ロン・レプゼント。
ラスターは勿論コモーノも与り知らない側面。
王女として、自身の人生よりその責務に殉じた女性。女としての花盛りを過ぎる事にもじっと耐え続け、宮中で静かに人生を送ってきた女性。
しかし彼女は宮中でただじっとしていた訳ではない。
余りに長い「待ち続ける時間」の中で、彼女は政治を見つめ続けてきた。
地位や名誉に縛られず、愛する国民の事だけを考え。
そして彼女は父の信頼するネイハム・バランダルが大公に昇り、宮中に根を張る最高位の貴族となった事を幸いとし、こう言った。
――ディアス様は私が説得してご覧にいれます。
「フォルテシア様の説得によりディアス様は既にこちらへと靡いております」
「え? 父親を裏切ったんですか」
「歯に衣着せぬ言い方をすればそうなりますね」
楽勝ムードじゃん、じゃあ。
「詳細は今は省きますが、つまりマディスタ共和国とレプゼント王国の連合は成る、と考えておいていただければ」
それはまあ良かった。
だけど、そこまで上手く事が運んでいるなら。
「だったら俺を抱きこむ意味あります?」
「勿論ラスターさんは優秀でありますから。しかし勝ちが決まっているこちらとしては、確かにどうしても、という程では無いかもしれませんね」
そう言って笑う。
おいおーい。
ちょっと傷付くじゃないか。
コモーノさんよう。
「どうしても、と躍起になっているのはガゼルト公なのですよ」
うん?
「何故ガゼルト公が俺を? 俺について何か知っているんですか?」
「知ったのはここ最近でしょうね」
ここ最近か。
最近上げた武勇伝といえばシロでぶっ飛ばして軍に捕まった事くらいだけど。
「我々が危惧しているのは唯一ガゼルト公がどういった動きをするかだけです。もしかしたらそれ次第で全てが駄目になる可能性も否定しきれません」
「まあ、そうですね」
「おそらくですが。ガゼルト公がラスターさんに目を付けたのは御前試合を勝ち抜く傭兵としてではなく、西部を変えたその手腕なのだと思います」
ほう。商人ラスター君にか。
目が腐ってるとしか思えないが。
「御前試合はその良い口実という事でしょう。ある意味保険なのだと思います。北部経済がガゼルト公最大の武器でありますので、そこでも更に大きく力を付けたいのでしょうね」
コモーノさんとの会話を聞いているこの麦はどんな気持ちなんだろうな。
今までこんな話をする奴はいなかっただろう。
真っ直ぐ育てよ。ね?
「近いうちに御前試合とその後の報酬含め、傭兵達に情報が広がるでしょう。正式発表がいつかはまだ聞いておりませんが」
「まあ傭兵としてはちょっと面白そうだとは思いますね。ターゼントにいれば参加の口を探してたかもしれません」
「困りますね、それでは。今回私がお願いしたいのは、ガゼルト公側に付いていただけないかという事なのですから」
え?
「今お話した事でお分かりいただけたと思いますが。有り体に言いますと、ラスターさんを必要としているガゼルト公の懐に入り込んで密偵のような役目を果たしていただけないだろうかという事なのです」
家族の団欒。
暖かな湯気が立ち上る、俺にとっては当たり前になった景色。
「さあ、どうぞ。お口に合うか分かりませんが」
「これは恐縮です。有り難く頂戴致します」
固辞するコモーノさんを強引に夕食に誘い、友人として紹介した。
そういややっぱりオッサンになってしまったな。
答えはすぐに出せない、という俺の返事をコモーノさんは予期していたようだった。
まだ時間は有るので考えてみて欲しいと。
できればジョゼの誘いには乗る返事だけでもしておいてくれると有り難いですが、そう言ったがそれ以上詰めてくるような事は無かった。
「私はブロンズ商会の人間ですので。西部へ来た理由はガラン商会との接触という事になっております。実際、仕事の話をしにお邪魔するのですがね」
「何だ、そうなんですか。良かったら紹介しますよ?」
「それには及びません。元々取引のある相手ですので」
「これは強引なやり方でもあります。ネイハム様やミハイル様のこうしたやり方には私は賛同しかねる部分もあるのですが。これはラスターさんへのメッセージです」
「先に報酬を押し付ける。断っても構わないがどうする、との。しかしこの国の行く末に関わる事です、甘い事ばかり言ってはいられないのもどうかご理解下さい」
そう言ってコモーノさんは意外な程見事な手綱捌きで去っていった。
申し訳無さそうな顔で。
夜なのでランプ頼みの遅い並足だったからそう見えただけかもしれないけど。
「なんだか急にお友達が訪ねてくるようになったね」
「ああ……そうだね」
北へ行けばどれ位向こうに居る事になるのだろう。
「お土産まで貰っちゃって」
そうなのだ。
流石は卒の無い男。
しっかりモリナの事は知っていたようで。
デュラム村の開発。
モリナとの結婚。
ガラン商会、ヨハンとの約束。
どれを取っても大事だ、俺には。
一度背を向けた男が気まぐれのようにあの舞台に戻る事への躊躇いもある。
政治か。
しかしコモーノさんはあんな目に会ったというのに何の疑問も無く戻ったんだな。
どうするか。
断っても構わない、か。
はあ。
でも今のガラン商会の為に俺ができる一番の仕事と言えばこれを引き受ける事なんだろうな。
モリナを一人に、か……。
それに。
家族団欒を見られるのが何だか恥ずかしくて、コモーノさんの顔をなるべく見ないようにしていたけど。
しっかり探知で様子は窺ってたんだよ。
きついな。
俺とモリナ、その家族に向ける目。
あんなに優しい目で、嬉しそうな顔して。
くそ。
あの顔は卑怯だ。
あなたは良い商人ですよ、コモーノさん。