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西部での日々 7

 村の人間が俺を呼び出す。

 月の綺麗な晩。


 食事はファリナさんがモリナと用意してくれている最中だ。モリナの実家で食事する事は多い。


「今晩は」

「今晩は、ラスターさん」


 紛れも無くコモーノさんだ。

 お互いどこか気恥ずかしいような、なんとも言えない表情をしている。


 たった一年とはいえ、お互い言いたい事を言えずじまいだ。


「お久しぶりですね。ご活躍は耳にしています」

「いいえ。俺は何も変わってませんよ」


 とりあえず決めていた事がある。

 シロを紹介しようと思う。


「これは見事な」

「ネイハム様からいただきました」




 一頻りシロを間に時間を埋める。

 ダズと行った小川へ誘う。


「……私はラスターさんにずっと謝罪したいと思っておりました」

「俺もですよ」


 月が小川に小さく映り、風が青い麦を揺らす。


「何故でしょうか?」


 何故って。

 俺は重傷のあなたに声も掛けずに去ったんですよ。


「コモーノさんがあんな目に会ったのに俺はネイハム様の元を去りました。コモーノさんのおかげで俺はあんなに沢山仕事が貰えたのに」


「何を仰るんですか。それを言うならお世話になったのはこちらも同じです。お礼を言うのはこちらです、それに」


「私のせいでご迷惑をお掛けしてしまいました。ずっと申し訳なく思っておりました」


 麦を引き抜きたくなる。

 ダズも俺と同じで微妙に照れていたという訳か。


「怪我の具合は?」

「すっかりこの通り、良くなっております」

「良かった」


 





 お互い世間話のような時間を過ごし続ける訳にもいかない。仕事で来ているのだ。

 コモーノさんと俺はダズの話をなぞるように確認し合う。


「お察しの通り私はネイハム様の使いです。ラスターさんをお誘いしにやって参りました」

「そうですよね」

「ええ」

「いつかも聞きましたけど、何故俺なんです」


 ダズから少しは聞いている。

 俺を引き抜いて何ができるというのだろう。


「大きくなられましたね。見違えたかと思いました」


 そう言ったコモーノさんは眩しそうに俺を見ている。予想していた返事と方向性も雰囲気も違う。


「どこか普通の方とは違うと思っておりましたが、一年でこれ程西部を変えるとは。ブロンズ商会はガラン商会に脅威を感じて随分と色々探っておりますよ。そうそう、ラスターさんのご活躍を耳にしてネイハム様も愉快そうにしておられました」


「俺が変えたってのは本当に買い被りですね」

「商人が見る目というのはどうしても。ガラン商会が急激に成長したのは何故だろうと考えると、やはりそれまでに無かったものが目に留まります」


「それが俺ですか? 西部の状況があったからです」

「それがあっても、です。その謙虚さは変わっておりませんね」


 謙虚か。

 自信が無いだけなんだけどな。


「持ち上げられても何も出ませんよ」

「しかしその評判が、ラスターさんを押し上げております。南部や北部の状況は?」


 そうだ、あのジョゼという男。

 コモーノさんへ説明する。




「やはりもう来ておりましたか」

「ガゼルト公の差し金でしょうか?」

「はい。まず間違いないと」


 まあ、そうだよな。

 どちらにせよ突飛な話には違いないが。


「南はまあ置いておきましょう。ネイハム様の御子息であらせられますルフォー様が引き継いでおられますので、こちらは問題ありません。ルフォー様の事は?」


「お名前は何度か」

「そうですか。南部を見事に治めておいでです」







 コモーノさんから話を聞く。


 御前試合の傭兵引き抜き。

 それはそれで大きな驚きだった。


「傭兵がお抱えになると?」

「そういう事です。一時的ではありますが御前試合の勝者を擁する貴族が傭兵隊の指揮官になると」

「……戦争でも始めるんですか?」


「当たらずとも遠からずですね。ラスターさんはご存知でしょう。魔獣薬の事を」

「勿論です」

「これはまた裏の話になるのですが。マディスタ共和国からある打診が届きました」


 何?

 もう全く話が見えない。


「オルリア連合国、実際はガリア王国ですが、看過し難い状況になっているそうです」






 ガリア王国の魔獣薬開発とそれに伴う魔術師の引き抜き。不可侵地帯の侵入。

 マディスタは当然それを把握していて、ずっと探っていたらしい。


 更に聖地への干渉まで確認された。

 最早見過ごせない状況に来ていると。


「密使はマディスタ元首より陛下の下へ直接来たそうです。国交抜きに」

「よく出来ましたね、そんな事」

「その方法なども今は置いておきましょう」


「我が国とマディスタ共和国が決して蜜月の間柄では無いというのは周知の事実ですが」


 行き来は出来る。

 が、国と国との国交としては閉鎖的だ。


「あちらも正面切ってガリア王国との全面戦争になりかねない事態を引き起こす訳にはいかないのです。政情が不安定になれば、元首といえどただの代表。難しい事になると」


 何とも皮肉な話だ。

 平和に繁栄すればする程、身動きが取れなくなる。

 マディスタ共和国も政治相手に戦争を続けて内情は疲弊し切っていたというような事か。 


「そこでこちらと手を組みたいと。陛下は決断なされたのです。今度こそ、大陸の平和に一役買うと」


「成る程。では裏でマディスタとレプゼントの連合軍結成みたいな話が進んでいるんですね」

「正に、仰る通りです」


「マディスタ共和国もこちらも軍は動かせません。それをすれば敵はガリア王国のみならずオルリア連合国となるでしょう」


 そうか、それで傭兵を。

 

「御前試合にはマディスタ共和国から来賓が来ます。新王即位式典の賓客としてあちらの高官が。そして試合で優秀な成績を収めた上位の傭兵は、優勝者を擁する貴族が率いてマディスタ共和国へと赴きます」


「表向きは新王即位に伴う国交の正常化。今度はあちらで両国交流式典に参加し、そちらの御前試合で競い合うといったような。いいですか、つまり今度の御前試合を勝ち抜いた貴族はそのまま外交の高官となれるのです」




 ようやく分かった。

 貴族が目の色を変えるのも納得だ。

 しかし単独で動く貴族は少ないはず。

 派閥の中で綿密に計画を練っているだろう。


 それで中央、北部、南部の代表戦になるという訳か。




「理解できました」

「まだ早いですよ、続きがあります」


 あら。


「御前試合開催に至った筋書きは今話した通りです。ですが疑問に思われませんか? そこまでは陛下がお決めになった事ですが、それ以降はガゼルト公の御子息、ディアス王に委ねられるのです。仮に今マディスタとこちらがそういった計画をしていても、ディアス王が翻意すればご破算になると」



 確かに言われてみればそうだ。

 それに。


「優勝した貴族が北部派閥であれば、計画も狂うと?」

「そう、やはり疑問に思われましたか」


 いや……違うって言われたから。


「実はこちらの勝ちは決まっているのです。どう転ぼうとも」


 んん?

 何故でしょうか。



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