市場に舞い降りた女神 4
サーヴァが飛んできた方向へ視線を巡らせる。
青いコートを着たコモーノと、台帳に目を落とすドレン。
探知は既に粒子を飛ばして反射させる広範囲タイプに切り替えている。
蝙蝠と同じく、物の配置や人の動きがわかるレベルに抑えているが、これ以上は何か起こったときのために控えておく。
伝わってくる情報から、取引所内から出て行く人の動きは台車や荷箱を使う商人、人足しかいないと判断できる。
サーヴァが飛んできた方向にはドレンとコモーノしかいない。
既に身を隠した後か。
商人や職員、人足の誰かが犯人だとしたら、新たな動きが無い限り特定は難しいだろう。
あの2人はずっと商談を続けている。2人が犯人とは考え辛い。
速度と軌道を考えても、あの2人を狙って向こうから飛んできた流れ弾という可能性も低い。
狙われたのが俺だとして何故?
取引所の様子は変わらず商売の活気に包まれている。
確認できる腕章を巻いた警備員の様子にも変わったところはない。
とすれば――
コモーノというブロンズ商会の商人。
ここにいる人間の中では最も高い社会的地位を持っている。
つまり、俺が狙われたのはたまたま。
本来ならダクレーが狙われていたというわけか。
4番区画の警備員の排除が犯人の目的であると推測した俺は、失敗した犯人がコモーノへ狙いを切り替えるかもしれない、と危惧を抱く。
「では、事務所に行きます」
近づいてきた警備員である俺を不思議に思ったのか、視線を俺に向けながらコモーノがドレンに告げる。
一瞬考えた俺は、
「コモーノさん、事務所までご一緒させて頂いても構いませんか?」
そう声をかける。
コモーノもドレンも何故か不審がることもなくすんなり受け入れてくれたのが不幸中の幸いか。
コモーノを連れ事務所に向かう間、さりげなくだが油断無く辺りに目を配る。
狙われるのが俺なら問題無いが、コモーノだとまずい。左右や背後も確認する。
俺の挙動に気が付いたのか、コモーノが話しかけてくる。
「随分警戒していますね。何かあったのですか?」
「警備員ですから。油断せず警戒するのが仕事ですからね」
わざわざコモーノを不安がらせる必要はない。笑顔でそう答える。
ターゼント市場に襲撃者がいるなど知られないほうが市場のためにもなるだろうしな。
「あなたは仕事熱心なのですね。いつもは見かけませんがここで働いているのですか?」
「いえ、臨時の雇われです。一応、傭兵をやっています」
探知を展開しつつ、不審がられないよう適当な会話を交わしながら無事、事務所にたどり着く。
職員がいる建物内ならばとりあえず安心できるだろう。
「ここで終わるまで待っています」
「仕事に戻って頂いて構わないですよ?」
「いえ、ドレンさんが見てくれてますし」
無事に市場を出るまでは何かあってもらっては困る。
再び笑顔でそう告げる。
笑顔で押し切ると言い換えてもいい。
会計を終わらせたコモーノを連れ、馬車溜まりに着く。
多数の人足が荷の積み込みを行う中、ブロンズ商会の旗を立てた複数の馬車も人足が荷を積み込んでいるのが見えた。
ここまで来れば大丈夫か。これだけ人足もいるし。
職場を放り出して1人に付きっきりなのも市場の具合が悪いだろうしな。
「ではコモーノさん、俺はこれで戻ります。またお越しください」
「ご苦労さまです」
ふう。ひとまずこれでいいだろう。
これ以上はもう知らん。
ちなみにコモーノは別に居丈高な商人というわけではない。
ドレンが勝手にそう思っているだけで、その原因は田舎と都会の人間の感性の違いからきているだけだ。
以前コモーノが市場を恫喝したというのも、商品の品質に厳しいブロンズ商会基準で苦情を申し立てただけであり、たまたま警備員がいなかったのを市場側が勝手に深読みしたにすぎない。
市場がおもねってくるのも、コモーノの立場では良くあることなので何かを感じているわけでもない。
ドレンの努力が全て空回りだったということを、本人は知った方が良いのか悪いのか。