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西部での日々 6

登場人物紹介

 ジョゼ・マイヤー……ラ・ゼペスタの支配人。シルクハットに口髭。

「どうでしたか、そのコモーノって人は」

「青っちろい商人だ」

「いや、そうじゃなくて。その、健康的な問題とかありそうな人でしたか」

「何だそりゃ。体は弱いんじゃねえか、あれじゃ」


 良かった。

 怪我は治ったんだな、きっと。


「俺が言われたのはお前と今の話をして、コモーノが会いに行ってもいいか聞いてくれって事だからよ」

「良いって返事して下さい」

「はあ? お前断るんじゃねえのか?」

「会うだけ会ってみようかと思って。どっちにしろあちこちから面倒な事言われるんなら、詳しく知っておいた方が良いでしょう? 生きるコツなんですから」


 一本取ったつもりか、とダズが俺を小突く。

 

「バランダル大公の使い、おっと、これはまだ秘密なんだった。忘れてくれ」

「忘れました」

「良い返事だ。そいつもコツだ、覚えとけ」


 よっ、とダズが立ち上がる。


「そんじゃ紹介してくれよ。若いカミさんを」

「まだ結婚してませんけどね」

「似たようなもんだろが」


 あんまりモリナと傭兵を会わせたくは無い。

 が、ダズは別だ。

 勿論コモーノさんも。







 俺の前で見せる顔とは違い、ダズはモリナ一家の前では実に紳士的だった。


 あんな優しい顔もできるとは。

 まあ気を使ってくれたのだろう。

 シロに乗せてやると大喜びだったな。


「初めてだよね。お友達が訪ねてきたの」


 モリナが俺に話しかけてくる。

 俺は既にベッドの中だ。モリナはコップの片付けを終えて戻ってくる。


「友達、でもあるけど先輩かな」

「傭兵さんかぁ。やっぱりラスターは傭兵って感じじゃないよね」

「どの辺が?」

「何となく」


 友達として訪ねてきた訳じゃない。

 仕事で来たんだけどな。

 あの話を説明するのはちょっと理解して貰うのが大変そうなのでやめておこう。


 シーツ越しにモリナが俺の上に乗っかってくる。


「もっと紹介してね。機会があったら」

「そうだな。モリナの友達はみんな紹介して貰ったもんな」


 しかし、だ。

 今いる俺の友達はオッサンだらけなのだ。

 ヨハンくらいだぞ、友達と言って憚られないのは。

 ティムは若すぎて俺の精神年齢が疑われる。








 眠りについたモリナを抱きながら考える。

 ネイハム様の奥さん、バランダル夫人から渡された手紙の事を思い出す。


 それまで何となく手を付ける気になれなかったその白く赤い封がされただけの封書は、こっちに来てからモリナと出会い、ある日何気なく開けてみようという気になれた。


 中身は王都の施設で療養中だったコモーノさんの、病床からの手紙だった。



 謝罪の言葉が、綺麗な文字で書かれていた。

 繊細な、コモーノさんの字。



 もう一枚、夫人からの手紙も添えられていた。

 それは聖地への誘いで、その気があれば一度巫女様を訪ねてみてはどうか、とそんな思いもよらない事が書かれていて驚いたものだ。








 いきなり現れ、そしてあっという間に風のようにダズが去ってから三日後。

 西部で平穏な日々を送る俺の生活を変える使者がやって来た。




「ラスターさん、お客様がお見えです」

「あ、今行きます」


 いつものようにエンスタットのガラン商会本店に居た俺は、女性店員の呼び出しを受け応接室へと向かう。


「お待たせしました」


 そこに居たのは細い口髭をピンと跳ね上げた紳士然とした人物。

 いつかの王都でリオス・ジュリオールという老貴族と初めて出会った時に見た、あの格好そっくりの服で身を固めた見知らぬ男だった。



「お初にお目にかかります。私、ジョゼ・マイヤーと申します」

「初めまして。ラスター・セロンです」


 女性店員がお茶を淹れてくれる。

 いつの間にかティーセットもブロンズ商会並みに良い物に変わっている。


 女性店員が去るのを礼儀的に待っているのかと思ったが、ジョゼという男はその後もそのまま何も話さない。俺の顔を見たり周囲を値踏みするように見ている。


「あの、本日はどういったご用件で」

「これは失礼」


 丁寧に胸に手を当て謝罪してくれた。


「お茶をいただいても?」

「ええ、どうぞ」


 ひどくマイペースな奴だ。

 優雅に茶を啜っている。


「うーん、これは珍しい。とても香ばしい」

「西部では好まれているお茶ですよ」

「ほう。寡聞にして知りませんでしたな」


 西部の商人ではないと言う事か。


「お土産に良さそうですな。失礼ながら如何程の茶葉をお使いになられておりますか?」


 知らん。

 そう言う訳にもいかず、先程の女性店員を呼び話をして貰う。


 若干ピンと来るものはある。

 回りくどく俺を値踏みしているのだろうな。




「セロンさん、先日お送りした招待状ですが」


 セロンさん、だと? 気取りやがって。

 いいじゃないか。乗ってやろう。


「拝見しました、マイヤーさん」

「お返事が無かったので心配になりまして」

「これは失礼しました。ガゼルトからお越しに?」



「はい。僭越ながらワタクシ、ラ・ゼペスタで支配人を任されておりますジョゼ・マイヤーと申します」


 素早く立ち上がり壁に掛けたシルクハットを被ると、すぐにシルクハットを持ち上げ右手を後ろに、左手のハットを腹の前に起き、右足を引き深々と一礼する。


 ぽかーん。

 何だこの奇人は。

 何故二回目の自己紹介をした?


「ああ、これはどうもご丁寧に……」


 決まったな、とでも言いたげな顔をしながらシルクハットを再び壁に掛けなおしたチョビ髭はすまし顔で座り直す。


「それでこうして直接参らせていただきました」

「成る程。とんだご足労をお掛けしてしまいましたね」

「いえいえ、私も西部見物のつもりで参りましたので」


 再びカップに口を付けたジョゼが懐から紙を取り出す。


「こちらにサインをいただいても宜しいですかな」


 出席へのサイン。

 本当に何なんだこいつは。


「いえ、仕事の都合もありまして。それで返事が遅れてしまっていたのです」

「おや」


 ジョゼの顔が曇る。


「まさかお越しになられないという事は……」


 


 ここでどう返事を返すべきか計算する。

 コモーノさんは間違いなく北について情報を持っているだろう。

 何せネイハム様の政敵だ。


 コモーノさんからの話がどんなものであれ、この男から色々聞き出してそれを教えるくらいの協力はしてあげたい。


「私も前向きに検討したいと思っていますが何分急な話でしたので。色々確認しなければいけないのです。今日お帰りになられるのですか?」


 ジョゼの口髭が心なしかピンと上に上がった気がする。


「いえいえ、申し上げた通り西部見物をしようかと」

「それは良かった。ではいつまでこちらに?」

「数日はお待ちしますとも」

「それは申し訳ないです。返事はお送りしますよ?」

「お気遣いなく。私もゆっくりしたいと考えておりましたので、是非ともよしなに」


 離す気は無いという事か。

 ガゼルト公爵の指示だろうか?




 泊まるエンスタットの高級宿の名前を告げジョゼが去るのを見送る。あの様子じゃどうせ毎日こっちに顔を出すつもりのくせに。


 さて、奴が滞在している間にコモーノさんが来れば一番良いが。


 どうするべきか考えを巡らせる俺の前に、狙い済ましたかの如くその夜、コモーノさんが現れた。




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