西部での日々 5
「聞いてるぜ。すげえ出世したってな」
「俺じゃなくて雇い主がですけどね」
デュラム村から少し離れた小川のそば。
一本抜いた麦をダズは手の中で弄んでいる。
「誰に聞いたんですか?」
「ああん、何言ってんだお前」
怪訝な顔でダズが大げさに肩を竦める。
「一般傭兵の生きるコツを教えたろうが。色んな話に敏感にならなきゃ美味しい仕事にはありつけねえぞって。忘れちまったのか?」
「勿論覚えてますよ。でもそれと俺がどう関係あるんです?」
「マジで言ってんのかお前」
呆れたようにダズが首を振る。俺の顔を見て、マジみてえだな、と溜息を吐く。
「今や知らねえ奴はモグリだぜ。一般傭兵の間じゃよ、先を見たいなら西部に行けってな」
「本当ですか。知りませんでした」
「おいおい。お前だろうがよ、それやってんのは」
「俺じゃないですよ。ガラン商会って所で」
「わーってんだよそんな事は。そうじゃねえよ。そこで傭兵仕切ってんのがお前だろって話だ」
いや仕切ってもいないんだって。
どう伝わってるか知らないけど誇張されてるな。
「傭兵だけじゃねえ。商人の間でも目敏い奴は皆注目してる。西部のやり方が凄いってよ」
「へえ」
「へえ、じゃねえよ馬鹿。ったく」
「何ですか、俺、狙われたりしてるんですか」
軽い冗談のつもりだったんだが。
「分かってんじゃねえか」
「え?」
まさかの答え。
それこそ冗談だろ?
「何だよ。はー、お前って奴は相変わらず甘さが抜けてねえんだなあ」
「どういう事なんですか」
「それを言う為に来たようなもんだ。あんまりいきなり話すのもどうかと思ってたんだが」
「実はな。さっき誰に聞いた訳でもねえって言ったがよ。あれとはまた別で、お前と話してみて欲しいって頼まれてきたんだよ、俺は。仕事で来たって訳だ」
「はい」
「時にお前。今どんな感じだ?」
「何ですかそれ。すっげー分かりにくいですね」
「聞きにくい質問だからよ。おう、んじゃキッチリ答えろや。女の話だ」
「……それって困ってないかとかそういう話ですか」
「面倒くせえな。聞いたぜ、お前十五の娘と暮らしてるんだって?」
バレてたか。
仕方が無い。
「はい。もう十六になりましたけどね」
「結婚すんのか」
ええ?
ダズにまで聞かれるとは思わなかった。
何なんだ、本当?
「まだ決めてませんけど。少なくとも別れるつもりはありませんし、結婚も考えてますよ」
「あー、そんな感じか。うーん」
ダズってこんなに歯切れの悪い男だったか?
何を話しに来たんだろうか。
「お前が結婚して今の商売を一生続けてくつもりだってんなら、俺はそれも良いんじゃねえかと思うからよ。他の奴に任せんのも癪だしこの仕事引き受けたんだが」
「そういう事ならあんまり聞かせたくねえんだ、俺は」
「ここまで来てですか」
「いやまあ確かにそういう訳にゃいかねえよなあ」
「どっちなんです」
思わず笑うと、ダズも笑ってくれた。
真面目くさった話も笑いとばすのがダズ流だろう。
「まずだな。王宮がここ一年で大きく動いたのはお前も知ってるだろ。そこから話は……」
ネイハム様の南部領主退任。
第一王女の婚約発表。
王国の政治の話。
嫌でも耳に入ってくる。
もう俺が気にする事じゃないと考えないようにしていた話。
俺が考えるべきはモリナと目の前の仕事だった。
「でな、今度の新王即位の式典だ」
「ああ……はい」
「ボーッとすんなよ」
「大丈夫です。その式典は知りませんね」
「ま、式典そのものはどうだっていい。問題はここからだ」
ダズが腕を組む。
懐かしい姿に自然と笑みが零れる。
「そこで御前試合が行われるんだ。傭兵とか集めてよ。派手なイベントって訳よ」
「へえ。王都でですか?」
「さあな。場所は知らん。ただこれが単なる祭りじゃないらしくてな」
「北部とか南部とか、それぞれの貴族の代理戦になるって話だ」
「んん? 賭け試合みたいな感じですか」
「あーまあそれに近いんじゃねえか」
傭兵が何で?
別に所属が決まってるとかじゃないだろう。
「この裏っつーか貴族の思惑は俺も仕事くれた人間から聞いただけだからはっきりとは分からん」
「誰なんです? その相手って」
「焦るなよ。まあ聞け」
ダズが弄んでいた麦を放る。
次の一本は許さん。
「とにかく貴族は今その為に優秀な傭兵をスカウトし始めてる。で、お前だ」
「俺の傭兵ランクは2で止まってるんですけどね」
そう。
見習いからの卒業を俺は成し遂げた。
自慢にすらならないな、うん。
「実績か。まあでもお前に目を付けた連中はその試合がどうってな建前だけだな。狙いは西部を仕切る傭兵の引き抜きって事らしい」
「随分大げさですね」
「実際こっちの一般傭兵はお前をボスだなんて言ってたぜ。慕われてるじゃねえか」
トマスさんもヨハンもデュラム村のみんなも、俺を買い被りすぎだな。
あちこちで勝手に株が上がってるもんだ。
しかし御前試合か。
そういうのに憧れた時も有ったな。
学習館に通ってるガキの頃だけど。
「多分これから色々誘いが来るんじゃねえか、お前。で、今の話聞いてどう思った」
「訳が分かりませんね」
「うん、ま、俺も良く分かってねえ」
再び笑い合う。
「まあよ、その御前試合でただ腕試ししてみろって事なら簡単な話なんだけどな。お前の場合、商売のやり方とかそういう政治絡みの話になるって訳だ」
「それじゃ俺は受ける訳には行きませんね。大体、今は」
何だろう。
ちょっと楽しそうだと思う自分も居るけど。
「モリナと一緒に居たいんで」
「けっ」
ダズが吐き捨てる。
いいじゃん、別に。
「ならどうすっかな。お前がそう思うんなら邪魔したくねえしなあ」
そうだった。
これじゃ堂々巡りだ。
「話すだけ話してみて下さいよ」
「うん。とにかく前段階は今話した通りだ」
「そういう動きが有って、俺もその話が来た。ついでにお前のとこに行ってくれってのが今回来た理由だ」
「それで、誰に雇われたんですか」
ダズが俺を横目で見る。
「ブロンズ商会のコモーノって奴だ」
嬉しさと痛み。
俺を連れ出そうとするのはまたあなたなんですか。