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西部での日々 4

登場人物紹介

 ファリナ……モリナの母親。穏やかな人柄。


 ペルス……モリナの父親。やや気が弱い。

 都会を満喫したモリナ一家を先に見送り、俺はガラン商会に再び戻ると残しておいた仕事の片付けにかかる。大した仕事ではないが。


 ヨハンはどうしても放っておけなかったのだろう、手紙の間違いを店員に尋ねたようで、手紙を渡してくれた店員の女性が俺に確認しにきてくれた。


 全く持ってちゃんとした男だ。

 おかげですっかり忘れていた招待状の事を思い出してしまった。




 ガラン商会は大量の馬車を保有しているが、馬を含めたエンスタットでの係留場所は専用の敷地が街の外れに確保されている。管理人までいる立派なものだ。


 これは運送業を開始する際にエンスタット領主であるハルゼイ伯が担保してくれたものだが、一時的な専任免許が失効した今でもそのままとなっている。


 この場所は最初の条件に含まれていた。

 政治問題の解決として提示したのだからあってもおかしくはないのだが、今でも特別扱いとも言える扱いが続いているのは、ハルゼイ伯がガラン商会を西部経済の大きな要と認めたからに他ならない。


 こうした事もあり、競合する同業他社は不在のままだ。




「お疲れ様です」

「おつかれさまでーす、ラスターさん」


 この敷地の管理人は結構な数にのぼる。

 何しろ馬がとにかく多い。

 エンスタットだけでもこうなのだから、他の場所も合わせればガラン商会の保有する馬と馬車の数はどれ程になるだろう。ヨハンは把握しているだろうが俺にはもう分からない。


 受付の女性管理人に挨拶するとシロの小屋へ向かう。

 大きくなったガラン商会は俺以外にも馬で通勤する幹部傭兵や職員が居る。


「シロー、帰るぞー」


 大分でかくなった。

 はっきり言って巨躯と言っていい。

 軍馬としての気性を忘れないよう暇を見つけては調練もしているが、正直個人の足にするには過ぎた馬で、何度も買取の話を持ち掛けられたりもする。


 勿論ネイハム様からの餞別だ。

 たとえいくら積まれようと手放す気は無い。


「ごめんな、もっと走らせてやれなくて」


 西部の街道を駆ける。

 主な街道では全力疾走は勿論の事、そこまで速度を出せない。

 

 もし軍に見つかれば即座に注意される。注意で済めば良い方だ。万が一全力疾走させていれば、シロの巨躯と速度だと想像するだけで恐ろしい事態になるだろう。

 


 支道や間道に入るとようやく速度を上げる。

 西部の街道はこうした道も整備が行き届いており、馬の足にも不安は無い。見通しの良いこういう危険の無い道で稼がせてもらっている。


 

 青々とした麦畑。

 西部に来てから最初の夏だ。

 麦の背もまだあの光景より低く、あの高さまでこれから急激に成長するのだろう。








 デュラム村周辺で畑の手入れをする隣人達と挨拶を交わし、我が家へと帰宅する。

 厩にシロを入れ、家に入ったがモリナは居ない。実家の方だろう。


「ファリナさん、ただいま」

「お帰りなさい、ラスターさん」


 賑やかな居間。

 モリナの母はちょっと恥ずかしそうに卸し立ての綺麗な服に身を包み、俺を出迎えてくれた。


「良くお似合いですよ」

「恥ずかしいわ、もう」


 ファリナさんはおっとりした人だが、この親にしてあの娘有り、と言うべきか何と言うか。

 かなりのナイスバディさんだ。


「じゃーん、どう、どう?」

「おー可愛いね。美人親子だ」

「まあ、やめてくださいな」


 頬に手を当てまんざらでも無さそうなファリナさんの奥で家族が笑っている。

 実際モリナの両親は大分若い。

 十七歳でモリナを産んだファリナさんはまだ三十五にもなっていない。

 父親のペルスさんも三十代。


 デュラム村はご他聞に漏れず早婚だ。


「次はこっちね!」


 早速ファッションショーが開催されていたらしい。

 出会ったばかりの三つ編みもたまにするが、今の大人びた髪型のモリナはファリナさんと並ぶと良く似ている。




「ペルスさん、どうでしたか?」

「ああ、村の皆にも聞いてみたよ」

「早いですね」

「そりゃ自分達の事だからね。やっぱり村に若い人が増えるのは有り難い事だって」


 オウルを中継地点とする北との交易路は再生されたが、一時的に拓いた迂回するルートもまだ生きている。このデュラム村までは届かないが、東回りの道だ。


 デュラム村は中継地点では無いが、その道から更に東へ、直接デュラム村経由で西部東方まで新しくルートを開拓する話が持ち上がっていたのだ。


 ただしデュラム村はその機能が無い。

 そこでガラン商会の支援で、村の規模を広げないか相談してみてくれ、と言われた。

 つまり折衝役を請け負っている。


 エンスタット旅行はペルスさんの視察も兼ねてのものだ。道中の発展する村や町の様子を見る為に。


「ただ不安も有ってね。まあ、他人任せにする訳じゃないんだが……」


 華やぐ居間から離れ、ペルスさんが俺を手招きする。


「ゴチャゴチャ言うつもりは無いんだけどね。モリナには言わないでくれよ」


 何だろう。


「ええ」

「ラスターさんは、その。モリナも成人した事だし」

「ああ……はい」

「急かすつもりは無いんだよ? ただ、ほら。いつ頃と考えているのかと思ってね」


「結婚ですよね」

「ああ、うん。そりゃあモリナを貰ってくれるんならありがたいと思ってね」

「はい」

「まあ、急に言ったのはまた別の理由でね。勿論結婚は早く考えてくれるに越した事はないんだけど」


「そうですね……」

「何と言うか。皆も村の発展には前向きなんだよ。だけど色々難しい事も出て来るだろう?」

「そうかもしれませんね」

「だろう? そんな時にさ、じゃあ誰が、ってなると、ラスターさんが居てくれるなら、って事でさ」


「あー、それはまあ。できる事はやりますよ」

「すまないね、もう充分やって貰ってるのに」

「いいんですよそんな」

「それでね。いざ大きくして、ラスターさんが居る内はいいかもしれないけど、もし居なくなったら誰が上手くやるんだろうって不安なんだよ」


「……」

「やっぱりね。モリナと結婚してここにずっと居てくれるのかっていうのを皆気にしてるんだよ」



 なるほどな……。

 言っちゃなんだが甘えられてるという訳か。

 西部の発展は急速に進んでいる。

 いずれデュラム村もこのままでは置いていかれるだろう。必ず手を入れる事に同意する事になる。


 まだその実感は無いのだろうが。

 

 村のみんなを悪く言っている訳じゃない。

 要は俺が頼りにされているという事だ。

 この村の為に色々便宜を図ってきたし、正直に言うと大分えこひいきしている。

 やりすぎたくらいだ。

 

 つまりガラン商会の幹部がモリナと結婚して永住するとなれば、後顧の憂い無く諸手を挙げて賛成できるという訳か。


 村の未来を託されるのは困る。


「その心配は分かりますよ。だけど商会から人を派遣してその辺はきちんとやりますし」

「うん、私は分かってるんだけど」


 別にこの村の力になれるならやぶさかではない。


「それに言い辛いですけどモリナと結婚してももしかしたら他所で暮らすかもしれませんよ? モリナがそれを望む可能性もありますし」


 これはもっと早く言うべきだった。

 結婚の話題にあまり触れないようにしてきた俺が悪いのかもしれないけど。


 実を言うと俺とモリナは少しこういう話もしている。

 結婚したならエンスタットに移住する可能性はかなり高い。というか普通そうだろう。


「……そうかい」


 ペルスさんの雰囲気が変わる。

 ポン、と肩に手を置かれる。


「それは気にする必要は無いんだよ。もし二人がそう思うならこんな村にこだわる事なんか無いんだ、君達が望むようにすればいい。自分達の事だけ考えてくれ」


 あら。いい父親じゃないか。


「そりゃあできればここで一緒に暮らしたいけどね、そんなの本当に気にする必要は無いからね。さっき私が言った事はあくまで村の都合だから」


「はい」

「そうだね、私から皆にもう一度話しておくよ。ラスターさんに責任を押し付けてるのは皆も分かってるからね。悪気は無いんだよ、本当に」


「大丈夫です、分かってます」

「じゃあ、さっきの話は忘れてくれ。皆でできる事を話し合うよ。あ、結婚はできれば、ね?」


 参ったな。

 まあ、嫌な気はしない。



「ラスターさーん、お客さん来てるよー」


 外から声が聞こえた。

 ホップさんの声だ。

 シロが居るのに家に居ないのでこっちに来たのだろう。


「はいはい」


 


 

「よう」


 そこにはひどく懐かしく感じる顔。

 無骨な体の男。


 ダズが居た。



街道のルール

 馬を全力疾走させるのは基本的に禁止されている。王国本街道ではある程度許されているが、道幅に関わらず王国兵以外は速度制限義務が有る。これは危険防止の為もあるが、バンデットや逃亡する人間、そういった事情の有る者だと一目で区別する為。この制限はやや曖昧だが、とにかく突っ走っている人間は即座に兵士から追跡を開始されるだろう。 


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