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西部での日々 3

 夏の訪れ。

 抜けるような青空。


 モリナ一家はエンスタットの都会を満喫しているはずだ。俺も午前中の仕事を片付けたら合流する予定になっている。


 さっさと終わらせてモリナに色々買ってやろう。楽しみだ。

 お袋さんにも何かプレゼントしたいね。


「ラスターさん、これ来てます」

「あ、有難うございます」


 手紙か。

 俺宛のこういうのも随分増えた。別に珍しくもない。


「あれ? 誰だこれ」


 宛名に書かれているのは間違いなく俺だ。ご丁寧にフルネームで書いてある。


「どうなさいました?」

「いや。全く見覚えの無い人から来てるから」

「お顔も広くなられましたからね。ラスターさんに直接仕事の依頼が来たとしても不思議ではありませんよ」


 良い笑顔だが、ヨハンよ。

 商会宛じゃなく俺宛ってのはやっぱりおかしいぞ。


 ひとまず中を見てみる。

 



 何じゃこりゃあ。




 俺の中の何かが「こういう時はこう言え」と囁いたような気がする。気のせいなんだけど。


 入っていたのは招待状。

 多分、何かの間違いだろう。

 だってこれは、貴族やなんかが行うパーティーみたいな奴だ。北部育ちの俺に馴染みのある有名な場所の名前が書かれている。


 

「どうなさったんですか? 難しい依頼でしょうか」

「いや、違う。何これ。多分間違ってるよ」

「え。それは大変です」


 真面目なヨハンが俺に手紙を渡してくれた店員に確認しようと席を立つ。


「ああ、待った待った。いいよ」

「しかし間違いであればお困りになる方が」

「ごめんごめん、間違いじゃなかった」


 まったく。

 そうやって自分以外の誰かの為にすぐ動こうとするのはいいが、お人好しが過ぎるぞ。


 改めて招待状を確認する。

 北部ガゼルトにある超がいくつも付く高級劇場であり、高級宿であり、ダンスホール。

 「ラ・ゼペスタ」といえば北部で知らない人間はいない。


 が、知っているのは名前だけ。

 利用した事のある人間などまず見つからない。

 どんな金持ちでも……いや大富豪の知り合いとか居なかったからそれは分からんけど。


 とにかく一般人お断りの場所だ。

 王都のハイン劇場よりも敷居は高いはずだ。何故なら北部領主の私物だから。




 北部領主ガゼルト公爵カーク・ザンバル。


 ネイハム様の敵。

 たった一年前の事だ、忘れるはずもない。

 俺にとっても、顔も見た事のない人物だが不倶戴天の敵としてインプットされている。






 美しい金文字に、触れた事も無いような、高級さがはっきり伝わってくる純白の厚手の紙。

 その文字は直接溶かした金を垂らして書いているのだろう、立体的に浮き上がっている。縁取りは銀という念の入れようだ。


 ただの招待状とは思えない程重い。

 多分この一枚だけで付加価値を抜きにしても結構な値が付くはずだ……。



 いかんいかん、商人っ気を出してる場合じゃない。

 全く訳が分からないが、大嫌いな野郎の顔がチラつくこの招待状は、手にしているだけでもネイハム様への裏切りになってしまう気がする。


 見なかった事にしよう。

 こんなもの……捨てはしないけどさ。







 モリナ一家と食事や買い物を楽しむ。

 今や俺の稼ぎはちょっとしたものだ。

 職権濫用とまでは言われないだろうけど、一台馬車まで用意してのエンスタット旅行そのものが俺のプレゼントなのだ。


「いやあ、やっぱり都会は違うの」

「ね。楽しいなあ」


 仲良し三人組、ルデンテさんとモリナと俺。

 決して他の家族と上手くいっていないという事ではないが、アウトドア派というか冒険に繰り出すのはいつだってこの三人になってしまう。


 両親と祖母はまったりと別の楽しみに興じている。向こうは向こうで満喫しているのだ。

 大人組と子供組。今気付いた。


「お前さんもすっかり西部の人間じゃな」


 エンスタットは今や俺の職場だ。

 シロという快速特急を持っているおかげで通勤に苦労しないのは本当にネイハム様に感謝したい。


 しゅっちゅう挨拶されたり声を掛けられる俺に、ルデンテさんが満足そうな顔をしている。


「それもこれも最初にルデンテさんが俺に親切にしてくれたからです。本当に、あの時のおかげです」


「よさんか、普通の事じゃろうが」

「おじいちゃんありがとう!」


 チュッと音高く頬にキスされ、ルデンテ老人の顔がデロンと溶ける。夏だからか。

 危険な顔だ。




「礼を言うのはこっちじゃ。本当に……ありがとうな」


 その言葉に俺は無言で笑う。

 洒落た店の陳列にかぶりついているモリナはあの時と変わらず無邪気だ。


 二人でその背中を見守る。

 ルデンテさんの気持ちは伝わってくる。

 あの無邪気さを守ってくれてありがとう、なんて事を言いたいに違いない。


「今俺がこうしてモリナといられるのは本当にルデンテさんが居たからですよ。俺はあれで救われたような気がします」

「ん? あの時の事か。恥ずかしいから蒸し返すんじゃないわ」

「そうですね。やめましょうか」


 二人で笑い合う。

 それを見たモリナが駆け寄ってくる。


「なーに、楽しそうね」

「男同士の会話ってやつじゃな」

「えー、ずるい」

「俺もルデンテさんもモリナが大好きだって話さ」

「なーんだ、ちっとも面白く無いじゃない。そんな当たり前の話なんかさっ」


 三人で笑う。

 モリナがそれぞれの手で俺とルデンテさんを抱え込み、グイグイと引っ張っていく。


「あれ食べようよ!」 

「また食べるのか……」 

「そんなにルデンテさん引っ張るなよ」


 こっちの方がよっぽど楽しい。

 ガゼルトの煌びやかな場所よりずっと。

 もっとこの時間を過ごしていたい、心からそう思える。 



ラ・ゼペスタ

 レプゼント王国北部、北方都市ガゼルト中心部に建造された高級ホール。中庭を擁する複数の建物が連結した造りとなっており、劇場・レストラン・ホテル・ダンスホールなどが入っている。ガゼルト公爵カーク・ザンバルが北部領主になってから私財を投じ建造したもの。

 

 北部貴族の会合やパーティー、王都貴族が北部を訪れた際にもてなす施設として主に使用されている。都市の敷地利用の面で多少政治的な問題はあったが、貴族の賛成多数で建設された。数少ない他国の賓客をもてなす場所としても使用された事がある。

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