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西部での日々 1


登場人物紹介

 ホップ……西部バゼント領デュラム村の住人。村一番の大きな畑を持つ農家の男。

 レプゼント王国に収獲の秋が訪れ、人々に豊かな実りと賑わいをもたらす。

 活気に満ちた季節はあっと言う間に過ぎ去り、冬がやって来る。


 新たな年を気持ちよく迎えるべく、年の瀬が近付く寂しい季節にも人々は動き続ける。


 商人も、職人も、農民も、漁師も。

 王宮も、貴族も例外ではない。

 そして傭兵も。




「うー寒っ」


 冷たい手を両脇に抱え込むように腕組みしながら、一人の男が白馬から降り、歩いてくる。


「おう、お帰り」

「ただいま。話してきましたよ」

「どうだった?」

「すぐには無理みたいですけど何とか年明けには目処が付きそう、だそうです」

「年内に片付けちまいたかったなあ」


 すっかりデュラム村に溶け込んだラスターは、オウル事件からの復興を目指す西部北方再編に関わる傭兵として、忙しく働いている。


 と言っても商人専属だ。


「ホップさんどうするんです? お孫さんの所、行くんですよね?」

「まーそうだなあ。しかしそうなると」

「気にしなくていいですよ。ゆっくりして来ても」

「え、いやあ……悪いよそんなの」



 

 ラスターはオウル事件後、再び西部軍で騒がしくなったバゼント領で仕事を見つけていた。


 ジノの後任である西部将軍も災難だが、事件解明とジノ解任のきっかけとなった詰め所襲撃事件の関連まで捜査する事になり、西部北方に通常軍の大半を展開し常駐させるような形になってしまったのだ。


 これに悲鳴を上げたのは西部商人達、農民達と、そして北部から荷を運んでくる北部商人達だった。


 軍事行動の阻害は民間人のご法度である。

 街道を占拠する軍の往来のせいで流通が滞り、商人も農家も困ってしまったのだ。


 とはいえ着任したばかりの西部将軍も必死だ。

 西部の経済の妨げになっている事は百も承知だが、推してくれた貴族達の期待も背負い形振り構わず、という状況がしばらく続いた。


 

 これに流石のバゼント領主も黙っていられなくなり、エンスタットのケイン・ハルゼイ伯爵に泣きついた事が始まりとなった。


 王都の貴族からすれば西部経済より自分達の政争の方が重要であり、ましてバゼントの田舎領主など吹けば飛ぶような矮小な存在。

 バゼント領主とてそれは分かっている。

 そこでハルゼイ伯爵の出番という訳だ。


 ハルゼイ伯爵も王都への影響力を持っている訳ではない。今回の西部軍の動きも王宮からハルゼイ伯爵の下に、政治的な部分の通達書は届いている。


 だからハルゼイ伯爵は指示通り軍に反対もせずにいたのだが、西部の盟主として内部から陳情が来れば話は別だ。敢然と、新任の西部将軍を呼びつけた。


 王宮に反意を示すかのような行動である。

 王都の貴族から西部将軍へは「最優先」との指令が直接届いているため、それを盾に突っぱねる事もできはした。


 ただ、ハルゼイ伯爵はエンスタット領主として西部全体に影響力を持ち、何より人民から支持されている。

 如何に後ろ盾があるとはいえこれは無視できない。

 自分が西部で地位を失えば、貴族から見捨てられて終わりなのは分かっているのだ。



 そこで妥協案として提示されたのが「一時的な物資輸送の専任業」だ。


 問題点は街道にひっきりなしに荷馬車が走り回っているという部分。

 農家や商人がそれぞれ好き勝手に馬車を走らせる状態を認めるというのは邪魔になるので不可能だ。何より事件の解決に長い時間を掛けるつもりも毛頭無い。


 あくまで短期間、という前提で西部北方の荷馬車の往来を免許制にできないかと。

 輸送業者に軍との連絡を密に行わせ、通行をスムーズにすることで解決を図ろうとしたのだ。

 双方の落とし所としての苦肉の策。


 これに名乗りを上げたのがガラン商会である。


 商会としても渡りに船で、収獲を終えたばかりの冬は肝心の穀物が少ない。その為どうしても冬場は売り上げが落ちる。従来の商売から切り替える決断をいち早く下し、馴染みの商人の手も借り、大量の馬車を揃え運送業を開始した。商会本店が軍本営の有るエンスタットに有った事も選定材料として有利に働いた。



 決してすんなり行く案だった訳では無い。

 最大の問題が馬車の護衛だ。


 大量の商品、他人の財産を預かる馬車の運行には万が一も許されない。

 軍が展開しているとはいえ不測の事態が起きないとも限らないし、起きたとしても民間の馬車に関わっている暇など軍にも無いのだ。


 きな臭い西部で荷の安全が保証されなければ商人は他人に預けない。結局流通は滞る。

 いきなりの条件としては厳しい。

 しかしそこは最初から条件に含まれていた。

 儲けたいなら何とかしろ、だ。

 

 ガラン商会御用達の人足である傭兵ではとても数が足りず、西部方面の傭兵団は元々小規模な上、立て続けに起こった西部の騒乱で需要は高い。


 それにガラン商会は熟考する他の商人より素早く踏み切る決断をした対価とはいえ、この仕事で得る利益は大きい。何しろ商品に元手が掛かる商売とは違う。そんなガラン商会が傭兵団まで独占してしまっては反発必至という訳だ。



 とにかく一刻も早く傭兵を揃えなければならない。

 そこでラスターの出番が来た。

 オウルで出会った番頭見習いのヨハンは、一般傭兵として各地を知る方がいらっしゃいます、と商会の主であるトマス・ガランにラスターの事を話した。


 幸いまだラスターがデュラム村に滞在している事を知り、訪ねてきたトマスとヨハンから話を聞いたラスター。


 要点としては、つまり絶対数の少ない西部以外から如何に素早く、かつ商会が利益を確保するにはどれくらいの条件で募集すれば無駄なく集められるだろうか、という事だった。


 中規模以上の傭兵団は大体どこもお抱えだ。

 そこから出せる人数をちょっとずつ集めてもそれぞれのやり方の違いが必ず出るだろう。

 ガラン商会の方針としては、安く・まとめやすい一般傭兵と結論が出ていた。



 この辺の「一般傭兵をそそる条件」など、ラスターにはお手の物だ。


 話し合いの末、ガラン商会のブレーンとして護衛部門の仕事に就く。

 滑り出しとしては上々で、目まぐるしく駆け回り書類仕事にも忙殺されたが、流通にも見識が有る傭兵として運行計画などにも携わっている。


 今や西部北方ではちょっとした顔として名前が売れ始めていた。






「モリナ、ただいま」

「おかえりなさい」


 駆け寄ってきたモリナと抱き合い、口付けを交わす。

 モリナの家のそばに分けて貰った土地に、ラスターが持っていた金で新しく建てたひどく小さな家。


 あの後、現在に至るまでモリナの家族や村の住人と軋轢が全く無かった訳ではないが、ラスターが家を建てモリナと暮らし始めるとそれは嘘のように消えた。


 田舎の偏見と言ってしまえばそれまでだが、やはり同じ場所で生活するという事、仕事を持つという事、そして家を持つという事は効果的なのだろう。



 モリナとラスターは、モリナがまだ成人していない為あれだが、事実上の夫婦として扱われていた。

 モリナが成人を迎えたら結婚するだろうと。

 本人達もそれを否定していない。

 事実、ラスターはすっかりモリナの虜になっていた。毎夜のようにその身体に溺れた。


 モリナもそれを嫌がらないので何の不都合もないのだが、帰った途端、笑顔で抱きついてくるモリナにどうしようもないほど気持ちが昂ぶるのはラスターにも不思議で仕方なかった。


 

「明日は朝からエンスタットに行ってくるよ」

「そうなの。たまには私も行きたいな」

「仕事だからさ。モリナを一人で放っとけないし。休みになったら行こうか」

「うん」


 ベッドの中で顔を寄せるモリナを胸に抱き、明日は片付ける事が多いな、と新たに着手する取引のルートの事や人事に考えを巡らせる。


 今までに無い程やりがいを感じ、充実している。

 このまま商人となってしまうか、と思ったりもしてみる。


 勿論、思うだけだ。

 一時的なこの仕事が終わってしまえばその時自分はどうするだろうか。その先は見えない。




現在のオウルの町

 住民を一夜にして多数失ったオウルは現在ほとんどの機能を停止している。残された家族の生活はバゼント領主の支援によって保証されているが、それもいつまで続くか不透明。軍が常駐し、捜査にやっきになるあまり度々北部との管轄線を越え、北部軍と小競り合いに近い諍いを起こすため荒れている。


 北部ブラントと西部バゼントの流通ラインは分断され、ラスターが住むデュラム村側の東回りに迂回した新たな交易路を使用している。この流通ルートの距離延長はガラン商会の商売に有利に働き、時間と経費を惜しんだ商人達が次々とガラン商会に委託するようになった一因ともなっている。


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