梟の町 12
「西部での騒ぎだが情報は何一つ得られていないようだ」
カザから王都のリーゼンバッハ邸に帰還したミハイルとロイ達は、ネイハム経由でもたらされたミゲル・カーエン軍務大臣の言葉を聞く。
ヴァイセントの残党であるグリンという盗賊が率いる部隊だけが手付かずのまま残っている。
そして今回の騒ぎはおそらくグリンが起こしたものだという推測は既に伝えている。
「カーエン候からの要請でもある。お前達には西部へ行って貰う。グリンの排除ができるようであれば最優先で行え。だが当面はアレイス将軍の補佐だ」
グリンという残党の情報、西部の騒ぎからミハイルは一度西へリーゼンバッハの力を集中させた。
その結果見えたのが不自然ともいえるバゼント、オウルの平穏だ。
西部はほとんど無視していたが、今回洗った事であまりにもその近辺が平穏すぎる事が分かった。
物流の滞りすら無かったのだ。
確証は何も無いが、長年の経験から妙な気配を感じ取っていた。
「グリンがいずれかに居るとは限らんが手掛かりが得られるとすればどちらかだろう。アレイス将軍はこちらの情報に従って動くはずだ。お前達は将軍を密かに監視し、乗じろ。確証が得られた時点で介入せよ」
こうしてロイ達が動き出す。
西部へ潜入したロイ達はエンスタットでジノ達が動き出すのを待ち、密かに監視しながら手分けしてバゼントも探る。
ジノ達と共にオウルへ潜り込むのはルパード一人だ。
街中の情報収集はルパードの右に出る者はいない。
そしてルパードはオウルで目撃したものに仰天し、より一層慎重になる。
「ラスターが居た?」
「ああ。何故かは分からないが」
オウルの町の外れ、降り出した雨に町は動きを止め、監視対象であるジノとランドも動かない。
ルパードと合流したロイ達は怪訝な顔をする。
「しかもな」
「うん」
「若い娘に抱きつかれていた」
「は?」
ほとんど聞いた事の無いロイの間の抜けた声。
バリエは雨の音のカーテンの下、爆笑する。
「ひーっひっひ、何だよそりゃ。あいつ何やってんだ」
「どういう事だ、ルパード」
「分からんと言っただろう。こっちが聞きたいくらいだ」
「何だよ、腹いてえ。あいつ、バカンス決め込むのはいいけどそんなに手が速いのかよ」
ロイが複雑な顔でバリエを窘める。
「バリエ、ラスターは自由な立場の傭兵なんだ。若い娘といてもおかしくはない」
「まだ成人もしていなさそうな娘だったが」
「……!! う、くくっ、俺はもう駄目だ……」
轟沈するバリエの横で、流石にロイも呆気に取られる。
ロイの抱いていたラスター像は元々輪郭が薄く見える程度でしかなかったが、それが更にぼやける。
「……とにかく、ラスターはこの件とは無関係なはずだ」
「グリンの事は知っているだろう。それでこちらへ来たとは?」
「オウルへこんなに早く辿り着くものか? ミハイル様が見出した情報をラスターは知らないだろう」
「まあ、そうだが。あいつならやりかねん」
「……しかしルンカト公の誘いを蹴ってまでやるとは思えないが」
ラスターの出現という事態に戸惑うが、やる事に変更は無い。
日が変わる前にオウルへ集結した全員と今後の作戦を練る。
「バゼントは難しいか」
「特におかしなものは発見できなかった」
「この町の近辺も今の所は」
ならばアレイス将軍の影に入り、監視を続けるのが得策か。
そう結論付け、全員で動く。
そして深夜、ラスターが泊まった宿をジノ達が嗅ぎまわっている所を確認し、朝になってはっきりとラスターを監視している事を確信する。
「ラスターを監視とは、何故だ」
「さあな。分からん」
町の外で待機する組と潜入組のルパード、パーグが合流し情報を共有する。
「何だ、その女というのは」
「ほっとけよ、ゼナ。問題はそこじゃない」
「そうだな。アレイス将軍が何故ラスターに目を付けたかは分からないが、確実に間違いだからな。ルパード、オウルはどうだ」
「何とも言えん。はっきりと見えるものはまだ無い」
「エリオ、外からは?」
「ちょっと匂うな。町の至る所に人が居るのは当たり前だが、どこから侵入しようとしても自然とそこに人が居る。出来過ぎている気もするな」
ロイの勘でも、オウルが当たりだという感覚はある。
だが確証には至らない。
「全員変装は続行したまま、アレイス将軍の監視を続ける」
前日の雨の影響か町の人の流れは激しい。
そこに紛れ込みロイ達はじっと待つ。
昼を過ぎた頃、ラスターが町を出て行き、追いかけるようにジノ達も動き出す。
そこでようやく確証が得られた。
ロイのサインで町から何気なく出た全員も、認識している。
「尻尾を出したな」
「ルパード、どうだ」
「昨日見た顔がいくつもある。町の住人が今は盗賊に早変わりだ」
ラスターとジノ達の出立に合わせ、さり気なく動いた人間達。同じ仕事をしているロイ達にはどこか触れてくるものがある。
そして何よりジノ達を追うように動いた商人。
確証だ。
二手に別れていたが足取りが商人のそれではない。
ここへ至ってロイは決断する。
「アレイス将軍の補佐に入る」
ラスター、ジノとランド、梟、ロイ達。
出来上がった隊列に梟は気付いていない。
油断もあるが所詮技量が違うのだ。
ジノ達と梟が接触し、ジノ達が狙いを変更した時。
ロイ達もその気配を感じ取り、動き出していた。
妨害組を見届ける為に脇に潜みながら付いていた伝令役を排除し、ジノの前に姿を現す。
「アレイス将軍、バランダル将軍より援護を命じられて参りました」
ロイには一つ、隠し事がある。
表立って動く事を決めた理由だ。
ラスターと少女の姿を見てロイが感じた事。
バリエは笑っていたが、任務の最中でなければ自分も同じように笑っていたと思う。
楽しかったのだ。
仲間が幸せになったようで。
バリエにとっても痛快な事だったのだろう。
リーゼンバッハの密偵という生を全うする自分達の中に、あんな男が居たのだと。
邪魔はさせない。
ジノと合流を果たしたロイは、道の向こうへ消えていった友人へ、じゃあな、と心の内で別れを告げた。