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梟の町 10

「やれやれ、肩が凝っちまったわい」

「おじいちゃん、平気?」

「何も心配いらんよ。大体、最初から大げさだったんじゃ、なあ、ラスターさん」

「そうですね。俺が騒ぎすぎましたね」


 モリナに責任を感じさせたくないのだろう、ルデンテ老人にラスターが調子を合わせる。

 医者や宿の人間に世話になった礼を言い、シロと共に購入した荷を積み込み荷馬車を動かす。


 御者はモリナが務めている。

 言い募るルデンテ老人を制した格好だ。

 モリナも荷馬車の動かし方くらいは修めている。

 オウルの町を後にし、デュラム村へゆっくりと歩を進める。




 その後ろには、ショーとホセに扮したジノとランド。

 更にその後ろに、予定が狂った梟の構成員達。

 オウルの町からバゼントの街へと続く街道を行く、その流れから外れた東への道。





「お前さん本当に無理してくれなくて良いんじゃぞ? ワシはこの通り元気じゃ」

「いや、デュラム村が気に入りまして」

「しかしなあ。何も無いぞ?」

「ねえおじいちゃん、またラスターさん泊めてあげようよ」

「まあそれは構わんが」

「いえ、そこまでお世話になるつもりは」


 ラスターはまだ具体的にどうするか決めていない。

 モリナとしばらく一緒に過ごすと決めたものの、宿も無いデュラム村では滞在は野宿でも構わないが、それではあまりにも不審がられるだろう。


 ルデンテ一家に世話になるのも図々しいを通り越して浅ましい。

 何しろモリナを妻にします、という結論が二人の間で出た訳でもない、娘を弄んでいると言われても否定できない男がその家族の家に転がり込むなど正気の沙汰ではない。


 ラスターとしてはバゼントやオウルで仕事を見つけ、デュラム村に通うなり、と漫然と考えてはいるが。

 身の振り方は若いモリナに悩ませずに自分で解決しなければいけない。




「近くで仕事を見つけるなり、しばらくこの辺りに滞在したいと思うんです」

「そんなに気に入ったかい」

「ええ、凄く」

「仕事か。うーむ、お前さん傭兵じゃろ?」

「まあ、傭兵の口があれば一番ですけど」

「デュラム村では難しいじゃろうなあ。バゼント辺りならあるかもしれんな」


「ウチの手伝いとか、ホップさんの所とかどうかなぁ?」

「ウチは厳しいな……ホップさんとこも後は収獲くらいのものだろうから、有ってもその時だけじゃろうしなあ」


「モリナはラスターさんに居て欲しいのかい?」

「そんなんじゃないけど……可哀想じゃない」

「気を使ってくれなくていいよ、モリナ」

「大体農業ではな。ラスターさんは見込みはあるが」

「でしょ!?」

「ちょっとモリナ、ご迷惑は掛けたくないんだって」


 ふーむ、と考えていたルデンテ老人が呟く。


「モリナ、ちょっと止めておくれ」


 ラスターもシロを止める。

 どうしたのかと祖父を見たモリナの目に険しい顔が映る。


「お前さんには世話になった。一晩泊めた事なんかお釣りがくるぐらいにな」


 静かな口調のルデンテ老人にラスターも馬上で居住まいを正す。

 

「しかしな。ワシらも生活に困ってはおらんが裕福という訳でもない。お前さんの面倒は見切れんよ。悪いが」

「それは勿論です」

「最近騒ぎがあって西部も安心してばかりではいられん。ついこの間じゃ。お前さんが何を考えとるのか、ワシとしては考えん訳にもいかん」


「おじいちゃん」

「黙っとれ、モリナ。子供が口を出すんじゃない」

「……」


 ラスターは無言でシロから降りる。

 御者台のルデンテ老人を見上げる。


「分かって貰えるじゃろう? お前さんなら」

「はい。決してご迷惑は掛けたくありません」

「所詮一般傭兵などならず者という見方は拭えん。お前さんがそうだとは思わんが」


「デュラム村に住みたいというならお前さんの自由じゃ、止める権利はワシには無い。どこに住もうともな。じゃが無用に出入りするだけで怖がる者は出てくる。そして引き入れたワシらは知らん顔もできん」


 ルデンテ老人の言う事は分かる。

 ラスターを泊めたのは一晩なら、というつもりで、ラスターが村の一員となる事を歓迎した訳ではない。


 ただでさえ騒ぎがあったのだ。

 村の平穏を考えない訳にもいかない。田舎の村では常識的な考え方だ。


「こんな事は言いたくないんじゃが。傭兵で旅をしていると言ったお前さんが村に執着するなど何かあると思わん訳にはいかんのじゃ、ワシとしては」


 ラスターはモリナの顔を見る。

 言わなければいけないだろう、そもそも黙っていていい事とはラスターも思っていない。

 モリナと一緒に居たいと、そう伝える勇気はモリナがくれたはずだ。


「俺は」


 モリナがラスターを見る。

 不安そうな、泣きそうな顔だ。

 葛藤と迷い、どうにか上手くやろうといった様々な思いが溶けていく。


「モリナを好きになりました。一緒に居たいんです」

「……」


 緊張しているのか。

 モリナ、俺は決めたよ。

 反対されても曲げないと。

 

 ラスターが真っ直ぐにルデンテ老人を見据える。


「随分と急じゃな。そんな話は信じられんよ」

「証明、ですか」


 妻にしたいと言うのか? それは……まだ若く知らない事の多いモリナを縛る結果になりはしないか。


 自分の覚悟すら固まっていない。

 以前ならここで良い格好しようとしたかもしれないが、嘘をつくのはやめると決めた。


「証明はできません。一時的な感情かもしれない事も否定はできません。でも、俺がモリナに相応しくないと言われても、せめてしばらくは一緒に居たいんです。その気持ちは何を言われようと変えません」


「……第一冗談ではない。ワシはこの子を」

「おじいちゃん」


 ルデンテ老人がモリナを見る。

 モリナは御者台から降りると、ラスターの横に並ぶ。


「私も一緒に居たいの。だから迷惑なら、私が出て行くから。ごめんなさい」


 二人が手を握る。

 ラスターにもモリナにも添い遂げる覚悟がある訳では無い。


 だからこれは間違いだ。

 良くある若気の至りというやつで、それに加担するラスターは成人であり、どうしようもない奴だとラスターにもその自覚はある。


 ただの悪い開き直りだ。


「本気なのかい」

「……はい」

「本気よ」

「夫婦になるつもりかい」

「モリナ、ごめん。正直言って自分でもそれは分からない」

「ううん、私にも分からないから」


 ふう、とルデンテ老人が息を吐く。


「そうかい。ふふ、そうかそうか。分からん、か」


 ルデンテ老人が破顔する。


「ついムキになっちまったわい。許しておくれ、ラスターさん。他ならぬモリナの事じゃ」

「え」


 御者台から降りたルデンテ老人が道に膝を付き、頭を下げる。


「ルデンテさん、頭を上げて下さい」

「いや、随分失礼な事を言っちまったからの」

「そんな事は何一つありませんでした。先に言うべきだったんです、俺が。覚悟できなくて、意気地が無かった俺が悪いんです」


「意地悪したのはワシじゃ。言われんでも分かっとったわい」

「うそ……おじいちゃん」

「そんな顔せんでええ、モリナ」


 ルデンテ老人が優しくモリナを抱きしめる。


「辛い思いをさせておったな」


「何にも悪い事なんかありゃせんよ、モリナ」


 ルデンテ老人に包まれた体から、押し殺した嗚咽が漏れる。


「お前が幸せならそれでええんじゃ。ラスターさん、お前さんも肩肘張らんでええ。ゆっくり答えを出しておくれ」

「……許されるんでしょうか、それは」

「誰が許さんというんじゃ。ワシらは貴族ではないぞ」


 ルデンテ老人の笑顔。

 

 チクリとラスターに痛みが走る。

 ルデンテ老人の言葉に安堵した。

 しかしそれはモリナと居られそうだと思ったからなのか。


 ただ、面倒が一つ減ったと思っただけではないのか。


 それも振り払う。

 忘れる。




 一つの重石を取り除いた一行は和やかにデュラム村へ向け歩き出す。


「そんなに分かりやすかったですか?」

「お前さんの事はともかく、モリナの事はな」


 その言葉に恥ずかしそうに、そして嬉しそうにモリナが笑う。




 デュラム村のモリナの家族の間でどんな話があったのか、ラスターはその全ては知らない。

 ただ、一つだけはっきり分かる。

 自分が受け入れられたという事。


 モリナの押し殺した鬱屈は家族皆が分かっていたようで、特に母親は心から明るくなったモリナの事を喜んでいた。


 父親とは一悶着あったそうだが、モリナの幸せこそ一番大事と家族一同から強く責め立てられ、渋々ではあったがラスターを受け入れたようだ。


 ターゼント、ルンカト、レーベント、王都。


 ふらふらと西部まで来たラスターが求めていたものは家族だったのだろうか。



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