梟の町 9
ジノとランドは深更、寝静まり光の消えた宿の調査を開始した。
倉庫からランプを持ってくると、何か少しでも手掛かりになるものはないかと雨の中静かに宿に忍び寄る。
この雨の夜はチャンスでもあるのだ。
そして発見した。
明らかに場違いな、馬小屋の違和感を。
優秀な軍人だからこそ気付けたのだが。
「軍馬……何故ここに」
「それもかなりの馬だ。……多分まだ二歳くらいか? ……こんな馬、ホセ、お前にも回ってこないぞ」
「民間に出回っている可能性は?」
「無いとは言い切れん。が、有り得るか?」
「だよな……訓練された若い馬、それもこんな良い馬は献上品でも良いくらいだ」
「貴族が……いや、こんな馬を軍から貰い受ける貴族がこんな宿に泊まるとは考えにくい」
「素直に軍人、もしくは偽装の為。しかし偽装するのにこんな目立つ馬に乗ってくるのも妙か」
うーむ、と二人して唸る。
更に訳が分からない。
分かるのは謎が増えたという事だけ。
こうしてジノとランドは宿を見張っていたのだが、もしかしたら先日までのラスターならその後、この二人の気配にも気付いたかもしれない。
まあ、色ボケしていたと言う他無い。
しかしジノとランドもまた気付いていなかった。
更に遠くからそれを見つめる目に。
朝になりシロに接触したラスターを発見し見張っていたが、ただ若い恋人同士がイチャついているだけにしか思えず、二人は苦い顔をしているという訳だ。
「しかしあの男、随分若い恋人を連れていますよね」
「なんだお前、まさか羨ましいとか言わんだろうな」
「いえいえ。あの娘も訳有りなんじゃないかと」
「ああ、まあそうかもしれんが。そんなに珍しい話か? この町でも他にあのくらいの娘が男と居るのなんか昨日ちょくちょく見かけたぞ」
勝手に二階に上がりこんだが、どうやら何かの倉庫らしく広くガランとしている。
昨夜の倉庫も空だったな、と男の見張りはランドに任せ、不景気なのだろうかと任地だった土地を心配して少し見て回る。
「何遊んでるんですか」
「お前が見てれば充分だろう。俺は――」
こうして不毛な見張りは続く。
オウルの町を経営する役目を与えられた町役場の職員は、当然レプゼント王国の下部組織の一員でもある。とはいえバゼントの街に屋敷を構えるバゼント領主が実質の経営者であり、雇われのようなものだがそれでも公的な情報は一部入って来る。
町長以下、ほとんどが梟の構成員である町役場の職員が役場内で会議を行っている。
「あの将軍達が見張っている男と娘、あの二人が目的らしいと見ていいでしょう」
「杞憂だったという訳だ」
梟は乗り込んで来たジノとランドを警戒していた。
グリンが騒ぎを起こし危機感を覚えていた状況で西部軍のトップと側近が商人に扮してくれば、警戒するのは当たり前すぎる程当たり前だ。
しかし自分達の慎重なやり方で何かが掴まれるとは、その心当たりが全く無かったのだ。
その為ひとまず監視に徹していたのだが。
動きを見ているとどうやら宿に泊まっている男と娘を監視しているらしい、という情報が今朝届いた為、一同胸を撫で下ろした。
「しかし何なんでしょうね、一体」
「待て。決め付けるな。安心はできん」
長老である町長だけは油断しておらず、相変わらず険しい顔のままでいる。
グリンが情報を売ったかもしれないという懸念は消えておらず、その危惧は一人胸に秘めたままだ。
「あの娘はデュラム村の農家の娘で間違いないな?」
「はい。ここの学習館にも通っており、身元は確かです」
「お前は親しいのだろう?」
話を振られた職員は頷く。
モリナを泊めた友人の父親。
「間違いなく、あの娘は私も良く知る娘です。単なる農家の娘です」
「あの男は?」
「傭兵だそうです。デュラム村を訪れた際にモリナというあの娘の祖父と知り合い、一晩泊めた縁でこの町に一緒にやってきたと」
「どう思う?」
「その傭兵を見張っているということでしょう」
「どういった目的で?」
「それは……分かりませんが」
町長はさらに疑ってかかる。
「おかしいな。西部軍の状況で、何の関係も無い件に今首を突っ込むはずがない。つまりその傭兵がグリン達の騒ぎに関わる何かと繋がっている、という事だ」
確かにジノとランドが動く理由としてはそれしか思いつかない。
「困りましたな。どうしますか?」
「将軍達は未だ軍属だ。手は出せん。しかし放置していればその傭兵から得た何かが我々に災いをもたらす恐れがある、と分かった訳だ」
「その傭兵、いつものように消してしまえば」
「こちらに繋がりかねない要素は切ってしまおう」
「しかし将軍達が張り付いているぞ」
「皆、冷静になれ」
町長が場を収める。
「やり方はいくつかある。まずその傭兵の情報を得る事だ。監視し、将軍達が接触しようとすれば妨害すればいい」
「モリナという娘の話が本当ならば、その傭兵は一人になるはずだ。そこで将軍達も接触しようとするだろう。それを妨害しつつ、その娘に色々聞き出すのだ」
友人の父親が反論する。
「その娘は何も知らないと思いますが」
「何故だ? 私はあの娘も怪しんでいるぞ。話が本当ならば出会って一日か二日。昨日も恋人のように振る舞い、朝、宿から一緒に出てきて今も仲睦まじいそうだな。それがどうとは言わんが。お前の知る娘はそんな見境の無い女か?」
「いえ、全くもってそのようには」
「ほれ見ろ。おかしいではないか。であれば、だ。その娘が協力し、怪しまれぬよう偽装しているのではないか? 出会ったばかりなど、嘘なのではないか?」
モリナを子供の頃から知っている職員だが、全てを知っている訳ではない。
その疑いこそ合理的であり、否定はできない。
自分もまた梟の一員。
守るべきはこの町の安寧。
「分かったな、皆。引き続き監視を続け、将軍達の接触は妨害。モリナという娘と傭兵が別れたら情報を聞き出せ」
「傭兵の方は?」
「正体が分からんうちは手を出すな」
「娘への対応の仕方は?」
「任せる。その娘と親しいと言うならお前に任せたいと思うが……。口を割らん場合の事を考えると、な」
名指しされた友人の父親は無表情のまま。
口を開こうとした瞬間、遮られる。
「無意味に苦しむ事もない。誰か別の者に任せる」
オウルの町に住む梟達は、良識ある町の住人としての生を送っている。
しかし同時に梟の構成員として、冷たい裏の顔を持った人間達でもある。
家族や友人と過ごす人生とは切り離された本来の生き方ともいえるし、仕事は仕事。
家族でさえ知らない二面性を持つのが、この町の梟なのだ。
レプゼント王国の行方不明者
通信手段が未発達、役所の管理も完璧とは言い難い事もあり、行方不明者は毎年そこそこ多い。そのほとんどはどこかへ飛び出した若者だったりするが。王国も民間のそういった人間にまで手を回す余裕も無く、自己責任として放置されるケースがほとんど。
馬の見分け
民間にも生活の供として多数生息している馬だが、軍馬は幼い時から気性、能力共に徹底的に調教される。そうでない馬も多いが、必ず一定の調教を受ける為見る者が見ればその違いは分かる。簡単ではないが。