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梟の町 3

「モリナ、おすすめは?」

「これ! 甘くてすっごく美味しいんだよ」

「あー、まあそれは最後にしてさ。ご飯のおすすめ教えてくれない?」


 ルデンテ老人は馴染みの商人と農具の相談、今年の麦の卸値など色々話があるということで、モリナとラスターで昼食を食べておいてくれ、と言い残し来て早々に別行動を取っている。


 昼食代を渡そうとするルデンテ老人を固辞し、せめてモリナの一食分くらいはこちらに世話させてくれと僅かな押し問答はあったが。


「ビール頼む?」

「昼間っから飲んだりしないよ」

「そう? 大人は皆楽しみにしてるって言うけど。美味しいんだって、ここの」

「ああそうか……じゃ一杯だけ飲もう」


 酒造は北部が盛んだが、ビールは西部産の麦を使用している。立地的にオウルの町が上質なビールを製造していてもおかしくはないのだ。麦の香り豊かな美味いビールにありつけるかもしれないと気付いたラスターはあっさりと飛びつく。


「くあー、美味いねえ。この香りが何とも……あ、こら」

「一口だけ!」


 目を閉じ堪能した隙にグラスに伸びる手を察知したラスターがジョッキを押さえるも、モリナはイタズラっぽい無邪気な笑みをその目に浮かべ、上目遣いにラスターにお願いする。


「一口だけだぞ」

「やったね」


 ニッコリ微笑んだモリナは高々と木製のジョッキを掲げ、カンパーイ、と一人で笑い口へ運ぶ。


「ぷはあっ」

「最初からそのつもりで俺に勧めたな?」

「そ。もう皆飲んだりしてるよ。どうせ成人まで後一年もしないんだし」


 国境近くの山脈から流れる冷えた水のせいか、冷たいビールはスッキリとしていて実に美味い。この薄くそばかすの残る無邪気な少女も数年後は酔ってクダをまいたりしているのだろうか。


「ねえ、ラスターもこれ頼む?」

「俺はもう甘いのはいいや。モリナの一口貰うよ」

「店員さーん」


 結局もう一杯頼んだジョッキを傾けながらモリナと店員のやり取りを尻目に、ラスターは開け放たれた入り口から町の様子を眺める。


 オウルの町は西部バゼント領で、北部とバゼントの街を繋ぐ中継地点の役目を果たしているのかもしれない。のどかな雰囲気だがこうして眺めていると行き交う人々や馬車の数は結構多い。


「はいあなた、あーん」

「……全く。……ん、美味い」

「でしょでしょ」


 満足そうに笑うモリナのあどけなさには勝てない。

 自分の少年時代にこの年齢でこんなに無邪気な女の子は居なかったせいか、やや戸惑いを覚えるが妹のように思えて楽しい。




 食事を終えルデンテ老人の居る場所にモリナが案内してくれたが、まだ商人と農具を前に熱心に会話を交わしている所だった。


「先にお店を見て回っておいで。欲しい物を見つけておくといい」

「うん、行ってくるね」

「もう人が増える時間じゃからな、周りには気を付けるんじゃぞ」

「はーい」


「あ、俺が見てますよ」

「いや、これは申し訳ない。それじゃ悪いがラスターさん、頼んだよ」

「へっへー」


 モリナが俺の左腕を抱え込み、行こ、と引っ張る。

 落ち合う場所や時間はどうするのかと続けようとしたが、力任せに押し留める訳にも行かず、一言ルデンテ老人と店の主人に挨拶するとモリナに引き摺られる形で外へ出る。


「お前そんなにくっ付いてたらルデンテさんに俺が怒られるだろ?」

「大丈夫よ。おじいちゃんもラスターさんは良い人だって言ってたし」

「それとは話が違う」

「うるさいなあ、もう」


 来た時より人通りの増えた町中でこれはかなり恥ずかしい。まあ、仲の良い兄妹と見られるだろう。

 ご機嫌なモリナを邪険に振り払うのも大人気ないしな。




 オウルの町は建物の大きさが随分とまちまちだ。

 民家はどれも同じような大きさだが、職人の工場やそれに併設した倉庫、 たくさんの資材や樽が並んだ敷地など、開けた空間もあれば狭い路地が連なる場所もあり、俺が子供なら張り切って探検を開始したに違いない。


 俺の左腕にガッチリしがみついたモリナと身長差があるせいか、下方向に引っ張られ続けて肩がちょっと痛くなって来た頃、ファンシーな店があるのを発見した。


 ピンクの塗料で塗られた屋根に板壁を持つその店先はバルコニーになっており、隣り合う衣料店と喫茶店と思しき店と繋がり小さなショッピングモールを形成している。どれも小物で飾り付けられた派手派手しい装いだ。


 モリナはやはりというかそちらへ向かう。

 バルコニーに居た数人の少女達がこちらに向かって手を振っている。


「やっほー、モリナ!」

「久しぶり~」


 そちらへ向かって駆け込んでいったモリナはその輪に加わり抱き合っている。

 ようやく解放された肩を回しながら俺もゆっくりそちらへ歩くが、本音を言えば回れ右したい所だ。俺の出る幕じゃない。


 お目付け役を申し出た以上そういう訳にもいかないんだけどな。

 はあ。


「ね、あの人は?」

「もしかしてさあ」

「「モリナの彼氏!?」」


 きゃあきゃあと嬌声を上げるその声。

 聞こえてるぞ。

 もうちょっとこっそりやるんじゃないのか普通は。


 しかし俺は十二歳からむさい傭兵達と過ごす青春を送ってきたせいか、よくよく考えてみるとこの年頃の女の子と親しく過ごした時間などあまり無い。


 うーむ、俺がおっさんという事なのか。

 しかし充分若いはずだが。

 あの頃友達はどんな風にしていたっけ、などと最適な対応を模索する悲しい思考に沈む。


「彼氏? どうだったっけ?」


 近くまできた俺に、楽しいイタズラを仕掛けるようなキラキラした顔でモリナが後ろ手を組み、上体を低くして見上げるように尋ねてくる。


 お前わざとやってるだろ、それ。

 どうやらモリナはとんだ小悪魔だったらしい。

 上目遣いを得意技としているようだ。


「お前のお守りだよね。迷子にならないようにさ」

「迷子だって、ヤダー」

「お守りとかウケるー」


 再びきゃあきゃあと騒ぎ出す少女達。

 ウケたようで何よりだ。


「なーんだ、抜け駆けかと思っちゃった」

「ウチに泊まった傭兵さんだよ」

「傭兵なんだぁ。ふーん」


 一頻り遠慮会釈の無い値踏みを食らわせた後、少女達は「新しいの入ったんだよ」とか何とか会話しながら店へと雪崩れ込んでいった。



 やれやれ。

 ルデンテさん、まさかこれを回避したくて俺に押し付けようと画策したんじゃあるまいな、ともう恩義を忘れて邪推を始めてしまう。


 バルコニーの椅子に座った途端、店からモリナがヒョコッと顔を出し、トトッ、と近付いて来た。


「ごめんね、待たせちゃって」

「いいよ。ゆっくりしてきて」

「うん、ありがと」


 微笑んだモリナはクルリと振り返る。

 やっぱりいい子だ、ルデンテさんごめんなさい。


 振り返ったモリナだったが、少し躊躇った後顔だけこちらに向ける。


「迷惑だった?」

「そんな事ないよ。楽しいよ」

「良かった」


 前で手を組み、モジモジするようにはにかむ。


「えっとさ」

「うん?」

「あの、どうだった? 腕組むの」


「え。ああ、楽しかったよ」

「その…………気持ち良かった?」


 そう小声で言うと真っ赤になる。

 何と言えばいいか分からずに俺も動きが止まる。


 意識しないよう心がけてはいたが、俺も健全な男だ。その質問はどういうつもりだ、モリナよ。薄々疑ってはいたが、やっぱりわざとだったのか。


「何言ってんだ、馬鹿」


 平静を装う。

 十五の小娘に……いや、親切なあの一家に触れて良い男じゃない、俺は。


 しかし俺の動揺は見抜かれたらしい。

 赤い顔のまま小さく笑ったモリナは、


「ふーんだ、意気地なし」


 と思いっきり舌を出すと店へと駆け戻って行った。


 後には石像と化した俺だけが残された。



西部の街道事情

 平地で畑の多い西部は、南部に比べると街道の整備がはるかに行き届いている。このおかげで農家は自前の荷馬車を用いて輸送も移動も比較的楽に日常的に行えている。本街道が王国西方寄りに敷設されているのも西部の街道整備が行き届いているのも、国境防衛に重きを置いた国土造りの歴史に由来する。


西部の教育事情

 連綿と続く広大な畑の管理を円滑に行えるのは、意図的に均等に散らされて村が建設された為。平地の多い土地柄、建設場所の選定は自在だった。バゼント領では学習館がある街や町から小さな村へ、子供達を送り迎えする馬車が運行されており、孤立した村は皆無。モリナもオウルの学習館へ通っていた。


年齢と恋愛観

 結婚は成人になってからだが、都会よりも田舎の方が成熟度は早い。その土地に根付く前提で暮らしている為、十代での結婚も少なくない。都会より出会いが少ない世界のせいか、田舎の方が性に対して奔放と言える。

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