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梟の町 2

 ゴトゴトと揺れる小さな荷馬車に合わせ、ラスターもゆっくりとシロの歩を進める。

 一宿一飯の恩義の礼とばかりに、モリナとルデンテ老人の町への買い物の同行を申し出ていた。


 傭兵さんの護衛付きなんてなんだか偉くなっちゃったみたい、とモリナが無邪気に喜んでくれたのはラスターにとっても嬉しいもので、むず痒くもあったが親切な一家とは一晩で打ち解けていた。


「うちの食事、そんなに美味かったかい?」

「ええ、お世辞抜きで。朝食はモリナが作ってくれたんだろ? いいお嫁さんになるよ」

「えー」


 話題といえばやはり麦になるが、これはラスターが興味を持ったせいだ。

 練った小麦を入れた少しとろみのついたスープは西部の伝統料理ではあるが、別にレプゼント王国ならどの家庭でも食べられる。決して珍しいものでは無い。


 ただ、それが本当に美味かったのだ。

 パンもスープも今まで味わった事がない程鮮烈な香りがして、何が違うのかとしきりに尋ねた。


「鮮度かぁ。考えた事無かったですね」

「挽いた後の時間だよ。ね、おじいちゃん」

「そうだな。挽き方にもよるが。今の麦を収獲した直後ならお前さんをもっと驚かせてやれるんだがなあ」

「おばあちゃんはねえ、名人なんだよ」


 他愛ない会話がそこはかとなく楽しい。

 ラスターは自分が弱っている、と自覚していた。


 アナスタシア夫人に元気が無い、と言われた理由を少し考えてみたが、自分に居場所ができると思い込んでいたのかもしれない。


 その未来は確かにあったのだろうけど。


 何故あのままでいられなかったのか。自分に根性が足りなかっただけの話かもしれないが、これだと思えるものが見つけられない自分が無性に嫌だった。



「見えてきたぞ」

「まだ遠いですね。いつもここまで買い物に?」

「いや、収獲前に道具の新調ついでと、モリナに色々買ってやりたくてな」

「バゼントはもっと遠いもの。近くで物が揃ってるのはオウルの町が一番なの」


 麦畑の割合が減少し、国境の先にあるマディスタ共和国の低い山脈が目立つようになる。

 北部との境でもあり、国境の壁を背にしたオウルの町は、ややもすれば冷たい景色に確かな人の温かみをもたらしてくれる存在のように感じられた。







 商人風の男が二人。

 大きな荷を背に担ぎ、両脇にも荷を括りつけた馬に乗って並んで手綱を握っている。


 馬は大きさこそ荷馬としてはやや大きい程度だが、見る者が見れば筋肉の付き方や足運びで軍馬だと気付くかもしれない。


 乗っているのは商人を装ったジノとランド。

 西部で起きた騒動の収拾における責任を問われ、残された時間は僅かしか無い。


 挽回するための時間では無い。

 軍人でいられる時間だ。




 結局賊に関する情報も掴めないまま、王都軍は撤収となった。西部は通常の任務に戻るべし、引き続き警戒はせよとの指令が王都よりもたらされた。


 同時に、後任の将軍の選定に入る事も。


 ジノはそれについて誰かに恨み言を言うつもりはない。

 ネイハムやカデフ、ライノーといった軍の重鎮と比べれば、将軍の肩書きが付けられただけで自分が器でない事など百も承知だ。


 それはいい。

 だが、死んでいった兵達は別だ。

 このまま退いたのでは預かっていた身として申し開きのしようも無い。


 既に西部軍全体にジノの将軍位剥奪は通達されている。

 ただの降格ならいざ知らず、将軍にまでなった男が降格処分を受けて軍人でいられるはずも無く、退役は免れない。憤慨する声が多数上がった事が救いといえば救いか。


「ランド、そろそろだが」

「焦っても仕方ありません。まずは宿でも探しましょう」


 西部軍への命令権は既に無いも同然だ。

 退役してしまえば賊の捜査など許されず、発覚すれば罪人となる。アレイス家にこれ以上泥を塗りたくもないジノにとって、後任が来るまでのこの僅かな時間が最後の禊のチャンスなのだ。



 先日届いたミゲル・カーエン軍務大臣からの書簡が唯一の光明だった。

 明確な意図は分からない。

 使者も軍人では無かった。

 が、書かれていた内容は何もできず鬱屈していたジノに活力を与えてくれた。



 書簡の内容は、カーエン大臣が後任の将軍の選定をできるだけ長引かせるという事。

 そして驚いたのは、バランダル将軍からの情報として、ヴァイセントと名乗るバンデットの組織、その一員であるグリンという盗賊の頭目が率いる集団の事が書かれていた事だ。


 

 ――これは勿論ミハイル経由で得た情報であり、ロイ達が持ち帰ったものだ。西部の騒動についてリーゼンバッハがその力を振るったものでもあるが、当然書簡にはそこまでは書かれていない。



 書簡の最後は、読んだら始末しろ、という言葉で締めくくられていた。

 疑問が多く残る内容ではあったが、発覚すれば己の立場を危うくしかねないこの書簡を届けてくれた大臣と将軍には感謝しか無かった。


 確信は持てないが怪しいのは西部北方、バゼントの街かオウルの町。


 物流や様々な流れから絞り込んだらしかったが、経緯はどうでもいい。

 貴重な手がかり、探るべき場所まで示してくれたのだ。


「ランド、万一危険を感じたら――」

「何回言うんですか、それ」


 呆れたようにランドが一蹴する。

 お目付け役だから、と理由を付けているがそれが上辺の理由でしかないのは分かりきっている。


「お前に何かあればと思うからだな」

「私より腕を上げてから言って下さい」

「むっ。お前、初めて言ったな、それ」


 本当はランドの存在はこの上なく頼もしい。

 西部軍一の腕を持つランドには、実力で将軍に抜擢されたジノを持ってしても歯が立たない。


 当てにしていたからこそ相談もしたのだが。


「言っときますが私も賊を討ち取りたい気持ちは同じですからね。同僚の仇を討つチャンスと聞けば立ち上がる兵も大勢居るはずです」


「俺の見張りじゃなかったのか」

「誇りに思って下さい。兵をそういう風に変えたのは将軍です。少なくともエンスタットは、変わりました」


 その言葉にジノは黙って前を見る。


「……その俺はこうしてまた兵を裏切るような真似をしている訳だが」

「育ちが良すぎるのも考え物ですね。そんな事を考えているようでは失敗しますよ」


 ランドは飄々とすまし顔だ。

 その横顔を憎憎しげに睨み付ける。


「お前、実は俺が降ろされるのを喜んでるんじゃないか?」

「何を仰いますか。もう着きますよ」


 ここから人の動きが視認できる程に近い。

 オウルの町。

 二人では難しいと判断して、バゼントを後回しにした結果だ。



 この町の事は二人とも知っている。

 西部軍の管轄なのだ、知っていて当然だ。


 だがこの何の変哲も無い町が怪しいという。

 何がどう怪しいのかも分からないが、とにかく調べてみる他無い。



西部伝統料理

 穀物を使用した料理ならばレプゼント王国では西部が最も洗練されている。家庭料理の話だ。淡白な味で飽きないように工夫が凝らされており、素材の風味を生かした麦の使い方は生産者ならではの知恵に溢れている。


農具や日用品の購入

 その道の専門家である農家とはいえ、広大な畑を管理する毎日では道具の自作は難しい。木材の運搬の問題もある。こうした村では近在の街にその購入を頼っている。日用品も人口や年齢層の偏りによる売れ行きから最低限度の仕入れしかできない状況であり、年頃の子を持つ家庭は特に頻繁に買出しに出かける必要がある。

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