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市場に舞い降りた女神 2

 コモーノと人足が台帳を手に、積まれた商品を見て回っている。

 市場に集まった物資の中では質の高いものを集めており、その分やや値が高いものの、毎回要望される量を用意する苦労を考えればもっと値を付けたっていい、とドレンは思う。


 さっさと終わらせやがれ。

 舌打ちと共に目線を外したドレンは、ダクレーの姿が見えないことに気が付く。

 あのヤロウ、どこいきやがった?

 まさかウロチョロしてんじゃねえだろうな。


 キョロキョロと周囲を探すと、警備の腕章を付けた目つきの悪い男が立っているのが見えた。

 確か倉庫で日雇いをやっているのを何度か見かけたことがある。

 ゼンのヤロウ! 何考えてやがる!

 カッとなり腕章の男に歩み寄る。


「おい、ゼンはどこいった」

「えっと、もう一人を別のとこに連れてくって言ってましたけど」


 思わず泣きそうになる。

 テメエともう一人だバカが!

 抜けたのがダクレーならブロンズ商会のとこに立つのはテメエに決まってんだろ!



 2人足りないと言われて、ドレンは当然抜けた内の1人の場所にはゼンが入るものだと思っていた。


 それがまさか2人日雇いを連れてきた上に、粗相が許されないこの場所に配置するなど。

 時間が無く焦っていたとはいえ、あの時しっかり確認すべきだった。


 まさかアイツがここまでバカだったとは。

 今自分がコモーノから離れるわけにはいかない。


「おい、しっかり頼むぞ。この後のことはわかってるな?」

「え? ダクレーさんから聞くようにって言われましたけど、俺が来た時にはもういなかったんで、何も聞いてないですけど」


 思わず天を仰ぐ。


「あそこにいる青いコートを着たのがブロンズ商会のコモーノさんって人だ。今商品の確認」

「場長!」

「ああ、はい!」


 まずい。

 小走りでコモーノの元へ急ぐ。


「できればもう少し魚を仕入れていきたいんですがね。新鮮なのがあればですが」

「ウチのは全っ部、今朝揚がったヤツばかりですよ。どれくらいですかね?」

「ああ、おい、そっちの帳面を」


 コモーノが細かく色々言ってくるが、気が気じゃない。

 あの日雇いの男がお約束を知らなければ面倒なことになる。


 ターゼント市場の警備員は、商品手付けの後先に関する商人同士の揉め事の仲裁、盗難防止、荷崩れによる事故防止の見張りなどを主な業務内容としている。

 ただしこれらは滅多に起こることは無く、普段はカカシを置いても問題ない程だ。


 そんな中でダクレーの担当するこの4番区画だけ、週に2度若干の変化が訪れる。


 コモーノが商品の検品を終え、人足に任せて事務所へ会計に向かう際、そこまで警備のものが護衛を兼ねて案内するというのがお決まりになっているのだ。


 その間警備不在となるが、ブロンズ商会が相手ではと他の商人は黙っているし、カカシが僅かの間居なくなったところで何かが起こるわけでもない。


 実に些細なことなのだが、逆にこれを些細な事としてコモーノへのお供を怠れば、市場としては頭を抱えることになりかねない。

 コモーノがターゼント担当になる以前からあったこのお約束を、彼がいたく気に入っているようだからだ。


 一度これを忘れて他の商人を相手におしゃべりに夢中になっていた警備員がいた。

 事務所に一人で来たコモーノは仕入れる商品について市場を恫喝し、この警備員は辞めるハメになった。


 これはコモーノにとって、ちっぽけな虚栄心を満たすための儀式なのだ。

 先任担当者にも払われていた敬意を、自分が向けられないなど許せねぇんだろう。

 腕章を巻いた男は当然こんな儀式があるなど知らず、取引の様子を眺めているのだが。



 熱気に満ちた商人達の上げる声が響く中、ドレンの頭脳もヒートアップしていた。


 この状況を何とか切り抜ける。

 俺がお供しますといってもこの男はヘソを曲げるに違いねぇ。

 商売に関わらない警備員にまで傅かれるってのが気持ちいい、コイツはそんなヤロウだ。


 帳面を繰るコモーノの話の内容はどうでもいい。

 問題は、この話が終わればコイツが事務所へ行く素振りを見せるかもしれないってとこだ。

 クソッ、あの日雇いはこっちを見てもいやがらねえ。


「では場長、お願いします」

「へい。おーい!」


 魚介の荷を預かる区画はすぐ近くにある。

 ドレンはそこにいた担当者を呼びつけ、丸投げする。

 ラスターは先程いた場所から位置を変えている。ここから離れる方向へ。


 まずい!

 あそこまで行って説明してぇが商談中に離れるわけにもいかねぇ。

 こうやって横でフンフン頷くポーズは変えられねぇ。

 こっちに気づけバカ!


 魚介担当者とコモーノがブロンズ商会用に積み上げられた荷の魚介部分へ移動するのに合わせ、ドレンも移動する。

 ラスターがいる方向へ。


 来た! チャンスだ!

 アイツをこっちに来させるには今しかねぇ!


「ブロンズ商会様」


 ドレンの前にはそう書かれた木札と箱に積まれた魚介。

 左手にはコモーノと魚介担当者。


 帳面を手に話す2人を伺いながらソッと手を伸ばし、鈍い光を放つ銀色の刃を抜き取る。

 顔は帳面を覗き込むように装い、右足を開き、下半身だけをラスターの方へ向ける。

 腰をひねり、スナップを利かせ右手首を鋭く振りぬいた。

人足

 交易馬車を扱う商人が雇う、「人足」というれっきとした正規の職業。物流のプロ。


魚介類

 この世界の魚介は水揚げしてから二日は鮮度をあまり落とさず保てる。


野菜などの食料

 ごく普通に育てている人々がいる。果物もある。塩は大陸全土、沿岸部に広大な岩塩地帯がある。大陸中央部でも岩塩は採れる。肉類は畜産業を営む人々がいる。

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