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王国動乱 42

 西部の混乱を引き起こしたグリン率いる盗賊達もまた、混乱していた。


「なめやがって。イエロの野郎、自分だけとっととケツ捲くりやがったか」


 連絡に当たっていた部下が持ち帰って来た報告、そして盗賊衆の情報によると、どうやらイエロは本拠地を放棄して船で脱出したという事らしい。


 また、シルバもペール村の連中も姿を消したようだ。与えられた任務は小躍りしたいくらい歓迎するものだったが、こうもいきなり宙ぶらりんにされては呆気にとられてしまう。


「お頭、どうするんですかい? 大分ヤバい状況ですぜ」

「分かってる。だけど心配すんな。こうなりゃやるだけやってとんずらこくだけだ」


 西部の工作は思った以上の成果をもたらしたが、王都軍を手薄にしたところで今となっては何の意味も無い。流石に王都で暴れるのは自殺行為だ。


 できれば南部をかき回してやりたい所だったが、それもリスクが高い。

 確保してあるルートでターミル経由で逃れるのが安全だが、先に西部を突ついてしまった以上、ここから南下するのは躊躇われる。


「準備しとけ。北からボスんとこに行くぞ」

「えっ、ここ出るんですかい?」

「当たり前だバカ。イエロが逃げたって事はもうここに居りゃあ終わりって事だ」


 グリンはかつて南部軍に散々痛い目を見させられた先達の姿を目にしている。

 西部がいくらヌルいとはいえ、王国軍の底力を舐めていれば同じ轍を踏みかねない。


 西部と北部の境にあるこの町は、昔から盗賊達の楽園として密かに栄えてきた。勿論表向きはごく普通の町であり、代々の盗賊衆が細心に細心を重ねて経営している。町の住人もほとんどの者がそんな町であることを知らないだろう。


「ああ、最後に遊んでっても構わねえけどよ。爺さん達次第だな」

「大丈夫ですかね?」

「知るか。今んとこ敵になる気はねえがお堅い連中の掟なんざもう知ったこっちゃねえ」


 ここでグリン達が更に派手な動きを見せれば流石にこの町も安泰ではいられないはずだ。

 既に西部北方で騒ぎを起こすべからずという掟には逆らっている。しかしどうせ捨てていくのだ、ささいな後ろ盾でしかない盗賊衆のご機嫌伺いなど、もう気にする必要も無い。


「俺が戻ってくるまでに用意しとけよ」

「へい」







「グリン、大人しくしていろと言ったはずだ。あの連中の動きは何だ」

「へっ、耳の早いこって」


 町長の屋敷、といっても慎ましい限りだが。

 盗賊衆の長老の一人である町長が厳しい目でグリンを咎めてくる。


「ヴァイセントの為とはいえ我々の地盤を揺るがす事は許さん。お前には何故それが分からない?」

「わーってるっての。だからじゃねえか」


 ここに逃げ込んだ際、グリン達は散々詰問された。今も監視されている。

 盗賊衆もヴァイセントの事は承知とはいえ、グリンが仕切っている訳ではない。仕事の責任者として任されているだけだ。


 ただ、率いる部下達のほとんどはグリンを頭領として仰いでいる。数としてはグリン達は少数派だが、出て行く事を決めればもう盗賊衆の重しを気にしなくても良い。


「今度は北の方で暴れる。ここいらから目を引き剥がすよ」

「やめておけ。下手に動かずこちらに任せろ。増長するなよ、小僧」

「あぁん?」


 グリンの薄ら笑いに若干の苛立ちが混じる。

 ただ地味にコソコソと動くだけの盗賊衆にはもう我慢がならない。細く長くというのも分かるが、いつまでも自分を長老入りさせず、未熟者扱いする老人達はグリン程仕事していない。


「北には我々と繋がるものも多い。お前は知らんだろうが」

「じゃあ教えてくれよ」

「教えてどうなる。上手くやれるつもりか。できん事はお前にも分かっているはずだ」


 そりゃそうよ。

 もう上手くやるつもりなんかねえんだからよ。


 再び皮肉げな笑みが戻る。

 いつまでもじっとしているからそうなのだ。最早ヴァイセントにも盗賊衆にもこの国にも居場所を必要としていないグリンにとって、老人の脅しはお笑い種だ。







 与えられた家には部下達がそこかしこにひしめき合い、グリンの帰りを待っていた。


「おーおー、大変じゃねえかお前ら」

「そんなこたぁいいですから教えて下さいよ早く。話ついたんすか」

「微妙だな。つーかよぉ、お前らに聞いときたいんだが」


 手近な椅子を跨いで背もたれに組んだ両腕と顎を乗せたグリンは、目を閉じゴキゴキと首を鳴らす。


「ここに残りてぇ奴は居るか」


 誰も動かない。

 元々がどちらかというと盗賊衆の方針に反対派だった連中だ。ヴァイセントとしてグリンの所属していた盗賊団が参加した時に、厄介払いのように寄越された支援もそんな連中だった。


「じゃ、ま、いいか」



 盗賊衆「梟」は、レプゼント王国に古くから根付く闇組織だ。冒険者時代から裏の盗賊ギルドが形を変え残ってきた姿。


 グリンの所属していた盗賊団も梟の一員だったが、梟そのものがヴァイセントの一員となった訳ではない。梟の存在自体はワイトも知っていたかもしれないが、その事についてグリンが何か聞かれた事も無い。


 ヴァイセントは新しくできたギルドのようなものだ。

 そこに派遣されていたのがグリンという訳で、いわば二重の組織に属していたと言える。


 だが国内のヴァイセントは消え、ガリア王国へと移った。

 グリンとしては新興のヴァイセントに魅力を感じこそすれ、梟の一員として余生を過ごすつもりなどさらさら無い。



「梟からは抜ける。この国ともおさらばよ。覚悟はできてんな?」


 部下達が平然と頷く。


「ふん。だがまあ爺さん達も侮れねえ。一応この国を出るまでは従うフリしねえとな。そんで俺達が北へ行く理由なんだがよ、まあ俺達のやった事の尻拭いって事なんだが」


「ガゼルトで一件殺しをやれってこった。それで今回の件は目を瞑るってな」

「ガゼルトっすか。キツイっすね」

「ま、しゃーねえ。なんかやらせてくれって頼んだのはこっちなんだ。都合良く北に行けるのも悪くねえしな」


 盗賊衆も甘くは無いが、西部の偽装もしなくてはいけないはずだ。今は北へ行ってしまえば、問題なく脱出できるとグリンは読んでいた。


 ガゼルトにも寄るつもりは無い。

 部下にその気でいさせれば気取られる心配は更に減る。


「つー訳でだ、遊びはナシだ。今晩中に出るぜ」

「つまんないっすねえ」

「まったくもってその通りよ。つまんねえ話だ」


 大声を上げてグリンは笑う。

 この町が安泰だなどとつまらない話なのだ。

 だから何だというのだ。


 イエロが見切ったという事は稼ぐネタが尽きたという事。

 すなわち大人しく逃げるか隠れるかしていなければ危険極まりないと見たという事だ。


 だからここに居ればコソ泥稼業しかできない。

 イエロの判断の確かさはワイトも買っていた。このまま梟に残ってもいたずらに歳を重ね、あの老人達のようになるだけでしかない。



 グリンは背もたれをトントンと指で叩きながら考える。


 抜け方にも一工夫が必要だ。

 老人達の出してきた条件は多少臭い。

 グリン達がガリア王国へ逃げる事を読んでいるなどという事があるだろうか?


 梟の戦力、自分の知らない部分が大きいと仮定してもやり方さえ間違えなければまず成功するはずだ。

 真剣なグリンの表情。

 部下達は勘違いし、ガゼルトでの仕事に気を引き締めたのはグリンにも思わぬ果報だった。

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