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王国動乱 41

「気になるのか?」

「それはまあ」


 カザの村でリーゼンバッハの手の者の支援を受けたラスターとロイ達は、ゼナの手当ても含め束の間の休息に浸っていた。


 一足先に王都へと護送されていったペール村のバンデットが乗っていった馬車の方角を見つめ、物思いに耽るかのようなラスターにバリエが話しかける。現在彼らは別荘のある湖で療養している。



「やめとけよ」

「……? 何をですか」

「たしかに美人かもしれないけどありゃバンデットだ。お前を敵に回したくはないからなあ」


 冗談なのか本気なのか、バリエの言葉に苦笑する。


「そんなんじゃないですよ。ただ、俺の思ってたバンデットらしくなかったっていうか」

「お前だって俺の思ってた傭兵っぽくないけどな」

「それを言えばバリエさんこそ、貴族らしくないですけどね」


 互いに笑い合う。

 バリエも出身だけは貴族子弟なのだとつい先日聞かされたばかりだ。


「俺はそう生まれただけで貴族として育てられた訳じゃないからな。でもまあ気品があるのは確かさ」


 おどけるバリエにサントゥが吹っかけている。

 ロイ達もリラックスして笑い合っているが、俺は同じくイーガンから話を聞いたハイデンが微妙な表情をしている事に気付きホッとする。


 やはり同情すべき部分はある。

 といってもそこまで深く同情しているという訳でもないのだが、行き場を失った人間が生きていくには他に何がある、というイーガンの言葉に考えさせられる部分は多い。


 罪を犯し、それを自覚もしている連中の事を少しでも気の毒に思うのは罪悪感のようなものも感じるが、政治という奴自体が白も黒も含んでいるのだ。自分だって向こう側にいればバンデットとして生きていただろう。結局、ままならないのが人間というやつで、根っこの部分にそう大した違いなど無いのだ。


「お前、どうするんだ? ミハイル様から報酬貰ったら」

「そうですね……キールさんは手伝えって言って来てますけど」

「俺達ももしかしたら次動くのはその件かもしれんな」


 やや真剣味を帯びた口調でロイが答える。

 シルバの亡骸はキールさんの研究室へと運び込まれていた。未だミハイル様は王都に留まったままだが、自分の方からカザへ出向くという伝達が来ている。


「また一緒にやろうよ」

「うーん……そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。決めるのはミハイル様だし、やっぱり俺は傭兵だし。タッカ達と同じようにはなれないかな」

「お前ならできると思うがな」


 ハイデンはそう言ってくれたが、きっとどこかで決別する事態になる。多分ハイデンの言う「できる」はこの部隊の一員としてではなく、リーゼンバッハの戦力として、という意味なのだろうが。


「ま、今は難しい事考えずのんびりやろうや」


 バリエの言う通りだ。

 ロイ達も今までこんな風にボーッと過ごした経験はあまり無かったらしい。まったく、考えられない人生だ。


 俺もロイ達も考える時間が必要という、女神の導きかもしれない。








「ガゼルト公爵カーク・ザンバル卿ご到着です」


 呼び出しと共に姿を見せた北部領主は側近のガゼルト伯爵メッサー・タナスと静かに玉座へと続く絨毯を進み、恭しく膝をつき頭を下げる。


「面を上げよ」


 エインリッヒ十二世の声。

 ネイハムの時と同じく謁見が開始される。

 あの時よりも貴族の数は増えている。派閥に属さないネイハムと違い、カークは北部貴族を引き連れてやって来た事もあるので当然だ。ただ、影に潜んでいる中央のカーク派閥は巧妙にやっているのだろう、新たに浮かんでくる顔をネイハムは見つける事ができなかった。


「公の来訪、北部の安寧と繁栄に感謝と……」


 国王の歓迎の辞だけが響く中、ネイハムの後ろに控える部下もまた周囲にそれとなく目を配り、この後主に助言すべく神経を張り詰めている。


 王都にはミハイルが手配した目が散らばり、特別区から庭園まで隈なく情報収集に当たっているはずだ。





「バランダル卿。お久しぶりですな」

「ザンバル卿、変わらず壮健そうで何よりです」


 国王の退室後、小さなサロンと化した玉座の間――下位貴族は退出しているが――ではネイハムとカークが向き合っていた。


「カーク様、大公閣下とお呼びした方が宜しいのでは?」

「いや、それには及ばない、ガゼルト伯」


 すかさず主に注進したメッサーを遮る。

 とんだ猿芝居だ。このやり取り、最初からネイハムの返答も踏まえた上で用意されたものだという事がはっきりと分かる。乗らない訳にも行かないのだが。


 ネイハムはこのメッサーという男を警戒していた。

 生まれはタナス家の三男で爵位を継いでいないが、カークに仕える事で自力でガゼルト伯爵の爵位を与えられた男だ。


 前ガゼルト伯爵の爵位剥奪という経緯。

 まず間違いなく、カークと共謀して行った簒奪に違いない。


「私は未だルンカト公爵。陛下の叙爵あるまでは大公など不敬でありますからな」

「これは失礼致しました、ルンカト公」


 見え透いた手だ。

 いくらネイハムが貴族の規律に鷹揚だと言っても、こんな誘導に引っ掛かる程馬鹿では無い。


「御子息は?」

「近日中に王都へ来るでしょう。私もようやく肩の荷が降りるというものです」

「南部領主を継承されるとの事ですが、何ゆえですかな? まだまだお若いでしょう」

「そんな事は。私のような者には過ぎた責務でありましたが故」


 思った以上にカークは踏み込んでくる。

 どうやらカークもこの機会を決戦の場とするつもりらしい。かつて若い頃、のし上がっていくカークに感じた覇気のようなものを感じる。


「ディアス殿はどちらに?」

「同じく北部の統括を済ませたらこちらへ来る手筈となっております」


 


 この場には高位貴族しか居ない為、成り上がる為の餌を探して目を血走らせているような下位貴族は居ない。


 が、この二人のやり取りが次の王位に絡んでくるものだという事は誰もが承知だ。

 ネイハムの急な発表の裏に何があるのか、カークがそれをどう受けるのか、かつてない程貴族達は耳をそばだてている事だろう。


 何しろ中央は大きく動く。

 ディアスが王となればカーク派閥はそのまま主流派へと変わる可能性が高い。北部と中央の統合に乗り遅れるような事になれば、残された椅子は遅れた分だけみすぼらしいものとなるだろう。


 一方でネイハムは格としてはカークより高位の地位へと昇る。

 これもまた無視できない。

 ルフォーが居る以上、ネイハムが南部の力を手放した事になると考える貴族など誰も居ない。遂に中央でも力を持つようになると危惧しているのだ。



 南部と北部の力の均衡がどうなっているか正確に分かる者はいないが、貴族は皆ネイハムを恐れている。


 現王はネイハムをかつて重用した過去があり、今また常識外れの行動を認めようとしているのだ。

 仮にディアスが即位したとしても、正統な王家の血筋を引く前王と貴族最高位のネイハムが裏に控えている以上、今カークにすり寄っていく事が正しいのかどうか。


 それを王国中の貴族が見極めようとしている。

 前王派と現王派に別れる、というような単純な構図にはならないだろう。

 ディアスと王女が跡継ぎをもうけたとしても、幼王が即位するまで、またその意思を持ち始めるまでディアスの治世は続く。


 それが力を持つのかどうか。

 日和見をしていれば今座っている椅子さえ危うい、と誰もが神経を尖らせている。


領地に付随する爵位

 ガゼルト領主にはガゼルト公爵の爵位が与えられるが、同じくガゼルトで領地経営を共にする貴族には、求めに応じて侯爵や伯爵の位を王から授ける事もできる。ただし力関係として領地がよほど広大でも無い限りは領主がそれを求める事などほとんど無い。

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