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王国動乱 40

登場人物紹介

 ケイン・ハルゼイ……エンスタット領主であり、伯爵。


 リロイ・ベルン……西部に帯同した王都軍務役人。伯爵。

 西部一帯の軍の動きに住民達は何事か、と怪訝な顔でひそひそと話している。

 エンスタットでは商人達が封鎖された街の入り口に詰めかけ、罵声を浴びせる有様だ。


「各町や村、街道への配備報告書です」

「人員と物資の手配に関する経理がこちらに」


 ジノは久しく無かった慌しい軍営の中、じっと届く報告に目を通し続けていた。


 今必要なのは何か。

 明確な敵が現れた訳では無い。

 被害といえば十数人の兵士が殺されただけ。


 他国の軍でも大規模なバンデットの攻勢でも無い、とジノは見ている。


 現在判明している事実、西部封鎖がすんなり行った事や一切の目撃情報が集まらなかった事からも敵は少数で、狙いが詰め所そのものだったと推測している。


「ランド、街の様子はどうだ」

「エンスタットでは不安と不満が膨らんでおります。説明せよとの声が」

「例の商人の一行は」

「丁重に領主館にご滞在頂いております」

「そうか」


 ふー、と息を吐き出す。

 大げさといえばあまりにも大げさだ。

 軍の混乱を民草にまでいたずらに及ぼしているという批判も受けかねない。何しろ西部住民に被害が出た訳でもなく、むしろ被害を及ぼしているのはこちらなのだ。


 しかしそうも言っていられない。

 兵士の増強だけを行っていれば隙が増え、それが敵の狙いかもしれないのだから。

 西部軍単独で捜索や討伐に動けないというのは忸怩たる思いもあるが、ジノに与えられた任務はまず西部守護である、との信念に従う。








 数日後、出入りを制限された西部住民の不満が爆発しそうになった頃、王都から増援の兵が派遣された。街道を中心に広く西部一帯に布陣した王都軍と入れ替わるように西部軍が帰還し、町や村に至るまで充分な数の兵士が派遣され、封鎖が解かれた。




「カーエン閣下。よくぞお越しを」

「将軍、挨拶はいい。すぐに軍議に入りたい」

「整っております」


 帰還した急使から連絡は受けている。

 エンスタット領主ハルゼイ伯の館は既に受け入れ態勢が出来上がっていた。


 軍営で無いのには色々と理由がある。

 まず、これはジノに対する査問という側面がある。

 これだけ軍を投入しても何の成果も得られる見込みが無いのに迅速に動かせたのは、ミゲルの強権発動という決断があったからだ。


 軍を統括する上層部には当然ミゲル以外の貴族も居り、西部軍の不始末は西部軍内部で解決させろという声が多数上がった為、政治的駆け引きをせざるを得なかった。


 既にジノの進退が賭けられている。

 ミゲルとて危うい。

 軍部は独自の行動権を持つが、王都軍だけはそういう訳にもいかない。王都守護を放り出して管轄外へ持ち出すという事は簡単では無いのだ。


 軍務関係貴族が帯同している事で政治的な色合いを強く帯びた軍議、というよりも軍法会議に近い。



「カーエン候、お待ちしておりました」

「ハルゼイ伯、すぐに始めたい」


 エンスタット領主ケイン・ハルゼイ伯爵は爵位こそ中位であるものの、旧くから西部に根付く名家である。中央からやや独立した気風のあるハルゼイ家は、その分政治介入力こそ持たないが中央からの信頼は篤い。


 普段は華やかであろう大食堂の飾りは取り払われ、どこか物々しい雰囲気を醸し出している。

 

 主賓席にミゲル、右手側に中央から派遣された将校と役人、左手側にジノを始めとする西部軍将校達が着席すると、ケインが切り出す。


「エンスタット領主、ケイン・ハルゼイであります。この度の西部の騒乱、それについて軍議を始めます。同席者として私ケイン・ハルゼイと執務官が参加致します」


 エンスタットの執務官が立ち上がり静かに頭を下げる。


「では大臣閣下、お願い致します」

「うむ」


 ミゲルは西部軍の状況をよく分かっている。

 勿論むざむざと兵士に被害を出しただけでなく、何の手立ても打てないジノの責任は免れないが、仕方ない部分はあるのだ。


 緊密に連携した王都軍や、ネイハムの治める南部とは状況が違う。

 むしろジノはよくやっている。

 北部など、軍は強固だが治安は最も悪い。北部貴族が見捨てている地域が多く、バデン将軍も要請以上の介入に積極的では無い。


「報告によると西部街道警備の詰め所が複数、何者かに襲われ被害が出たそうだな。詰めていた者は全員死亡しており、発見も遅れたと」

「その通りであります」

「由々しき事態だ。我が王国内でこのような事が起きた事など久しく無い。ではアレイス将軍、襲撃があってから現在までの対応の説明を」

「はっ」


 ジノが立ち上がり、説明を始める。

 襲撃はエンスタット領、バゼント領、ザマ領全てに渡っており、ジノが動いたのは最も早く報告のあったエンスタット領の詰め所だ。


 既に敵の姿などは発見できず、目撃情報も襲撃後のものしか無かったため、すぐに一帯に部隊を派遣したが何も得られなかったらしい。


 帰還したジノの元へ相次いで他領からの報告も届いたため、即座に西部封鎖の決断を下し王都へ使者を送った、ということだ。


「分かった。二次被害を防いだという点では迅速な行動だったと評価しておこう」

「本当にそう思われますかな? カーエン候」


 帯同した貴族、リロイ・ベルン伯爵から待ったの声が上がる。


「と、言いますと」

「西部領守護はアレイス将軍の任。何のために西部軍が与えられているのですかな。賊に遅れを取った事に多少の酌量の余地があったとしても、それを解決できないなどアレイス将軍の指揮能力が問われて然るべきはず」


「仰る通りです。弁解の余地もありません」

「自覚はあるのだな将軍。カーエン候、こうして王都軍まで動員している事が既に二次被害ではありませんか」


 正にリロイの言う事こそ弱味だった。

 ジノが体面やプライドを気にして内部で解決しようとしていれば更なる被害が出ていたかもしれず、むしろその決断は将軍職に登り詰めた人間としては英断として褒め称えたい。


 が、そもそも西部軍の体制としてこのような事態を引き起こさないだけの体制ができあがっていれば、起きなくても済んだはずの問題なのだ。



 これは理屈であり、ジノ以上の適任者がいなかった事も含め、何を言っているとミゲルは思うが一理は認めざるを得ないため反論しても仕方ない。それを言ってしまえば西部軍の機構も人事もミゲルにまで責が及び、ジノを庇う事がより一層困難になる。


 立場としてはミゲルも西部は西部、という態度を崩す訳にはいかないのだ。


「確かに道理ではある。アレイス将軍、何故単独で解決しようとしなかったのかな」

「国境警備の人員やその他兵力の配置、何より詰め所の兵達が一方的に殺害されていた事を考え、兵力は過分な程に配置すべきと考えたからです」


「うむ……間違いではない」

「だからといってこれ程の人員を注ぎ込むという理屈にはならない。アレイス将軍、将軍の言う防衛の理屈は分かるがそれならばこの王国は兵士で満たされていなければならない。しかしそんな事は不可能だ。だからこそ軍は鍛え上げておくものであり、将軍にはその責務がある。西部軍の惰弱さ――っと、これは言いすぎました、失礼」


 

 室内に沈黙が降りる。

 ミゲルの左手側に座る西部側の将校達は表向き平静を装っているが、内心では怒りが湧き上がっているだろう。


「……とにかく、アレイス将軍は陛下よりお預かりしている兵の損耗、並びに動員についてそれに相応しい成果を出す必要がおありだ。これで賊を捕らえられないとなれば、大問題ですぞ」


「増援の決定に関しては私の判断だが」

「カーエン候、アレイス将軍より増援要請があったのでは? 候の判断はそれを受けてだったはず」


 ミゲルはこればかりは援護が難しいと悟り、心の中でジノに詫びる。今ミゲルは強硬な姿勢を取る訳にはいかない。何しろ王都軍を動かすという事は主流派の貴族のほとんどにとって否定的な事項だからだ。


 それが分かっていながらここまで漕ぎ着けたのは、偏にミゲルの忠誠心でしかない。

 西部とて王国。その危機に座して動かないなどという事こそ、王と臣民への不実である、と。


 口にする事はできない。

 それは暗にジノの無能を認めるに等しい。

 言えば、その責務はジノが負っているはずだと繰り返されるだけなのは分かっている。


 ジノに責任を負わせない道は険しい、と思わざるを得なかった。

 最善の判断かどうかは分からないが、西部軍の現状を把握した上で正しいと思える判断を下したジノを問責するなど。


 

 今回の動員について掛かった費用や王都守護の不備など、帯同した役人が書類を読み上げている。

 こうして査問されている事実が伝われば、ジノに対しておそらく西部軍内部からも何故王都に頼ったという批判も出るだろう。


 両手を組み静かに役人の読み上げる声を聞く。

 まるで罪状が書かれた判決文のようだ。

 来て早々、事態の解決の為の軍議をするべきはずがこれだ。


 これでは増援では無く、鎮圧軍を派遣したようなものだ。

 詰め所を襲った賊め、どうせなら今ここを襲ってくれればいいものを、とミゲルは思わず不謹慎な事を考えてしまった。


ハルゼイ家と西部

 エンスタット領主であるハルゼイ家には、元々エンスタット伯爵の称号が与えられていた。しかし中央の政争に絡む領主交代により家名への爵位付与という憂き目に合った過去がある。ハルゼイ家はそれでも西部の新領主の治世を支え、再び政争により領主の座が戻った時も粛々としてそれを受け入れた。

 ただ、領主の座を奪い返してくれた貴族の意には染まらぬとばかりに、爵位の返還を拒み、中央との繋がりを絶った家でもある。西部では絶大な影響力を持つ家。

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