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王国動乱 39

「カーエン閣下。アレイス将軍からの急使が参っております。至急お会いしたいとの事です」


 王城のミゲル・カーエン軍務大臣室にもたらされた一報。

 ミゲルはすぐに席を立つ。

 軍属において通常の連絡手段、緊急の連絡手段のどちらでも無い急使という方法はただ事では無い。


 管轄を越える際の検閲の手間などを考慮して、緊急の連絡手段として各砦経由の早馬の連絡による緊急報告という手段が設けられている。

 有事の際にのみ許された馬装と旗を備えた超法規的伝令が一定距離で待機しているからだ。


 至急というからにはこの方法を取るのが最も速いはずだが、それとは違う西からの直接の使者となると一体何事か。すぐには思いつかない。


 国境が侵されたなどという事態ならば先の手段で伝えてくるはずだが――漏らしたくない、もしくは余程秘匿したい案件か。


「大臣閣下、非礼を承知でお伝え致します。こちらを」


 使者の待つ場に着いたミゲルは目を細める。ミゲルとて歴戦の軍人だ。使者の様子から即座にこれが最優先で処理すべき案件なのだと理解する。


「下がっておれ」


 部下を退出させる。

 使者として来た男は西部軍上級将校と指揮官の軍章を付けている。単なる伝令にこの男を寄越すということが、既にジノの一つのメッセージと言っていい。



 素早く目を通し、筆跡、押印、家紋など間違いなくジノ・アレイスの寄越した文書であることを確認すると、静かに閉じる。


「それで、アレイス将軍は?」

「はっ。一時的に西部一帯を封鎖し、全兵を動員して対処に当たるとの事です。正式なそのご許可と、王都からの指示を頂きたいと」


 ネイハムめ。

 全く頭が痛い。

 奴が王都に現れるなど、やはり凶兆だったか。

 親子共々手の掛かる事だ。


「今は間が悪い。すぐに纏めるが少し時間を貰うぞ」

「承知致しました。アレイス将軍は指示が来るまでとにかく都市や街、村の守りを固めるおつもりのようです。西部住民には軍の動きを隠す事もしないのでその事もご了承頂きたいと仰っておりましたが」

「分かった。お前は軍営で待機しておけ」

「はっ」


 



 至急の呼び出しを受けたネイハムは大臣室へ通されると、先に来ていたカデフの表情からまた厄介な問題が起きたのだとすぐに悟る。


「大公閣下。西部から急使によりもたらされた書状です」


 ミゲルの物言いにまたうんざりする。


「嫌味ですかな、カーエン卿。公式な場だけにして頂きたいと言ったではないですか」

「ふん。見ろ」


 書状に目を通したネイハムは更にうんざりする。


「何事ですか?」

「分からん。だからお前達を呼んだ」

「ネイハム、どうする」

「と言われてもな。俺は南部の事ならともかく、西部の事に関してはまだお前が差配する事ではないのか」


 西部各地の王国軍詰め所襲撃と兵の死亡。

 紛れも無くレプゼント王国を震撼させる一大事件だ。


「アレイス将軍からは何と?」

「守りを固めると。増援なり早急に指示を出す必要がある。使者も待たせている」

「という事は向こうでも何も分かっておらんという事ですな」


「陛下にはお伝えを?」

「それも含めてお前も考えろ」

「……はあ。私にやれ、と」



 

 つい先日、ネイハムは継嗣ルフォーに公爵位を継がせると発表し、同時に南部領主も継承したばかりだ。ルフォーが王都に到着次第、国王エインリッヒ十二世から正式な任命の儀を受ける事になっている。


 同時にネイハムは大公へと昇る。

 そして国王も第一王女が婿を迎えると同時に王位を禅譲する予定だ。


 ただし将軍職についてはあやふやなままだ。

 つまり未だネイハムは軍事の責任者である。


「ネイハム。あの件と今回の件、無関係ではあるまい。最早内々に、という訳にはいかんぞ」

「それは……正直私にもはっきりとは分かりません」

「リーゼンバッハ候も呼ぶか」

「すぐに聞いてみましょう。何か掴んでいるといいのですが」


 


 ネイハムとエインリッヒ十二世の描いた戦略はこうだ。


 ネイハムは大公へと昇り、領地を放棄する。

 将軍職を保持したままだ。

 今のカデフと同じ立場になり、更に格が中央将軍に相応しいとしてカデフと中央、南部の任地を交代する。


 二人の目論見の総仕上げにかかった。

 遂に中央から、北部の粛清に乗り出すのだ。


 こればかりは他人に任せる訳にはいかない。

 もう少し先の話と考えていたが、その気になったと言ってしまえば軽薄にすぎるだろうか。


「面倒は一気にやってくるものだ」


 ネイハムの呟きに疲れはあるが迷いは無い。

 何が起こったとて、引き返すという選択肢は最早存在しないのだ。南部領主に任命されたときのように、どこか新鮮なやる気のようなものを感じている自分に、やはりまだまだ若い、と思わず苦笑いを漏らした。







 北部領主カーク・ザンバルが王都へ出発しようとするまさにその時、その報はもたらされた。


「メッサー。どういう事だ」

「は……私にも分かりかねますが……」

「考えろ。王都に着くまでに答えを見つけてみせろ」


 ネイハムが何故この時期に?

 ルフォーに継がせるという事は王位争いから降りたという事になる。陛下も何故認めたのだ?


 分からない事だらけだ。

 しかしこれでディアスの即位はほとんど決定的になったと見ていい。


 あの男が勝手に転んだなどという事はあるまい。

 何かある。が、ディアスが王位に就けば譲れる部分を譲ったとしても充分元は取れるはずだ。


 後手に回っている事は認めざるを得ないが、カークは北の力を総動員すれば押し返せる実力があると計算している。むしろ軍事力を頼みにしすぎて、ネイハムの判断は政治として甘いとすら思う。


 分かっていないのだ。

 貴族というものを。

 王位が繋ぎの仮初のものだなどという事は百も承知だが、その意味を真に理解できない蒙昧さが所詮南部の田舎者よ。



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