王国動乱 38
良いお年を
クレアを背負った男、そしてシルバを抱えた二人の男と共にようやく外へと辿り着く。
予定ではさっさとカザまで帰るつもりだったのだが荷物を抱えた男達が一緒では流石にそうもいかない。
どうするかと考えていたラスターの探知の膜に微かな反応。
即座に飛ばした粒子が伏せた人間の姿を捉える。
無言のまま左手で男達に止まれと合図し、ナイフを抜くと構えながらそちらへゆっくり近付く。
「待て待て、俺だ。参った」
「バリエさん。何やってるんですか」
おどけながら両手を上に挙げ、苦笑を浮かべたバリエが立ち上がる。そして短くピュイッと指笛を吹く。
森の方からロイ達が姿を現す。
怪訝そうな顔をするラスターにバリエが笑いかける。
「まあ、こういう事だ。ルパード達はあそこから出て安全を確保した時点で、すぐに帰還するんじゃなく監視してからって話になったみたいでな」
「ついでに俺がどうなるかも、って事ですか」
「そゆこと。それよりあれ、仕留めたのか」
「ボルグと同じです。俺が着いた時には動かなくなってましたよ」
「何だ。じゃあ考えすぎだったな」
ラスターが男達に一度シルバを降ろすように言う。
生き残りです、とバリエに説明している所にロイ達がやって来る。
「ラスター、無事だったか」
「何にもしなかったですからね」
「説明してくれるか」
ロイ達と別れてからの事を手早く説明する。
どういうやり取りと経緯でこうなったか含め。
「そうか。ちょっといいか」
ロイの求めに応じラスターは生き残りの男達から距離を取り離れる。
「捕虜、ってことでいいんだな?」
「ん。……まあ、覚悟の上らしいです」
「情報を持ってるといいんだがな」
「全く無いってことはないんじゃないですかね」
見ればハイデン達がギチギチにシルバを拘束している。バリエが「お前が背負って運べ」とタッカをからかっているが、確かにあれを抱えてカザまで移動するのは面倒この上ない。
「このままカザに帰還で良いか」
「はい。俺もこれ以上できる事は無さそうです」
「助かった」
ぽん、とラスターの肩を叩くとロイは全員に指示を出し始める。生き残りの男達に尋ねている内容はペール村に馬車や台車が無いかだった。
「ラスター」
ハイデンがラスターの傍にやって来る。
「あの村に居た男の事だが」
「イーガンですか」
「そうだ。どうやら逃げたようだ」
「え? 村に行ったんですか?」
「ああ。ルパード達とは別でな」
「あの怪我で……?」
ロイからの指示は帰還だったが、どういうつもりかは聞かなくても皆分かっていた。森に入れば危険は少ない。全員一致で監視と決まった。
ロイの指示に従わない事など今まで無かったが、言い出したのは他ならぬ撤退命令を受諾したルパードだ。ロイだけでなく、皆が自分達が変わりつつある事を自覚していた。
しかしハイデンは一人ペール村へと駆けた。
あの話を聞いて同情したなどとは思いたくないが、自分に甘さがあった事は認めざるを得ない。
傷になりかねない手落ちは、拭っておく必要がある。
村の入り口から随分離れた所に、這うような跡が海側へと続いているのを発見する。
大した男だ。やはり来て正解だった。
例の崖の道の近く。
「お前……」
「その怪我でよく。執念という奴か? 話を聞いて私が考えるバンデット像に修正を加える必要があるとは思ったが、もっと改める必要がありそうだな」
見下ろすハイデンの口調に不穏なものを感じ取ったのか、イーガンが地面についた手で強く土を握りしめる。
「皆はどうなった。団長、シルバは」
「うむ」
今頃事態がどう動いているか考える。
ロイ達が無茶をしなければいいが。
撤退となって中のヴァイセントがペール村に戻る可能性もあるが――。
「死んだな」
「何だと……」
「我々が駆けつけた時には争いが起こっていた。残念ながら手遅れだった」
「馬鹿な」
目を見開きイーガンが放心したように脱力する。
ここでハイデンは本当なら生き残りが居て保護したと伝えるつもりだった。
半数以上が投降したが争いがあった為、扱いが難しい立場になってしまったと。
もう一押し情報が得られないかと考えていた為だ。
しかし這いずるイーガンの姿を見て考えを変えた。
「お前はどうする。イエロという男はどうやらお前達を皆殺しにするつもりだったようだが」
「決まっている……必ず仇を取る」
「……そうか」
瞳に力を宿し地面に拳を叩き付けたイーガンのその瞳から光が失われていく。
鈍い音と共に首を踏み抜いたハイデンはゆっくり足を上げ、片膝を付く。
「悪く思うな。私は確かにお前と出会えたことでバンデットへの考え方を少し改めた。てっきり逃げるなら逆の方向だと思っていたが、まさかこちらへ進むとはな」
得られるかもしれない情報を無にして、出会ったバンデットがどんな男か見極める。
自分の興味を満足させる為の背信行為と罵られるかもしれない。
それでもハイデンは知りたかった。
鍛え上げられた肉体は軽々とイーガンを持ち上げる。
崖から海へと消えていくのはほんの一瞬で、ハイデンもまた頭から雑多な思いを消し去ると仲間達の元へと身を翻し、その場から消えた。
「逃げた。そういう事にしておいてくれ」
「あ……はい」
それで何かを察したのだろう、ラスターもそれ以上何かを尋ねる事はしない。
「よし、一度村に向かって移動する。近くまで移動したらエリオとバリエに取ってきて貰う」
クレアを背負った男はそのまま、二人の男とパーグ、エルイがロープで吊ったシルバを四隅を支えるようにして森の中を移動する。
「ねえ、ラスター」
「ん?」
「あの人さぁ、気絶してるの?」
「多分。起きたら絶対面倒だから寝ててくれた方が楽だぞ、絶対」
「ふーん」
エリオとバリエは問題なく荷車を運んでき、シルバを納めた一行はカザへ向かう。
ミハイルの予測ともロイ、ラスターの予測とも違ったが、結果としてはヴァイセントの決壊、残存勢力の動向、魔獣薬に関する新たな手がかりを得るなど想像以上の成果と言っていい。
部隊の新生、と言えば大げさだがロイ達にとっても成長の糧となったことだろう。カザへ向かう一行はカザを出た時とは見違える程の活き活きとしたオーラを放っている。
一つの懸念と王城が、予想だにしない速度で動き出した事を知るまでは。