王国動乱 37
どうしたものか、とラスターは首をひねる。
何となくシルバとペール村の住人がどんな関係だったかは理解している。
うずくまり泣いている女がどんな精神状態なのかは知らないが、とてつもなく面倒だということだけははっきり分かる。
「生き残ったのはここに居る人間だけですか」
壁際の男達のそばにしゃがみ込み、尋ねる。
シルバが動いてくれたことで逆に、もう動けないのだという事が分かりホッとして余裕が戻った。
「あ、ああ、み、な……」
恐怖から抜け出せていない為か、ほとんど言葉にならない。
「シルバはもう動けないようです」
「う……」
やれやれ、と心の中でため息をつく。
正直この連中はどうでもいいのだ。
狙いはシルバ。動けなくなるのではと予測していたが幸運にも今回は逃げ回らずに済んだようだ。
ボルグのように硬質ならどうしたものかと思ったが、その心配も杞憂に終わったようでこれまた僥倖。
体の一部でも切り取って持ち帰れないかと目論んでいたのだ。今回、あの腕の部分が狙い目だろう。
しかし危険が無いならロイに来て貰えば良かったな、と後悔する。
二人なら丸ごと持ち帰ることだってできたのだから。
泣いている女と腰を抜かした男達が落ち着くまで待つ。心配いらないとばかりにシルバのあちこちに触れ、変化を確かめ、危険が無いことをさり気なくアピール。
しかしボルグとは大分違う気がする。
そこまで詳しくボルグを撫で回した訳でもないが、薬が違うのだろうか。
「あんた……誰だい」
ようやく男達の内の一人が口を開く。
「俺は王国に雇われた傭兵です。といっても……まあ、役目は終えてるようなもんですけどね」
また下手に騒がれても困る。
バンデットの捕縛目的では無い、と言えば少し嘘になるが、できれば上手く持っていきたい。
「シルバは、どうなったんだ……」
「俺はその調査をしに来たようなもので。これと同じような事例があってですね。もう動かないと思いますので安心して下さい」
「じ、じゃあシルバは、どうなったんだ?」
はっきり言う根拠は無いが、仕方が無い。
実際、生物としての反応は一切感じられないのだ。
「言いにくいですけど、亡くなったと思って下さい」
「嘘よ! 嘘! 嘘つき!」
またクレアが叫ぶ。
立ち上がり、シルバに抱きつくように縋り、勢いなく拳を胸に叩きつける。
「嘘よ……こんなの……」
目の前の男は村で見たあのローブの集団の一人だろう、と少し落ち着いた頭で気付く。
涙は涸れてしまったのだろうか。
こんなにも悲しいのに、もう慟哭する力が湧いてこない。それが悪いことのような気がしてしまう。
そっと体を離し、シルバの目を見る。
光を失い、見つめ返してくるがその中に優しさやあの落ち着く静けさはもう感じられない。
「シルバ」
頬を撫でる。
苦しかっただろう。
死んでしまった仲間達も、手に掛けてしまったシルバ自身も。
「落ち着きましたか」
掛けられた言葉に怒りが込み上げた。
「どこかに行って」
「……そういう訳にもいかないんでね」
「みんな……みんな死んじゃったのよ。もう満足でしょ!? こんな姿にして!」
はあ、と溜息を吐く男。
許せない。
「あなた達がこなければ……どうしてよ! あたし達は、何も悪くなんかないのに!」
「おい」
男の表情が変わる。
「お前は王都で自分が何したか分かってるだろ。ふざけんなよ」
「知らない! あたし達は悪くない! 全部あなた達のせいじゃない!」
「チッ」
涸れたと思っていた涙が流れる。
シルバやみんなの為に流せる涙がまだあるのだと、嬉しくも思う。
「彼女の名前は」
「……クレア……」
「あなた方はどうしますか? ここから――」
クレアを無視し男が仲間達と話し始める。
シルバ。
どうしてこうなったの? どうすればいいの?
だが当然返事は無い。
シルバが何を思い、何を考え、皆をどうしたかったのか。最早それを知ることはできなかった。
崩れるように気を失ったクレアに一時騒然となったが、気を失っただけだろうと分かり、ようやくまともな会話ができそうだ。
「それで……俺達は。いや、他の皆がどうなったか……アンタ知ってるかい」
「ここに来るまでに、残念ながら死体しか」
「そう……か。そうだよな……」
男達はある者は目を閉じ、ある者は暗い目で俯く。
「俺達は牢屋行きか?」
「さあ。俺はさっき言った通り雇われた傭兵なので」
「……じゃあ俺達が逃げても構わないのか?」
「うーん」
契約内容はロイの指示に従う事。
ロイの指示は幹部の排除。
ミハイル様は殲滅と言ってたけど、したくない殺しはしなくていいって言ってたしな。
「逃げてどうするんです? またバンデットになるって言うならちょっと」
「それは……俺達にも分からない」
いよいよ面倒くさくなってきたな。
もう正直こいつらもどうでもいい。
「ああ、今の内にシルバの腕は切り取って持っていきますので。邪魔するなら流石に穏やかにって訳にはいきませんよ」
「腕、を……」
「そんなの、どうするつもりなんだ」
「言ったじゃないですか、前にもこんな事あったって。悪い薬をばら撒く連中、ヴァイセントですよ。こういう事が無いように調べるんです」
多少皮肉を込めたのだが、通じただろうか。
だが俺の想像した反応とはちょっと違った。
「お、おい! 待ってくれ、ヴァイセントって……俺達がそんなのをって事か!?」
「待てよ、たしかに俺達はバンデットだが――いや、いやちょっと待ってくれ。じゃあ、何か? シルバは……ど、どういう事だ!?」
知らない、か。
やはりこいつらは無害、では無いけど、放っておいても良さそうだ。
「とにかくそういう事です。俺は見なかった事にするのでそこの彼女を連れて好きにして下さい」
壁に手を着いたままのシルバの横に立つ。ボルグ程ではないがやはり多少は硬質化しているようだ。
エルヴィエルがくれたナイフは込めた魔力が霧散しつつあるせいか、ほとんど光を失っている。が、その刃の切れ味は健在だ。
しかしこれはあんまり使いたくないんだよなあ……。
セコいのではない。
切り札はとっておくから切り札なのだ。
こんなところで刃が欠けるなど、笑えないを通り越して惨劇と言っていい。
使うべき時には使う――ボルグの時は……まあ所持していなかった――が、本来の使い方である投擲でさえおいそれと使っていいシロモノでは無いのだ。
考えてみてほしい。
ぶん投げてどこかへすっ飛んでいってしまった時の事を。あの推進力だ、どこまで行くか分からない。谷に落ちたり誰かに持ち逃げされたり、凄い武器だが外した時のリスクが高すぎる。
イエロに投げようかとも思ったが奴の命とこのナイフが引き換えじゃ俺には安すぎる。仕留められるかの保証も無かったとなれば尚更。
意を決して解体作業に取り掛かろうとすると、背後から声を掛けられた。
「シルバと皆の仇を取りたい」
振り向くと、一人の男が俯いたまま拳を握り締めていた。
「イエロなんだろ。その薬かなんかを使ったっていうのは」
「多分ですけど、はい」
「牢屋行きでいい。俺は、このまま逃げたくねえ」
「お前」
「そうだろ。そう思うだろ!? 許せねえよ、あの野郎だけは」
「……そりゃ、俺だって」
「なあアンタ、俺にできる事は何だってやるよ、だから手伝わせてくれ」
俺はイエロを捕まえるのが仕事じゃないんだが。
傭兵だって言ったじゃん、兵士じゃないって。
しかし。
ちょっと考えてみる。
無理矢理連行するのはちょっとしんどいが、自分から着いてきてくれるなら話は別だ。
あまり役に立つとも思えないが生き残りの情報提供者としてミハイル様の何らかの役にも立つだろう。
それに何より。
こいつを切らずに持って帰れそうだ。
エルヴィエルの餞別
十歳でラスターがエルヴィエルと出会ってから別れるまでに貰った色々。例の首輪もある。魔族から渡された物はノーカンだろう、とキールには黙っていた。