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王国動乱 36

 さて。

 随分長いこと部隊の一員でいたような気がする。

 実際は大した長さでも無いんだが――。


 ま、いい。


 ロイ達が去った今、後顧の憂いは無い。

 契約責任は充分果たしたと思うし、ちょっと早目に解散させて貰ったようなもんだろう。


 壁際に転がった死体や床に飛び散った色々を避けながら歩く。

 松明はあって困ることは無いはずなので手に持ったままだ。


 エリオはああ言ってくれたが実際はちょっと違う。

 個人的理由と言えばそうだが、ミハイル様の利益にも叶う行動だと思っている。



 魔獣薬。

 巫女――シーティアに関わる問題。

 イーガンという男の話。



 どれを考えても無視するには惜しい存在なのだ。

 キール老人にミハイル様が依頼した件でも何か情報を得る事ができれば大きな進展に繋がるだろうし、王国に魔獣薬を投与された人間が解き放たれるなどネイハム様は決して無視できないだろう。


 俺がめちゃくちゃ怒られる可能性だってあるし。

 

 それに。

 仲間だったはずの人間同士が争って殺しあうというのは今の俺の神経を逆撫でする。

 頭にきたとかじゃない。


 あのイーガンという男の話が嘘じゃなければ、ここに転がった死体は俺にとって無視しても何とも思わないという存在ではない。


 もしも今後こんな事が繰り返されるよう事になれば俺はやっぱりあの時の事を思い出すだろうし、今ここで何もしなかった事をきっと後悔するだろう。


 シーティアやオーレにしてもそうだ。

 彼女達の役に立つのであれば立ってあげたい。

 ここで無視するような男が自分の騎士だと知れば――やっぱりそんな思いもさせたくないしな。



 一度探知で通った地形だ。

 そもそもこの洞窟全体の造りとして内から外へ向かう分岐は逆Yの字で迷わないようになっている。

 作られたのか自然にかは分からないけど。


 やがて粒子がその姿を捉える。

 ――五人、か?


 シルバを一人と数えていいかは分からないが。

 うずくまった彼らの横手は坂になっており、どうやらそこまで海水が浸入しているようだ。

 動きは無い。

 ボルグと同じで多分、終わりなんだろう。


 松明を消し、霧を最大に展開し静かに近付き範囲内に収める。

 壁に両腕を付いた姿勢で止まっているシルバはまだ微かな動きを見せてはいるが、ただそれだけだ。

 その姿勢のまま見下ろすように固まっている。





 

 ペール村の住人達は暗闇の中、ただ絶望していた。

 その頭の中にはまともな思考と呼べるようなものは無かっただろう。何故こうなっているのか、どうすればいいのか。助けてくれ、と。


 異形と化したシルバが次々に仲間達を屠っていく中、最後の願いも空しくやはり道は閉ざされていた。

 逃げ場など無かったのだ。


 生き延びた四人の内、二人はずぶ濡れになっている。

 一度水の中に飛び込んで逃げたものの、暗闇の中泳ぐなど到底不可能だった。

 同じく飛び込んだ者も大勢いたが、戻ってこない所を見ると彼らがどうなったかは考えるまでもない。


 潮の動きに飲まれ、海面も分からず闇の中へ沈んだのだろう。

 シルバに殺されるのとどちらが幸せだったか。

 恐怖に負けて引き返した二人は賢明だったはずだ。

 ただし今は火種も尽き、上から微かに聞こえる獣の息遣いに断頭台に上ったのと同じ恐怖を味わっている。


「あんた達、無事なのか」


 突如として聞こえた声は一体誰が発したのか。

 この状況で声を出す度胸の据わった者から襲ってくれ、と震えながら祈る。

 

 キッ、キッ、と硬質な音が鳴り響き、火が燃える音がするが、誰も顔を上げることはなく、目を開けることもできない。


 やがて薄っすら目を開けた一人が松明の明かりを目にし、そして目の前に立つ獣を視界の端に入れる。


「うっ、ああああああ」


 叫び声としてはひどく掠れた弱々しい声を発し、這ったまま逆の壁際へとのろのろ逃げる。

 その動きに触発され目を開けた他の二人も同じように這いずり、シルバの眼下から逃れる。


 クレアだけが残っている。

 その目は閉じていない。

 最初から閉じてなどいなかったのだ。

 涙の筋が残る顔で、静かな目でじっとシルバの目を見つめ続けている。


 震える男達がクレアを引き寄せようと手だけ伸ばす。

 無論届きはしない。

 それでも、守ろうとする意思は残っていた。

 せめてクレアの盾になるつもりで固まっていたのだ。

 皆が最優先で守ろうとした少女を。


 


 ゆっくりとローブ姿の男が近付いていく。

 そこで初めて男達はその存在に気付いたかのように目を見開く。

 あの存在に向かって進む人間。

 誰であろうと構わないから、助けて欲しかった。


 男が片手に握った刃物の柄から、指に隠れていない部分からわずかに青い光が漏れている。

 シルバと正対したままゆっくり回りこんだローブ姿の男が松明を床に置き、クレアの傍まで行くとやはりそろそろと片膝を付き、左手でクレアの右手を掴む。


「立てるか」


 シルバを見上げたまま男が声を出す。


 何も起きない。


「立つんだ」

「いや」


 明らかに助けてくれようとしてるじゃないか。

 声にならない叫びで男達は必死でクレアを諌める。

 逃げろ、そいつの言う通りだ。


「おい」


 焦れたような男の声と共に、力を込めたのだろう、クレアの上体が少し持ち上がる。


「邪魔しないでよ!」


 突然金切り声を上げたクレアが激しく身を捩り、拘束から逃れようとする。


「ヒッ」


 その衝撃でシルバが再び動き出すような気がしたのか、壁際の男の誰かから悲鳴が漏れる。

 だがシルバは動かない。


 ――いや。動いた。


 ローブの男は一瞬で飛び退り、距離を取っていた。

 だが、それ以上の動きは無い。

 シルバもまた微かに身を捩っただけで、再び硬直している。


「……ったく、何だよ」


 フードを撥ね、男が顔を出す。

 この場にそぐわない緊張感に欠けた声。

 あろうことかナイフを握ったその手を構える事もせず、ガシガシと頭を掻く事に使っている。


 

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