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王国動乱 35

 どんどん暴れ方が激しさを増していくシルバを押さえ込むのは不可能、とペール村の住人達は撤退を決めた。


 どうにかしてやりたいのは山々だが、シルバに望まない殺戮をさせるだけになっても何も良い事など無い。

 イエロを捕まえる。

 長老衆、そして男達は負傷者や戦力にならない人間達を先に脱出させ、奥へと斬り込むと決めた。


 だが殿を受け持ち広間へ飛び出したその先で、仲間達がパニックになっている。

 逃げ出せたのはおそらくシルバがまだ最後の抵抗をしてくれているおかげだ。グズグズしていれば全てが無駄になってしまうというのに。


「おい、何をモタモタしてんだ!」

「罠だ! 罠が仕掛けてあるんだよ、畜生!」


 涙まじりに叫んだ痩せぎすの男の腕には、首から血を流し胸まで真っ赤に染め上げた男の姿があった。

 同じく血で染まった喉を押さえた手の間からは今も血が滴り落ちている。


 だがその勢いは弱々しく、もはや助からない事が一目で分かる。


「何だってんだよ……あっちの道は!」


 入ってきた道に罠が仕掛けられている。

 それは分かったものの、だからといってここに留まる判断にはならない。


「あっちは崖なの! ロープが垂れてないと登れないし、この時間じゃ海に埋まってるかもしれない、イーガンじゃないと――」


 クレアが叫ぶ。

 理解しにくい物言いだが、そこから脱出できないという事をクレアは知っているようだ。

 だとすると道は一つしかないが、そこは今から斬り込む予定のイエロ達が居るであろう場所なのだ。


「ぐっ……」


 イエロに嵌められたのだ。

 ここに来たのは自分達の意思だが利用された。

 シルバをあんな姿に変え、自分達を招き入れて閉じ込めた。

 あの先に逃げ込んでも、当然罠もあれば配下の兵力も待ち構えているだろう。


 何故、と思うがシルバが裏切ったという事は聞かされていたのだ、そこは疑問ではない。

 どうしてここまでするのか。

 イーガンとクレアの話では確かにシルバはイエロに剣を突きつけたが、解散と言っていたし反逆というよりは逃亡の為の離反だ。


 それすらも皆殺しになるという事なのか。

 王国の刺客が襲ってきたという話を合わせて考えると、口封じという答えに行き着く。


「くそったれが」


 イーガンはこうなる事を知っていて付いてこなかったに違いない。

 何も言わなかったあの態度は罪悪感のせいか。


「くそったれが!」


 シルバを見捨てる気など無かった。

 今も、責める気持ちは不思議と浮かんでこない。

 どう考えても、シルバは自分達を逃がそうとしていてくれたのだから。


「オオオオォォォ!!」


 空気が震えるような獣の叫びが聞こえる。

 

「お前ら! 立て! あっちに逃げ込め、俺達が必ずシルバを止めてやる!」


 クレアが行き止まりと言った道にも罠は仕掛けてあるかもしれない。

 だが奥まで行く必要は無い。

 入り口の罠さえ破ればそこを背にして自分達がシルバを食い止める。


 これ以上シルバにも仲間達にも被害を出さない為にも、シルバを止める必要がある。

 止めてやるのだ、仲間として。


 長老衆も剣を抜き放ち、逃げ込んだ住人達を庇うように防衛線の一枚として並ぶ。

 壁を破壊する断続的な音と共に、異形と化したシルバが姿を現す。


 小さく呻きを繰り返しながら黄色く爛々と輝く瞳が彷徨うように辺りを見回し、居並ぶこちらで止まる。


「やってやるよ」


 震えを含んだ声が後ろから聞こえる。

 馬鹿にする者など居ない、全員がもはや意思を持たぬであろう獣と化したシルバの瞳に、凶暴な敵意を感じ取っている。


 逃げ出したい気持ちはある。

 しかし、そのあてが無いから頷かなかったのだし、何より見捨てていくものは余りにも大きい。


「オオォォォ!」

「うおおおお!」


 互いの叫びが交わり、シルバが地を蹴った。









「……おいおい、派手にやったな」


 束の間の沈黙の後、バリエが口火を切る。

 広間には静寂が戻っていたが、一部に凄惨な光景が広がっている。

 充分とは言いがたい光量の炎の揺らめきと、所々に落ちる影のおかげでその凄惨さの全てを目にする事から解放されているのが救いといえば救いか。


 だからこそおぞましい、とも言えるが。とにかく危惧された行く手を阻む障害が無いのは有り難い。

 目的の通路へ駆け寄り確認していたエリオが声を上げる。


「ハイデン達は鋼線を仕掛けていったようだ。見ろ、誰か引っ掛かったみたいだ。俺達へのメッセージのつもりもあるかもな」

「何? まだ張ってあるということは、連中はどこに行ったんだ?」


 死体は幾体も倒れているが形を留めている。

 中には頭部がひしゃげたものもあるが。

 あの化け物の死体も見当たらないし、目にした住人達と死体の数も合わない。


「しゃがんで潜っていったんじゃないのか?」

「いや、こっちに死体が続いてますよ。さっきの話じゃ、逃げようとして罠に引っ掛かったんでこっちに逃げ込んだんじゃないですか」


 壁から取ったのだろう、ラスターが松明を翳して崖へと通じる道を照らす。


「て事はまだこの奥に居るって事?」

「どうします? 化け物を外に解き放つっていうのも考えてみたら任務の続行って事になりません?」


 確かにそうかもしれない。

 軍を動かしたくないミハイルの事情を考えれば、捕捉はロイ達の任務になるかもしれない。


 エリオとバリエが厄介そうな表情をする。


「いや、だとしてもここまでだ。それならそれで指示に従うまでだが、これ以上は危険が大きすぎる。何より指令にあんな奴の討伐は含まれていないからな」


 これ以上は流石に独断が過ぎる。

 任務は成功と見ていいだろう。確かに王国に危険をもたらす存在を発見しながらむざむざ見過ごしたとなれば手落ちと言われても仕方ないが、元々やり過ぎた程なのだ。


「じゃあ後は戻って報告するだけですか?」

「そうだな。ゼナの事もある。ひとまずミハイル様のご意思を確認したい」


 あらかじめミハイルが予定地域一帯に分散して埋蔵を手配していた食料や物資も心許なくなってきている。ロイ自身、初めて部隊を分割して運用するという手法を選んだ事の是非を仲間に問うてみたかった。

 勿論、それには完全な形での帰還が必要だ。


「じゃあ、ハイデンさん達が仕掛けていった罠、解除していって貰ってもいいですか?」

「……どういうことだ」


 エリオとバリエもこちらを見ている。

 ラスターの言葉の続きは本当は聞くまでもない。


「契約的には微妙な線かもしれませんけど……。ひとまず俺は果たしたって評価になりませんかね?」

「いや、それは文句ないだろう。こちらからも言い添える」

「承服しかねる指示には従わなくていいって奴、あったじゃないですか。あれ、使ったことにして下さい」


「何故だ?」

「うーんと……俺には俺で放置できない理由があってですね。多分ロイさん達と俺の利益が噛み合うのってここじゃありません? ロイさん達は安全に帰還できるし、俺は気になる化け物をまた探すハメにならなくて済むし」


 その言葉にロイは顔を険しくする。

 理由。ルンカト公から何か指示を受けているのか。

 それに、自分達だけ安全に帰還できると言った言い方も他意はないかもしれないがどこか棘が刺さるように感じられる。


「お前――」

「ロイ。ラスターは魔獣に対して思う所があるのかもしれん」


 エリオがロイの肩に手を置き、遮る。

 例のターミルの一件か。

 しかし――。


 しばしの逡巡。


 やがてラスターを見つめていたロイが口を開く。

 

「俺が付き合おう」

「ロイ」

「有難うございます。でもそれだとやっぱり不誠実になっちゃうと思うんで。傭兵の個人的理由で部隊を巻き込むのは遠慮させて貰います」


「お前が言い募る限り無理にでも付いていくと言ったら?」

「エリオさん、バリエさん、引き摺ってって下さいよ」


 苦笑しながらラスターが後ろの二人に言う。

 不思議な感覚に囚われた。

 ロイは本気で目まぐるしく変化する目の前の事態に対応しようとし続けている。


 だがラスターには一切張り詰めた所がない。

 どこかにいつも余裕がある事に今更気付いた。

 この違いは一体どこから来るのか? 傭兵との違いという奴なのだろうか。


「仕留めるつもりか?」

「冗談よして下さい。俺はそこまで馬鹿じゃないつもりです」

「……カザで会おう。約束だ」

「はい。必ず」


 道理としては間違った選択では無いはずだ。

 むしろ間違えているのは無理にラスターを帰還させようとする自分の方だという自覚がある。


 ミハイルの手の者としてはラスターの選択を歓迎こそすれ拒む理由など無い。

 エリオとバリエはむしろこんな自分を不思議がっているかもしれない。


 罠を解除し自分の方を窺いながら進む二人の後に続きながら、生まれてしまった思考の齟齬は何が原因だろう、とロイは考え続けていた。


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