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市場に舞い降りた女神 1

登場人物紹介

 ドレン……ターゼント市場の現場を仕切る親方。職人気質で短気。


 ゼン……ターゼント市場の警備責任者。小心者で、要領が悪い。


 ダクレー……ターゼント市場の警備員。


 コモーノ……ターゼント市場の上客である商人。

 ターゼントの市場は早朝から賑やかだ。

 最も客で賑わっているわけではなく、多数の交易馬車と商人、人足、水揚げされた魚介や食料品というむせ返るような商売の活気だ。


 レプゼント南部からの物資は一度このターゼントへ集められ、周辺の村や交易拠点となる近くの都市へと振り分けられていく。

 ここでの売買は商人同士の取引が主な物となっている。

 太陽が昇り、地平と中天の間で明るく輝く頃。


「ドレン親方! 国境砦への荷の準備終わりました!」

「おう、もう出発するように伝えろ。今日はきっちり戻りしなに修理品積んでくるように言っとけよ!」


「すんません親方、番小屋が手が足りないって言ってきてるんですが」

「ああ? なんでだ」

「何人だか昨夜腹下したらしくって」

「朝のうちに言わねえかバカヤロウ!」


 まったく、使えねえ。よりによって今日だと。

 なんだってこう、いつもいつもくだらねえ事で俺を疲れさせるんだ。


 ドレンは盛大にため息を吐きながら番小屋へ向かう。

 街の警備は委託された傭兵団の人間が行っている。

 都市の正規兵とは違い、問題が起こることも少ないこの街の警備にあたる傭兵はのんびりしたものだが、それでも番小屋の連中と比べたら随分と立派なものだ。


「おい、ゼン! 何人足りねえんだ」

「あ、親方。すいません、あいつら今になってやっぱ腹いてえって言い出して……」

「いいから何人足りねえか言え!」


 覇気のカケラもない番小屋の責任者の目がオドオドと泳ぐ。

 この街でドレンになんとか食わせてもらっているうだつの上がらない男だ。

 いえ、2人……などとモゴモゴ消え入るような声で呟いている。


 クソッ。どいつもこいつもロクでもねえ。

 もう時間がねえってのに。


 荷が出揃った市場ではそろそろ売買の取引が始まる。

 決められた流通品以外の余剰商品を買い付けるため、商人たちはここから素早く人足と買い付けに走る。


 市場全体の警備は、責任者であるドレンの管轄だ。

 盗難などの対策として、決められた人数の警備を各所に配置しておくことは市場と商人たちとの間に交わされた契約条項でもある。


「なら倉庫から誰か若いのを引っ張ってこい。俺からだって言やぁいい。急げよ」

「へい」


 市場が閉まる午後まで、突っ立ってるだけの仕事なんざ誰でもできる。

 金がありゃあ、もっとマシな傭兵でも雇うのによ。

 首を振りながらドレンは取引所へと急ぐ。



 周辺の村へ戻る商人やターゼントで商売をする商人など、小口の取引以外にも大口の取引をする商人がいる。

 王都に本拠を構えるブロンズ商会は、このターゼントにも商売の手を伸ばす大店だ。


 王都デイカントからレプゼント南部最大の国境都市ルンカトまでの国としての国内流通ルートは、ブロンズ商会が一手に引き受けている。

 商売に携わる者にとって王国御用達の肩書きを持つ権威なのだ。


 ドレンはブロンズ商会の旗が付いた馬車の方へと急ぐ。


 ターゼント市場は、朝のうちに周辺の村から届けられる食料品などを一手に買い取っている。

 そうすることで物資の安定した供給を図ると共に、村々にも安定した収入をもたらすという相互利益を生んでいる。


 そんな市場にとって大量の商品を扱ってくれる大口取引客は、決して無碍に扱っていい相手ではないのだ。


「コモーノさん、お待たせしてすみませんね。いつものとこに用意してますんで、どうぞ」

「今日も良い商品を期待してますよ」


 ドレンはこの男が嫌いだった。

 すましているが、市場の人間も、ターゼントの人間も、ここに集まるもの全てを見下している。

 コモーノ自体は大した男ではない。

 ルンカトから王都へ向かう商会馬車団の商売の一部として、ここへ買い付けに寄越されている使いっ走りだ。


 週に2度、この男と顔を合わせるわずかな時間がドレンを憂鬱にさせる。

 それでもブロンズ商会の旗を立てた相手には違いない。


 いっぺんゼンのヤロウと代わってやりてえ、ドレンはそう思う。




 ターゼント市場の倉庫の荷運び作業は市場の従業員のほかに、数名の日雇いで行われる。

 食料品以外の余剰物資は一旦この倉庫に収められ、翌日朝の分の規定の流通品は別の倉庫へと用意される。


 小遣い稼ぎのようなこの日雇い仕事は、手に職を持たない者にとっては手軽に参加でき、かつ好きな時に参加できるので参加者が絶えることは無いが、いかんせん重労働のため毎日のように顔ぶれが変わる。

 そんな中継続して参加し続けるラスターは、市場の人間にとって貴重な働き手として有り難がられていた。


「おはようさん」

「おはようございます」


 市場に正式に雇われないか打診も受けたが、ラスターにとっては心外極まりない。

 日雇い人足の間で「日雇い長」なる不名誉な称号で呼ばれるのもシャクだが、市場の職員人生というのはさすがに考慮に値しない。


「えっと、今日はあっちの台車からでいいんですよね?」

「おう、頼むわ。今日はお前以外の連中がダメそうだからよ、きっちり指示してくれや」

「時間になったら始めときますね」


 段取りは完璧だ。

 倉庫担当の人間もラスターが来ない数少ない日以外は、ラスターに任せるようになって長い。

 その分わずかに手当てが多いのもやめられない一因となっている。

 肉体労働は単純な筋力鍛錬としても都合が良い。



「んじゃ始めますかー」


 号令と共に動き出す。

 年齢的には皆ある程度動けそうだが、何をどうするかはラスターの指示が必要だろう。

 普段見かける顔が無い。こういう時は自分がサッサと動いて片付けていくのが楽だ。



 荷の運び出しを片付けてしまえば今日届いた分の搬入作業に移る。

 空になった翌日分の倉庫へ荷を運ぶ2名を選び、残りで物資を台車から降ろす作業を始めるが、慣れたラスター以外は皆辛そうだ。


「キツい時は無理せず休み休みやって下さい。体壊しても手当ては変わんないですからね」

「悪いね、アンタばっかり働かせてさ」

「ここからはゆっくりでいいんですよ。もう出て行く分は無いんで」


 両肩に麻袋を担ぎ倉庫用の台車へと乗せていく。

 別に良い格好をしたいわけではなく、本当に無理する必要はないとラスターは思う。

 だからしょっちゅう顔ぶれが変わって、時間も人手も余計にかかるのだ、と。


 作業を続けていると先程の倉庫担当と、番小屋の責任者がやって来た。


「ラスター、お前と、そうだな、あー……アンタ、来てくれ」

「なんです?」

「取引所の警備に2人必要だとよ。悪いがゼンについてってくれるか」

「すまん、すぐ来てくれ。警備に穴開けたらどやされちまう」


 倉庫担当が指示を出し始めた現場を後に、小走りでゼンに着いていく。

 比較的元気だった男と自分が抜けた現場で、担当者が無理に作業を進めなければいいが。


「ラスター、ブロンズ商会用の荷を積んでる場所、わかるだろ?」

「はい」

「あそこ行ってくんねぇか。ダクレーがいるからよ、アイツから聞いてくれ。時間ねぇから俺はコイツ連れてくからよ」

「わかりました」


 取引所のほうへ足を速める。

 あまり気は進まないが、仕方ない。ゼンのことは嫌いではない。悪い男ではない。


 一際広く区切られた区画に着き、ダクレーを探すが見当たらない。

 間もなく始まる取引を前に行きかう人間の数もかなり多くなっている。


「あれ、どこだ?」


 ダクレーのことは知っているので探知を使って探してもいいのだが、個人を特定するレベルの探知をこれだけの人混みの中で使いたくない。

 入ってくる情報量の多さが負担になる。


 なんだよ、と思いながら足を止め後頭部をガシガシと掻く。


「おっ、どうしたラスター。もしかしてダクレーの代わりってお前か?」

「そうなんですよ。ダクレーさんどこ行ったか知りません?」

「アイツならついさっきすっ飛んでいっちまったぞ。これ、腕章な」


 笑いながら職員は腕章を手渡すと足早に去っていく。

 取引開始の鐘が鳴り、仕方なく腕章を着ける。

 何すりゃいいかわからんけど、警備なら適当に見張っとくか。

ターゼント市場

 レプゼント王国南部の物流ステーションの役目を担う、ターゼントの存在理由。南部の物資を全国に発送する市場であり、多数の商人が集まる。


王都デイカント

 レプゼント王国王都。地理的にも王国の中心部に存在する王国最大都市。


都市ルンカト

 南部最大の都市。南部西方の国境にある。レプゼント王国を走る南北を繋ぐ主街道の終着地点。

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