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王国動乱 33

 騒音が聞こえる部屋の入り口に素早く取り付いたロイは、一瞬だけ中の気配を探ると一気に踏み込む。

 左手で等間隔、という合図を後ろに続く仲間に送る。


「ぐわああっ!」

「やめろ! 分からないのかシルバ!」


 何かが砕けるような鈍い音と怒号、悲鳴。

 緩く湾曲した壁のせいで反響していた音がもうはっきりと聞こえる。

 間近に人の気配。


 それでもまるで自宅のような気安さで躊躇無く歩を進めたロイは松明の炎に照らされた人影が踊る中、目の前の一塊になった背中越しに異様な光景を目にする。


「なっ」


 思わず声が漏れる。

 隠密の意味も無い程はっきりと声を出してしまったが、目の前の光景に取り憑かれたかのように硬直している背中達は一切の反応を見せない。


 続くエルイ、サントゥ、パーグも視認した気配だ。

 武器を構えた男達が化け物を牽制している。


「くそっ! どうすりゃいいんだ!」

「シルバ、負けねえでくれよ!」


 振り返ると大きく後退のサインを出す。

 すぐに広間に飛び出すと状況に変化が無いことを確認し、束の間考え込む。

 

 どうすべきか。


 状況はおそらくだが、掴めた。

 例の魔獣薬とやらだろう。

 ペール村の住人とシルバだけの気配。あそこは意味が無い。


「ロイ。ラスターが向こうの奥を探りに行った。五分はあそこを保持する約束だ」


 駆け寄ってきたエリオが告げる。

 

「分かった。エルイとサントゥ、パーグはハイデン達と合流。状況を説明してくれ。即撤退。ルパード、預けるぞ。ここからは別行動だ」


 寄ってきた支援班にも指示する。


「おい、どういうことだ?」

「化け物だと」

「エルイ、ハイデン、頼んだぞ。カザで会おう」


 それだけ言い残すと振り切るようにロイはラスターの向かった入り口へ駆け出す。

 一瞬遅れてエリオが、そして「じゃ、後でな」と言い残しバリエが続く。


「……チッ。聞いたな、撤退だ」

「ルパード!」

「エルイ、移動しながら説明を」


 非難するゼナの声を無視し来た道を引き返す。

 ロイの顔には迷いが無かった。

 あの顔は、いつものロイだ。






 クレアは両手で口を押さえ、祈るように涙を流していた。

 傷ついていく仲間達。

 傷付けるのは他ならぬシルバ。


 

 全て忘れて生きろ。

 許してくれ。



 明瞭とは言いがたいが紛れも無くシルバの声だった。

 解散と言った言葉の真意も、化け物へと姿を変えた事情も、何一つ分からない。


 それでも、命を振り絞るように伝えたシルバの最後の言葉には確かに意思が込められていた。

 誰も、置き去りにしようとはしなかった。


「下がれ下がれ! お前らは下がってろ!」

「村へ戻れ、ここは俺たちだけでいい!」

「イエロの野郎を探し出せ!」

「団長、俺達はここです!」


 今でも何かに抗うようにシルバは時折動きを止める。

 うおっ、うおんと篭るような鳴き声を上げながら。

 長く変形した両腕を壁に叩きつけ、突進し、自らを破壊するかのような動きを見せる。


 その様子を皆理解している。

 吹き飛ばされた男達が他の人間によって引き摺られ、また代わりの男が立ちふさがるように飛び出していく。


 クレアには何をすればいいのか分からない。

 ただただ目の前の悪夢が終わって欲しい、あの優しいシルバに戻って欲しいと願うだけだ。

 耐えたその先に何かがあるのだと、皆信じている。


 ――イーガン。助けてよ。シルバを、皆を助けて。


 いつも支えてくれた存在は隣にいない。






 完全な暗闇だが、幸いにも一本道だ。

 壁に松明は掛かっているが、まだ油の焼けた匂いが残っている所を見るとどうやら追ってこれないように消していったのだろう。


 曲がりくねっているせいで探知が充分前方まで行き届かないが、俺には明かりのある視界よりも先までよく見える。


 二分半でこの先の状況を確かめなければいけない。

 足音もこの際どうでもいいな。思い切り走るぞ、俺は。


 と意気込んでみたはいいものの、あっけなく粒子が開けた空間を捕まえる。

 途切れ途切れに動く人間の姿。

 分かれ道になっているが、複数の人影が一つの道に吸い込まれていく。


 何かを抱えた人間と、布を被せて松明を消していく最後尾の人間。

 とすると残りの入り口、粒子が跳ね返ってきた限りでは部屋の造りをしているが、隠れている人間も居ないってことかな?


 考えてる時間はないか。

 飛び込み、霧を最大に展開して探る。

 乱雑に散らかった形跡、開け放たれたままの木箱。

 何かを引き摺ったような傷跡。

 床に投げ出された袋、空になった棚。


 人間の姿は無い。

 これは撤収してるのか?

 夜逃げみたいだけど……。


 まだ数十秒はいけるな。よし。

 

 限界まで先を探る。

 その後は地獄のダッシュが待っているが。

 でも遅刻するとちょっとあれだな。

 十五秒にしとこう。


 先に消えていった連中の姿を探知で追える距離を維持しながら進む。

 随分遅い。

 あーくそ、もう戻らないと五分に間に合わない危険性がある。


 しかし一応どういう動きをしているかは伝えられる。

 奥に何かあるということだ。

 ただしそれが分からなかった以上、ロイ達にこっちへの進軍を勧めることはできない。


 もどかしいな。

 

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