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王国動乱 32

 やるべき事か。

 最大限度の粒子を撒き散らして得た情報として、まず騒音が聞こえる部屋の奥では多数の人間がひしめき合っていることが分かった。


 全貌までは分からない。

 が、争いになっているのは間違いない。

 しかしロイ達がむざむざその中に飛び込むはずもない。

 俺が干渉するまでもなく、放っておいてもいいだろう。というより着いていってもやれることなどロイの判断に従う以外何も無いと思える。


「エリオさん、バリエさん」


 前回突入した際に踏み込めなかった入り口。

 おそらくこの地下洞窟の心臓部と推測される道の両脇で様子を窺う二人の元へ素早く駆け寄ると、声を掛ける。


 張り付くような姿勢の二人が視線をこちらに向ける。

 道の先の方は下へ傾斜しながら暗闇に隠れて見えない。


「ロイさん達の方よりこっちが重要です」

「何故だ」

「あそこにイエロがいればそもそも退路を、まあ奥に通路が無いとも限りませんが、退路を押さえているのはこっちです。危険を冒して突っ込む意味が無い」

「……確かに、そうだな……」


 エリオとバリエが瞬時に理解を示してくれる。


「ロイさんだって様子を見て少しでも危険を感じたらすぐに退くはずです。問題はその後です」


 この時点で俺の言いたいことが完全に分かったらしい。二人とも険しい顔つきで互いを見る。


「二択……三択か?」

「あの崖に通じる道もあるが」

「いや、イエロ一本に絞るならあそこは開けても問題ないはずです。イエロさえ仕留めるなら」


 この広間を押さえている今の状況は実に有利なのだ。

 あの部屋で何が起こっているのかは分からないが、狭い通路に敵が押し寄せる限り、ロイ達の実力なら数の差はそこまで問題にならない。

 退きながらでも戦える。


 グズグズして外から応援が来れば事だが、どの道ハイデン達が押さえている通路にいつ外から敵が来るか分からない以上、もう一本道を押さえておく事は分散のリスクもあるがメリットも大きい。


「いけそうですか?」

「いけるだろう。だが、この奥の状況が不明な以上挟み撃ちのリスクを増やすのはまた賭けになる。その判断はロイがする」


 それもそうなのだ。

 安全を取ると方針を決めた以上、俺の言っていることは最善の方針とはならない。安全を取るならあの崖に通じる道を押さえた方がまだマシだ。


 だが……。

 俺の頭の中にはあのイーガンという男から聞いた話がある。

 詳しく伝えはしたが、俺とハイデンと他の人間ではやはりどうしても細部の理解度に差がある。


 勿論デタラメという可能性も捨てきれないが。

 もどかしい。

 部隊の安全という考え方に違いもある。


 傭兵の俺が考える部隊の安全とは、少数を高い危険に晒して全体の安全度が増すならそれが正解という考えもあるのだ。

 それを押し付ける気はない。

 しかし。


「五分、ここを押さえてて貰えませんか」


 二人の動きが止まる。

 元々動いてはいないが、張り詰める、と言い直そう。

 

「…………五分は約束しよう」

「お願いします」


 それだけ言い残すと地下へ下っていく道に飛び込む。粒子でこの先しばらく何も反応が無いことは分かっている。


 あの二人も色々考えた上で、引き受けてくれたのだ。

 この先の展開は共有できたはずだ。

 退却にせよ退路を押さえて殲滅にせよ、五分のリスクなら負えると。






「……シルバ?」


 皆、息を呑んだように静かになっている。

 ひしゃげた鉄格子の中にいるシルバの姿を見た住人達は最初怒りに包まれたが、次第に異変を感じ取り、今ではおそるおそる様子を窺うだけだ。


 イエロの姿も無い。

 ここに案内はしたがペール村の住人達に「この先だ」と言ってうながしただけで、ここに入ってきてはいない。



 イエロは放棄を決めた。

 予想外に異常な変異を見せたシルバに自分の失敗を悟り、ペール村の住人が押し寄せた事をきっかけに未だ回収の終わっていない隠し金をあきらめたのだ。


 既に船への積み込みはあらかた終えている。

 金への執着よりも、商人としての冷静さが上回ったのだ。

 

「シルバの裏切り」


 ワイトへの報告はこれだけでいい。

 自分を憤激させた罪は最後にあの対面を演出すれば充分だ。

 その目論見を知らない住人達は、シルバが獣と化した事を知らず触れようとしている。



「……団長? どうしたんですか?」


 両膝を付き、うなだれながら壁の方に顔を向けている背中、後姿は確かにシルバだ。

 肩が上下している所を見ると生きている。

 住人達が求めていた姿を見つけたのにおそるおそる声を掛け立ち尽くしているのは、この場所、鉄格子とその中に見える岩壁の破壊跡に慄いているからだけではない。


 はっきりと、感じ取っている。

 反応しないシルバ。

 見慣れない場所。

 力の痕跡。


 何かが起こっているのだと、否が応にも自覚せざるを得ない。


 そして何より、生物として本能が告げる。

 

 ――下がれ、と。

 

 

 爪先を軸に、上から糸で繰られているような不思議な滑らかさでスッ、とシルバが立ち上がる。


「だんちょ……」


 先頭の男の声が引き攣ったような呻きと共に途切れる。

 グルリと首を回したシルバの首筋と顔は、何かの果物のように血管が太い筋となって浮かび上がっていた。


 赤黒い肌に浮かぶ怖気を振るうような凹凸の紋様。

 黄色く変色した瞳は虚ろで、虹彩が消失したかのように作り物めいている。住人達全員の目に写ったその姿に、面影など微塵も感じられない。


 シルバの左手が音も無くゆっくりと鉄格子を掴む。

 伸びた手の長さは人間のそれでは無い。

 三つの節を持つように変形している。


 一瞬で恐怖が伝播する。

 が、理解が追いつかずすぐに動けた者など居ない。

 搾り出すように悲鳴の震えがせり上がる中、それは静かな空間にはっきりと響いた。


「に……ゲ、ろ……」


 紛れも無く、シルバの声だった。


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