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王国動乱 29

登場人物紹介

 トマス・ガラン……王国西部で穀物商として店を構える商人。


 ヨハン……ガラン商会の番頭見習い。トマスに可愛がられている。

 王都から西に一時間ちょっと。

 距離換算すればそんなものだが、それは騎兵の速度のそれであり、足の遅い馬車では街道を縫って移動するあれこれもあって優に二時間は越えていた。


 穀物商のトマス・ガランは西部都市エンスタットを中心に、王都ルンカトを始め各地へ西部の穀物を卸す商いを二十年は続けている。


 父の父の代から続くガラン商会はそれなりに大店といって良いだろう。

 西部では、だが。

 トマスは王都で普段より余計に時間が掛かってしまったこともあり、最近痛くなり始めた腰をさすりながらため息を吐く。


「旦那様、腰が痛むのですか」

「ああ、大丈夫だ。気にしないでおくれ」


 ガラン商会に住み込みで雇っているまだ十六歳の番頭見習い、ヨハンが気遣ってくる。

 面倒を見始めて二年になるが、利発な少年で見込みがある。


「随分時間が掛かってしまいましたね。これでは余計に人足への出費が嵩んで……頭が痛いですね」

「全くな。その分請求したいところだよ」


 ガラン商会は下請けに近い。

 西部産の穀物の王都への仕入れはブロンズ商会が行っているのだが、その購入と輸送をガラン商会に委託している格好だ。


 こればかりはトマスが自分で届ける必要がある。

 ガラン商会最大基盤となっているこの仕事に不備は許されない。

 しかし今回はいつもなら荷の検品もさほど時間が掛からないはずの受け渡しにやたら時間が掛かってしまった。

 勿論こちらに責任は一切無い。


「もうしばらく辛抱なさって下さい。足を止める訳には参りませんので」


 賢い子だ、とトマスは思う。

 自分の腰の痛みにすぐ気付く所や、さり気なく経費の話題を出す事で遠まわしに我慢して貰うよう気を回す所など、将来性のある商人になるだろう。


 大型の荷馬車を三台引き連れ、西部への主街道を進む。

 エンスタットへ持ち帰る商品を積んだ馬車の護衛も兼ねた傭兵人足は、最も経費の掛かる部分だ。

 行きはブロンズ商会への誠意として、帰りは自らの財産を守るためのものとして、ここはケチる訳にはいかない。



 やがて西部方面の街道警備詰め所が見えてくる。

 ここまで来ればエンスタットは近い。

 いつも詰め所で暇そうにしているだけの兵士がもっとやる気を出してくれれば、といつも思う。

 まあ、言っても詮無い事だ。


「旦那様、ようやく見えて参りました」

「着いたらすぐ休んで構わないからな」

「いえ、私は平気ですので、旦那様こそすぐお休み下さい。帳簿と納品はやっておきますので」


 ガラガラと詰め所を通り過ぎる。

 いつもなら形だけでも兵が立っているのだが、今日はその姿すら無い。


 トマスは思わずムッとする。

 文句など言えるはずも無いが、言ってやりたい。

 十六歳のヨハンを少しは見習ったらどうだ、と。


 と、人足を兼任する傭兵が後ろの馬車から素っ頓狂な声を上げたのが聞こえてきた。

 なんだ? と思わずヨハンと顔を見合わせる。


「止まれ! トマスさん、大変です!」

「どうしました?」

「つ、詰め所の中が……」


 トマス達の御者台まで駆けてきた傭兵はそれだけ言うと、詰め所入り口に集まって立ち尽くしている他の傭兵達の背中に駆け去って行く。


 手綱を握ったヨハンと再び顔を見合わせたトマスは待っていなさい、とヨハンに言い残すと御者台から降りる。

 クネクネと身を捩るように強張った腰をほぐしながら近付いていく。

 ついでに肩もほぐそうと右手を回しかけた所で、傭兵達の背中越しに詰め所の中が視界に飛び込んできた。


 左手を右肩に当てた格好のまま固まる。

 ほぐした体が一瞬で硬直する。

 

 詰め所の中、一見しただけでは分からないが、奥の壁にベットリと赤い何かが付着している。


 倒れている数人の兵士の姿。

 のどかな西部には似つかわしくない冷たさが、確かに感じられる。

 ゴクリと唾を飲み込み、一体これは何だ、と自問する。


 踏み込んでいきかけた傭兵の上げた声に反応してその視線の先を追うと、そこには草むらから飛び出した手だけが見えていた。


 怖気が走る背中に冷たい汗が滲む。

 ヨハンを馬車に残してきて良かった。

 こちらに来ないよう、もう一度注意しなければ。

 そう思うが、体がすぐに動かない。

 口を開くことができない。

 これはあの子には、見せてはいけないものだ。

 絶対に。







「シルバさんを出せ!」

「おい、そこを通せよ! イエロって野郎はどこだ!」

「それ以上前に出れば容赦しねえぞ。下がりな!」


 ヴァイセント同士の言い争いは熱を帯び、一触即発の空気を孕んでいる。

 互いに武器を構え、牽制し合っている。


「……どうする」

「こういう、扇動みたいなのって経験あるんですか?」

「いや……こんな状況は初めてだな」


 騒ぎのすぐ近くまで忍び寄ったサントゥと小声で会話を交わす。

 自分のナイフ投擲に期待された結果だが、サントゥと一緒に選ばれた理由はもう一つ、見た目があの中で一番悪人面という納得し難い理由も含まれている。


 ちょっと厳しいな。

 火を付けるならペール村住人側だろう。

 本拠地側には打って出る必要性があまりないはずだ。

 しかし、位置取りができない。


 俺がやるにしろ洞窟側から投げないと、背中に刺さったら不自然だ。

 ただそんな位置に移動するのは不可能だ。

 絶対ばれる。


「なんかほっといても始まりそうではありますけど」

「無理するこたないんだ。チャンスがあれば、だからな」


 ロイ達は争いが始まったら乱戦に乗じ、奥へ突っ走るつもりだ。

 勿論村の住人の進撃をサポートしながらだが。


「ちっ。偉そうなのが出てきたぞ。どうせならイエロが出てくればいいものを」


 サントゥの言葉通り、入り口を固めるヴァイセントの後ろからヒョロ長い体格の商人風の男が前に出てこようとしている。



「ペール村の諸君。用件を聞こう」

「スカシてんじゃねえ! シルバは無事なんだろうな」

「無論、無事だ。というより、何故そんなことを?」


「御託はいいから俺達を中へ案内するかシルバを連れてきな」

「どういう事だろうか。君達はヴァイセントに反逆するというのか」

「むっ……そういう事じゃねえ」


 先頭で話していた男が怯む。

 頑張れ。


「現在イエロ様とシルバ様は会議をされている。何を勘違いしたか知らないが、組織の決まりを破ってこんな騒ぎを起こすなど心外とのことだ。村で待機せよとシルバ様からご命令が出ている。それを伝えに来た」


 ざわめきが起こり、村の住人達が顔を見合わせる。


「嘘よ!」


 女の声。

 例の女だ。


「私はあの場に居たもの。あなた大嘘つきよ。大体シルバなら他人任せになんかしない。必ず自分であたし達に伝えに来るはずだわ」

「そうだ、その通りだ」


 気炎を上げたり下げたり、こいつらダメだな。

 迷いが生じれば前に踏み出せない連中だ。

 俺が言えた義理じゃないけど。


「では君を案内しよう。その目で確かめると良い。他の方々は村で待っていて頂きたい。すぐに分かる」

「おいおい、そんなのが通じると思ってんのかよ」

「あんまりナメてんじゃねえぞ」


 ペール村の住人達の中でも血気盛んな男達だろう、最前列で威嚇する。


「君達こそ武器を持ってここに押しかけるなど、それこそ通じないはずだ。組織の決まりを破った失態のツケは、シルバ様が払うことになるのだぞ?」


 その言葉に再び戸惑いが生じる。

 と、静かに住人達の間を掻き分け数人の初老の男達が出て来た。


「我々を案内して貰おうか。若い連中より話が早い」

「構いませんよ。ただ彼らを帰して頂けるなら、ですがね」


 男達が何か村の連中に言い聞かせているが、途切れ途切れにしか聞こえてこない。

 クソッ、邪魔だ。

 一番望まない展開だ。


 しかし隣で伏せるサントゥは冷静に事態の推移を見守っている。

 無理はしない、と決めたせいだろうが、こういう割り切りというか落ち着きはやはり尋常ではない部隊なのだと改めて思う。

 一切顔色に変化すらない。

 

 


 物事というのはそうそう上手くいかないものらしい。

 騒乱は終息しそうな雰囲気だ。

 数人の男達の説得により、村から押し出した連中はすっかり大人しくなりつつある。


「動きますか?」

「いや、やめておこう。焦るとロクなことにならないのはもう経験した」

「……ですね」

 

 であれば今のうちにここから撤退した方が――。


 と、洞窟から複数の気配。

 結構な数だ。

 一体なんだろうか。

 

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