王国動乱 28
「これはやはりあの地下へ向かっているな」
「そうだな。合流となると厄介だが」
ペール村の住人達の列を遠く横目に追いながら、ロイとルパードが会話を交わす。
仕方ないことではあるが、後手後手に回っている今の感じは歓迎し難い。
一度はタッカの案を採用したが、結局それも実行する間も無く相手が動き出してしまった。
「今は見張ることだ」
小さく指笛を鳴らし全員の目を集めると手で指示を出す。
支援部隊のタッカとゼナは陽動部隊のエリオ、バリエと共に先行して敵拠点を見張れるポイントに布陣。
支援部隊の一人であり陽動部隊への指示伝達役であるルパードはこのまま強襲部隊と行動。
ハイデン、ラスターへの繋ぎ。
スイッと前に出るとロイは小声で背中に伝える。
「エリオ、バリエ、ひとまず陽動は必要無い。ハイデンとラスターが戻るまではゼナを頼むぞ」
「了ー解」
先行して足を速める仲間を見送り、ロイは横目にペール住人を確認する。
どう動くのか。
「ハイデン、ラスター」
森から合図を送っていたルパードは二人と合流する。
ハイデンとラスターが取り決め通りのルートで来たということは、村はハズレか。
「ルパード、ロイ達は」
「例の拠点を見張っているはずだ」
「やはりか」
「ん、何か情報があったのか」
珍しくハイデンが微妙な表情をしている。
「いや、とにかく俺達も合流を急ごう。話は後だ」
森を駆け抜け、先へと急ぐ。
ハイデンとルパードは若いとは言い難いが、それでもこういった走破訓練は散々してきた。
特に地形に合わせた走破術を知っているかどうかで使う体力は大分違うはずだ。
若いとはいえ、苦も無く着いて来るラスターには舌を巻いたが、今では違う部分でルパードは驚きを隠せないでいた。
「ラスター、どこで習った?」
「何をです?」
「その動きだ」
「ああ……見よう見まねでやってるだけですけど……」
これだ。
ラスターはどうにも歯切れが悪くなる時がある。
秘密の一つ二つ抱えていたとしても責めるつもりもないが、こういった質問に対して何か隠すような態度はどこかおかしい。
しかし今問い詰める事でもない。
思考を切り替える。
遠く、喧騒が聞こえてきたからだ。
素早く手で速度を落とすよう、二人に指示する。
「……何だ? まさかロイ達か?」
咄嗟の癖で慎重に身を低くしたルパードに、ハイデンが話しかける。
「いや、おそらく村の連中と拠点の連中が揉めている」
「……得た情報か?」
「そうだ。警戒するより急ごう。ロイ達に早く知らせたい」
突如始まった騒ぎにロイ達は困惑していた。
予想通り拠点入り口にやってきた武装集団が、何やら入り口を固める防衛部隊と、ヴァイセント同士諍いを始めたように見えるからだ。
「どうなってんだ、こりゃあ」
「分からん。仲間割れ、のように思うがな」
ここからでは何を言っているかまでは聞き取れない。
だがどう見ても互いに武器を構え牽制し合っている。
「ゼナ、傷の具合はどうだ」
「問題ない」
もしも、だ。
このまま奴らが争い始めたらどう動くべきか。
歓迎すべき事態ではあるが、厄介な事にもなりかねない。
自分達はヴァイセントの動きを抑えるために派遣されたのだ。
頭を潰せばそれに代わる頭は出るだろうが、バンデットのような組織では襲撃による頭領死亡の混乱で出る頭など、すぐに組織を立て直せるとは思えない。
それこそが狙いなのだ。
しかし、内紛の場合は違う。
いずれか勝ち残ったその時点で、力で纏め上げた頭が既に誕生しているのだ。
狙っていた幹部が勝ち残るなら問題はないとも言えるが、もし――。
「あ、合図がきたよ。ルパード達が来たみたい」
ピンと張られた紐を手にタッカがロイの思考を断ち切る。
見ればわざと見えるように、ルパード、ハイデン、ラスターが後方から接近してきている。
「エリオとバリエは引き続き動きを注視してくれ」
「何だったら近くまで行って聞いてくるけど?」
「いや、ハイデン達の話を聞いてから判断したい」
更に近付いた三人が上手く情報を持ってきてくれているといいが。
大人しくしているゼナを視界の端に捉える。
やはり動きは鈍いようだ。
ゼナをどうするかも問題だ。
今までの任務とあまりに違いすぎる状況に頭が痛いが、これは確かに良い経験かもな、とロイは思う。
「……つまり、幹部のシルバが裏切って、あそこに捕らえられていることを知った部下が詰め掛けている、という状況なんだな」
「理解が早くて助かる」
ハイデンがイーガンという男から聞き出した情報には色々思うこともあったが、まずは目の前の状況をどうするかだ。
「よし、決めた通り三部隊編成に戻ってくれ。ラスターは遊撃に回る」
「それでどうする?」
「ハイデン、意見をくれ」
ロイの見た所、ハイデンには策があるようだ。
長い付き合いで顔を見ればある程度分かる。
「状況的にはこのまま奴らがぶつかって削り合ってくれるのが最善だろう。それを煽る」
「どうやって?」
「あのイーガンという男の話、全てが本当かはまだ分からん。だが状況を見れば嘘とも思えん。連中の組織事情が分かったことで打てる手が一つ、浮かんだ」
一度、向かい合う拠点入り口に視線を向ける。
「誰かに死んで貰う」
「なるほど」
引き金を引く。
成算は確実では無いし、実行も難しい。
敵が攻撃を仕掛けてきたと発覚すれば、流石に敵意はこちらに向くだろう。
「下手に手出しすればこのチャンスが消える可能性もあるが」
エルイの言う通りだ。
皆、その難しさに考えを巡らせている様子で頭を回転させている。
「ラスター、お前は?」
「上手くいけば確かに……だけど、難しいですね」
別のアプローチはどうだ。
急ぐ必要がある。
騒動が争いに発展するのを待つのも手だが、もし終息してしまえばより手出しは困難になる。
「遠くからじゃ意味無いし……あそこに近付くのは簡単だとしても、潜り込んでどっちかの仕業に見せる方法はちょっとすぐには思いつかないなあ」
「やるなら村の連中の誰かが死ぬ方だぞ」
「分かってるよ、それくらい」
「介入する方法か。難しいな」
ただ待つよりもできる事はしたい。
ハイデンの得た情報により今この時が明確なチャンスである事ははっきりしたのだ。
このまま撤退も良い。
ひとまずミハイルに当面王国に手出しはできないだろうと報告はできるのだ。
一つの懸念を除いて。