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王国動乱 27

 ペール村で発見した最初の手がかり。

 男はこちらに背を向け、無言で立ち尽くしている。

 一度呼びかけてみたが反応は無い。

 何とも少女趣味な棚を前に、どこか虚ろな気配を漂わせていた。


「おい。ゆっくりこちらを向け」


 ハイデンの再度の呼びかけにもやはり反応は無い。

 気付いていないなどという事はないだろう。


 ラスターはハイデンに委ねる素振りを見せている。

 村にいた連中が既に動いている以上、ここでぐずぐずと時間を掛ける訳にもいかない。

 ハイデンは一足飛びに男の背後に飛び込むと、腕を取りそのまま背中で跳ね上げるように男を床に叩きつける。


「ぐっ」


 男が右肩を押さえて呻く。

 右腕を極めながら肩から落としたので、もしかしたら動かない程のダメージを負わせたかもしれない。


「聞きたいことがある。この村の連中はどこに行った」


 左手で右肩を押さえ痛みに歯を食いしばる男に尋ねる。

 ラスターは部屋の入り口を塞ぐように立っているので、油断さえしなければ逃がすことはないだろう。

 顔を歪めながらうっすらと片目でハイデンを見たが、男は黙ったままだ。


「次は足か、左手だ。この村の連中はどこに行った」


 男を見下ろしもう一度尋ねる。

 ハイデンにとって充分な時間待つと、無言で男の脛を蹴りつける。

 特性の鉄靴だ。

 爪先を向こう脛が跳ね上がる程叩きつけると、男が今度は絶叫する。


「ラスター、別の人間の気配がしたら教えてくれ。階下の見張りは頼む。誰か現れたら、そいつに聞こう」


 無言でラスターが手を上げ了解の意を示す。

 時間を掛けられない状況だが、ハイデンはこの言葉を投げかけることで、素早く男への恫喝といるかもしれない残党の釣り出しまで目論んでいた。


「叫ぶのは結構だが、聞きたいのは質問の返事だ」


 左足首を踏み抜く。

 格闘術を修めたハイデンの体重の乗った一撃に男は悶絶し、体を丸めるようにして呻く。


「お前だな?」


 身をかがめ男の耳に囁くように問いかける。


「王都で拷問して何を聞き出そうとした?」


 その言葉に男が一瞬止まる。

 ハイデンもリーゼンバッハの男。

 相手を観察することに関しては長けている。

 この男が少なからず演技のように苦しんでやりすごそうとしていることなどお見通しだった。

 男の目に怯えは無い。


「この部屋、あの女の部屋か」


 先程男が立っていた棚の前に移動する。

 人の心を転がすことなど、あまり得意ではないが。

 たっぷりと時間を掛け、考えるような素振りで空白を作る。


 そして棚に手を伸ばす。


「卑劣な人間にもこういう趣味があるのか。似合わんな」

「触るな」


 食いしばった歯の隙間から搾り出すように男が声を出す。

 チラリと見やったハイデンの目に、男の刺すような視線が突き刺さる。


「お前の娘か?」

「……」


 右肩と左足は動かせないはずだ。

 右足も、そうだ。尋常な痛みではないはずだが。


 冷静に男を分析する。

 あの女はどうやら特別な存在らしい。

 痛みよりもこちらの方が効果があるか。


「我々の目的を話そう」


 ベッドに移動し、腰掛ける。


「お前たちヴァイセントの掃討に関して王国が下した判断だ。こちらとしても余計な手間は省きたい。分かるか?」


 男は何も答えない。

 ハイデンも充分分かるように話したつもりはない。 


「お前たちは見逃しても構わない、ということだ。もっと言うならば、先遣隊である我々に与えられた指令は調査であり、王国が標的としたのはイエロという幹部だけだということだ」


 乗ってこなければそれまで。

 無論、ハイデンのでっち上げだ。


「先日、標的を狙って奇襲を掛けた。残念ながら排除には至らなかったが、戦力や拠点の構造を把握し、一応の成果は得た。そしてその情報を基に既に討伐隊が動き始めている」


「お前たちがどうするかは知らん。だが、討伐隊に我々は新たな報告をする必要がある。この村の部隊が武装して行動を始めた、とな」


 男の表情は変わらないが、食い入るようにこちらを見つめるその目が雄弁に物語っている。

 考えを巡らせ、揺れていると。


「いいか。標的の排除が目的ではあるが、障害と脅威があれば当然取り除く。新たな報告によりこの村の住人も捨て置けない存在として標的にされるということだ。私としてはバンデットがどうなろうと知ったことではないし、王国が何故撫で斬りにしないのかも疑問ではあるが」


「まあ、そんなことはどうでもいい……こちらがお前たちに興味など無いということさえ理解してくれれば」


 雨が降ったせいか、部屋には少しかび臭さが漂っている。

 男とハイデンは互いを見透かすように視線をぶつける。


「さて、ここでこちらの考えを話しておこう。実を言うと我々は討伐隊に動いて欲しくない」


 いぶかしむように男がうっすら目を細める。


「手柄が欲しいのだ。奇襲を掛けたのも、できれば我々で片付けてしまいたいからだ。何故手柄が欲しいなどと、そんなことまで話すつもりは無いが」


「理解して貰えるかな? 我々は討伐隊に先んじてイエロの首を挙げたい。お前たちなど知ったことではないということが」


 男の目に理解の色が宿る。

 バンデットには分かりやすい理屈だろう。


「こちらも時間が無い。お前に協力して貰えれば助かる。元々王国からの指令にお前たちは含まれていないのだからな。つまり、情報をくれれば我々はそれを使ってもう一度イエロを狙う。上手くいけば討伐隊にはお帰り願う。お前たちは見逃す。分かって貰えたかな?」


「討伐隊もバンデット相手に余計な犠牲は出したくないという事情がある。連中も喜ぶだろう」



 さて。

 こちらの目的としてはこの男がこれで情報を吐き出してくれればいいのだが。


 完全に嘘という訳でもない。

 事実、イエロだけが標的という話は嘘ではないのだ。

 半分は。

 シルバというこの村を統率する幹部まで標的と言う訳にはいかない。


 話すべき事は話したという態度で男からの返事を待つ。

 やがて決心したかのように男が口を開く。


「何故王国は俺達を見逃しても構わないと? ……あの時も、そうだったが」

「あの時? 何の話かは分からないが、我々の知ったことではない、と言ったはずだ。こちらはイエロの首さえ貰えれば後はどうでもいい」


「……王都の、拷問した件は」

「何度言わせる気だ? それこそ知ったことではない」


 若干苛立ちが募る。

 努めて忘れようとしている事を蒸し返すな。


「ここで俺が黙っていれば……どうなる?」

「自分で考えることだ。ただ、時間が無いのでな。お前の話の裏を取る時間もこちらにはない。適当にでっち上げたとしても、別に構わないぞ。私としても、無意味な拷問などしたくてしたい訳では無いからな」


 男が少し目を背ける。

 まさか罪悪感があるということでも無いだろうが。

 皮肉だと思われたなら今の発言は失敗だな、とハイデンは自戒する。


 こちらが理性的な取引相手だと思って貰うようにとの発言だ。

 実は根に持っている、と相手に疑いを持たせてしまったなら逆効果もいい所だ。




 また少し、時間が経過する。

 ぐずぐずしていられない。


「ゆっくりしている時間は無い。答えを聞こう」


 一度目を閉じた男が顔を上げ、口を開く。

 まだ激痛に苛まれているはずだが、強い意志を感じる。


「一つ、訂正して貰いたいことがある」

「何だ」


 男が棚へ顎を振る。


「卑劣な人間、と言った言葉を取り消せ」


 笑わせるな。

 バンデットの高潔な意地などお笑い種だ。

 内心そう思うも、おくびにも出さずに告げる。


「取り消そう」

「……俺はイーガンと言う」


 どうやら上手くいったらしい。

 手早く情報を聞き出しロイ達に合流しなければ。

 情報を聞き出した後、それをどうやって裏を取るか。

 このイーガンという男の処遇も含め、ハイデンは再び思考を回転させ始める。



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