王国動乱 25
遅筆ですみません。
書き溜めてから年末前に一気に投稿したいと思っています。
ヴァイセントの隠し船溜まりから、ペール村とは反対方向の崖に刻まれた迂回路を登り、イーガンとクレアは大きく回りこみ森を抜け脱出した。
ペール村へ金貨の詰まった袋と共に戻って来たイーガンとクレアにより、シルバの危機は全員の知る所となった。
騒然となった村の住人達だが、シルバの意図は分からないままだ。
何故そんなことを?
俺達はどうすれば?
イーガンは金貨を分けてそれぞれ逃亡しろと言った。
おそらくイーガンは何かを知っている。
だが何も語ろうとはしないのだ。
「できる訳ねえだろ! 俺達ゃあの人を見捨てるなんてできねえぜ!」
「そうだ! てめえ何考えてやがる」
「イエロの野郎のとこに乗り込もうぜ!」
村の総意として、今はとにもかくにもシルバの無事を確かめるということで話があっという間に纏まると、すぐさま全員が武装を始める。
それについてもイーガンは何も言わない。
クレアは心情的には皆と同じ思いだ。
「ねえ、イーガン。どうして何も言わないの?」
「……」
多分イーガンには分かっているはずなのだ。
シルバが解散すると言った理由も、ヴァイセントに反旗を翻した理由も。
「どうして? あたし達は見捨てられたの?」
「クレア」
思わずクレアはハッとなる。
イーガンの目には今まで叱られた時とは比べ物にならない程の力強い光が宿っている。
それでもギュッと手を握り締め、真っ直ぐ見つめ返す。
「イーガンはどうしたいの? シルバはどうしてあたし達を放り出そうとするの? あたしは……みんなと同じ。ねえ、あたし達家族なんだよね?」
多分、足りない。
言葉にするにはあまりにも足りないが、きっとイーガンには伝わったはずだ。
だが、イーガンは視線を外しただけでやはり何も言わない。
「……もういい。あたし達は自分で決めるよ。誰も逃げたいなんて思ってないし……行くとこなんかないんだから」
イーガンに背を向けたクレアは広場へ歩き出す。
去っていくクレアの後ろで視線を外したままのイーガンはじっと佇んだままだった。
「よーし、いいか。最初から喧嘩腰になるんじゃないぞ。ただ、下手に出るのも駄目だ。シルバさんに会わせろって、力づくでもこっちはその気だってとこを見せるんだ」
イーガンと同じ古株の連中も加わっている。
彼らは以前から一歩引いたような立場であまり意見を言わない長老的扱いだったが、今回も主導権は若い世代に預けるようだ。
彼らも何か知っているのか。
クレアには分からなかったが、決起に黙って加わるということだけでも充分満足だ。
クレア達にとってヴァイセントという組織は自分達の親にも近い。間にシルバという人間を挟んでいたので全貌は分からないが。
ただ、不気味で怖いということだけは分かっている。
自分達とは一線を画した人間の集まりだということだけは皆理解しているが、今そんなことで臆している訳にはいかない。
敵ではないのだ。
少なくとも自分達も組織の一員である以上、交渉と呼べるかどうかは分からないが接触して即座に戦いになるとは考えにくい。
本拠地に何度も出入りしているイーガンが先頭に立ってくれればいいのだが、あの様子ではあてにしたところで時間の無駄になる。煮え切らないイーガンは放っておく、と決まっていた。
「決めた通りだ! 勝手な行動を取るんじゃないぞ!」
全員がおおっ、と小さく決意に満ちた返事を返し、動き出す。
「イーガン。ここに残るのね?」
クレアはもう一度父とも兄とも思える存在に声を掛ける。
行動しなくてもいいから付いてくるだけでもして欲しい。
だがイーガンは力なく首を一度振ると、無表情にあらぬ方に視線を落とすばかりだ。
もしかして自分はまた間違えようとしているのか。
そんな思いがよぎる。
イーガンがシルバを大事に思っていないはずがないのだ。
だけど。
今行動しないのは、シルバも仲間も見捨てるのと同じじゃないの?
クレアにはどうしてもそう思えて仕方ない。
掛ける言葉はもう掛けたはずだ。
ザッ、と踵を返し動き出した列に加わる。
「出撃か、合流か。どうする?」
ペール村の動向を窺っていた一行は、統率されているとは言いがたい武装に身を固めたヴァイセントの動きに判断を巡らせる。
「今仕掛けてもな。様子を見る。ルパード、どうだ」
じっと人の群れを見つめていたルパードにロイが問いかける。
「あの女も居る。だがもう一人が見当たらんな」
「居ない? 村に残っている? まさか俺達に気付かれずどこかへ消えた?」
目を細めて村と動く住人達の列を見据えるが、ここからではロイにははっきり視認することはできない。
「これは村を探るチャンスでもあるな」
「確かに。家財道具の持ち出しは見当たらないな。元々無い、って可能性もあるが」
急ぎ部隊を分け、ペール村を出たヴァイセントの見張りと連絡役、そして村の調査に取り掛かることになった。
村の調査はラスター、ハイデンだ。
留守部隊が居ることも考え、無理はしない。
ハイデンは一見徒手に見える。
だが、鉄甲を腕に嵌めた格闘術の使い手だ。
リーゼンバッハに属する前から傍流の一族として目立たぬ格闘術を修めてきたハイデンは、ロイと比べても頭一つ抜きん出た徒手格闘の使い手だ。
もう一つの理由として、武器を持っては工作術の邪魔になるというものがある。
ハイデンらしいといえばらしい。
彼は年長の務めとして、仲間達の支援を旨に訓練を積んで来たのだ。
ハイデン、タッカ、ゼナの工作班は様々な物資の運搬役も兼ねているが、彼らは常時他の者より負担を強いられてもいる。
というのも、ロイ達の部隊において行動は常に一丸であり、工作物資を抱えているからといってその動きを阻害してしまってはまるで逆効果になってしまう為だ。
だから彼らは待機中の日常、とにかく工夫を凝らす。
小型化、軽量化、形状変化。
ブロンズ商会を通じて潤沢な資材を集められるリーゼンバッハは、そういう点で亜流の最先端技術を持った職人とも呼べる人間を抱えているに等しい。
ハイデンは長身で細身だが、タッカとゼナに負担を掛けぬよう実に様々な工作道具を身に着けている。
主に鉄製の物資の担当。
重量にしておよそ二十キロ程にもなる。
だが彼は一度たりとて不満を言ったことがない。
「ラスター、どうだ」
「気配はありませんね……あそこみたいに地下があるのかもしれません」
「なるほどな。しかしそこまで好条件の拠点から出るか?」
「探ってみないことには、ですね」
充分な数の戦力がまだ潜んでいないとも限らない。
村の塀に身を潜めた二人は手で合図を交わしながら慎重に周囲から探っていく。
一回り確かめ、頷きあうとスルリと侵入を果たす。
エリオとバリエから大まかな見取りは聞いている。
やはり人影は見当たらない。
ピタリと民家の壁に張り付き窓から様子を窺うも、中に動く気配は感じられない。
静かに建物を影から影へと移動するように確認していたハイデンは、一軒の民家の軒先に伏せたラスターがこちらに合図を出しているのを見る。
敵発見。
ハイデンと視線を交わしたラスターは背後の民家を指差す。
そのままだと広場を突っ切ることになる。
一度裏に回り、村の外周を縫うように移動しラスターと合流する。
「ハイデンさん、カチャカチャ鳴ったりしませんよね。なんでですか?」
今聞くことか。
流石に呆れたハイデンは小声で後にしろ、と返す。
入り口は二つ。
ラスターは指を一本立て、一人と伝えて来る。
十秒、と合図を出すとハイデンは素早く表の扉へ取り付いた。
鍵は掛かっていない。
三つ、四つ。
数え終わると静かに扉を開け、素早く中を確認する。
もぬけの殻だ。
裏口から侵入してきたラスターに手で合図を出し、二階へ向かう。
ラスターはここでも先頭に立った。
どうにも年寄り扱いされている気がする。
階段に足を掛けた状態でラスターが上を見ながら左手で先程のハンドサインを出した。
敵発見。
ハイデンにはまだ気配は感じられない。
一体どうやっているのか。
ハイデン達の知らない傭兵の知識はまだまだありそうだ。
それこそ後で聞きたい、と思う。
ペール村長老
イーガンを含む、シルバと共に南部の粛清から逃れたかつての傭兵団の若手達。彼らはシルバの考えの全てを把握していた訳ではないが、悲痛な過去と共にシルバが何をやりたいかのビジョンは共有していた。