フリーターで、傭兵です 12
訓練も10日が経過し、首輪も外れた。
祖父はエルヴィエルから俺の訓練状況をしっかり聞いていたらしい。
珍しく小屋へやって来た祖父は、俺に小さな木剣を渡して裏の林へ誘う。
「傭兵の鍛錬はちゃんとやっているのか?」
「ちゃんとかはわからないけど、父さんが教えてくれるよ」
エルヴィエル見学の中、祖父と対峙する。
祖父が手にしているのは布を巻きつけた軽い木の棒だ。
「どれ、その魔法を使ってうまくやってみせろ。ワシに打たれぬよう、打ち込んできなさい」
もっと小さい頃、このチャンバラごっこは俺の大好きな遊びの一つだったが、成長と共に父はこの鍛錬の時だけは厳しい姿勢で笑顔を許さなくなった。
初めて父以外の相手と向き合う。
祖父は年寄り扱いするにはまだ早いだろう、父からは感じたことのない強い威圧感を感じる。
集中して魔力を周囲に展開する。
今までに感じたことの無い感覚の広がりが、俺を中心に展開されていく。
結局一撃たりとも祖父に打ち込むことはできなかった。
当然といえば当然なのだが、俺は今までにない悔しさを感じる。
祖父の動き自体は、未来が見えるかのごとき正確さでわかるのだが、いかんせん子供の身体能力では対応できない。
唯一褒められたのは、祖父の打ち込みのほとんどに反応して剣を合わせるなり避けるなりしたところだ。
それでも連続で打ち込まれたり、強く打ち込まれたりすればどうしようもなかった。
祖父はエルヴィエルと何か話している。
林の少し開けた場所に寝そべったまま、浮かぶ汗を手で拭い、乱れた息を整える。
父達も今頃同じように剣を振っているかもしれない。
いっぱしの魔法使いになれた気分でいた俺は、せいぜい鋭い感覚を持つ程度の子供でしかないことを祖父に思い知らされた。
これが祖父から教わった一番価値のあることだっただろう。
傭兵の心得とでも呼ぶべきか。
「能力に慢心するな」
きっとこう言いたかったに違いない。
言葉ではなく、剣で教えてくれたのだと思う。
この経験が無ければ、子供だった俺はそうなっていたような気がする。
特別な力を得た直後に思い知ることができたこの鍛錬のおかげで、俺は目を曇らせずに済んだのだ。
もしかしたら勇者気取りの男になっていたかもしれない。
そう考えるとゾッとする。
なんせ俺の嫌いなタイプだ。
遠征していた本隊の帰還に向け、本拠地は慌しさをとり戻していた。
何やら豪華な馬車の一団があの城のような屋敷の前に繋がれている。
今回の依頼者である偉い人たちだそうだ。
「ラスター、お昼にはここにいてね。ちゃんとお父さんたちをお出迎えするのよ」
母から朝出かける際にそう言われていた。
傭兵団の仕事は危険を伴うものであることは俺も承知している。
父の駐屯地でも、比較的若い隊員揃いのレプゼント方面部隊でさえ所作に厳しいものが時折滲む。
普段目にする街の大人とは違う雰囲気に、ひしひしと伝わってくる仕事の緊張感があった。
帰ってくる傭兵を出迎えるというのは、大切なことなのだろう。
多分、エルヴィエルと会うのはこの午前中が最後になる。
エルヴィエルのように色々不思議な魔法が使えるようにならないか尋ねてもみたが、
「ああ、レイモンドに言って教本を用意してもらいましょう」
そう言われたので丁重にお断りした。
それに、俺の魔力は魔法のエネルギーとしてはあまり適していないそうだ。
通いなれた小屋までの道のりをテクテクと歩く。
「やあ、いらっしゃい」
「ねえ、エルヴィエル。今日で最後だよね? 今日は何するの?」
「今日やることかい? 昨日の続きだよ」
まったく、物足りない。
もっとこう、魔族の奥義的なものを伝授してほしいのだ。
「時間、ないよ。昼には戻ってこいって言われてるから」
「今君が学ぶべきことは一通り教えたからね。後は君一人でも問題ないはずだよ。いくつか餞別を用意しているから、それを使うといい」
魔族のくせに周りの大人と変わらない分別くさいこと言うヤツだ。
考えてみれば一番のジジイはエルヴィエルか。ううむ、なるほど。
これが俺と祖父とエルヴィエルの記憶だ。
忘れられない、俺の特別な2週間だ。