砂漠の記憶 9
「後悔してますよ。あの時のこと」
自分でもずっと誰かに話したかったのだろう。
夜風に吹かれながら黙って聞いているロイ達を見るでもなく、遠い目で俺は喋り続ける。
「どうしようも無かった、って言い聞かせてもやっぱり、何かできたはずなんです、俺には」
ノアドはノアド。
俺は俺だ。
あいつが何を考えてたか、何をするか、大の大人が自分で決めたことに介入するなんて、そんな権利は誰にもない。
「数日後、戻ってきました。首だけになって」
その言葉に周囲の温度が一気に下がったように思う。
「……お前の、兄貴分みたいな人だったんだろ」
「ええ。ノアドと会って、俺はすごくリラックスしてましたよ」
座り込み、膝に顔を埋めるような格好をしたエルイの言葉に、今でもそう思っていることを強く意識する。
「それで、お前は?」
「そこからは……すぐに戦です。まあ、そうなりますよね」
ノルターミルは即座にイシュバル傭兵団を初めとする戦力をノルに送り込んできた。
その中にカジムの姿を見つけた俺は志願し、傭兵として雇って貰った。
――ノアドの敵討ちをしたい。
――自信は? 殺し合いだぞ。
――皆殺しにしてやるよ。
「そこから二年、イシュバル傭兵団として戦、反乱の鎮圧ってことになるのかもしれませんけど。参戦して、戦いました」
「そうか。……辛いな」
「どうですかね。俺の傭兵としての経験値はそこで得たものがほとんどですから。こんな言い方は良くないでしょうけど」
ノアドも所詮傭兵の一人だ。
すぐに全面戦争の引き金になった訳でもない。
体よく、戦の言い訳に使われたという気がしないでもない。
「そこで色々経験したんです。戦い方とか、戦術とか。知識はありましたけど、実戦の経験は知識がただ役に立つだけのものだって教えてくれたっていうか」
戦う理由はノアドがくれた。
感情のまま殺しまくって、傭兵として何の疑問も抱かずに居られた。
「乱戦においてはとにかく守りを固めて退くか。それができなきゃひたすら突破するか」
敵も味方も理由を持っていた。
ただの殺戮と戦は違う。
敵討ちという感情に逃げ込んでいたのは自分だけだっただろう。
「あの洞窟みたいな場面では囲まれる前に決めておくべきだったと思います」
ノアドは何故一人でサジマールの所へ行ったのだろう。
勿論俺には分からない。
色々苦しんでいたのかもしれない。
あいつ程優秀な傭兵が、敵地にのこのこ出かけていく危険を甘く考えていたはずもない。
「それについては、その通りだ。決めていたつもり、だったんだがな」
「ロイ」
「はっきり言おう。俺の失態だ。皆、すまん」
平定戦は他国の目もあり、すんなり終結した訳ではない。
二年掛かったのだ。
南西部の解放は色々取引もあった。
最後までイシュバルに参加し続けたのは、ノアドに殉じたにすぎない。
「俺達にとっては初めての状況だった。仕方ないさ」
「言い訳はしたくない」
人というのは弱いものだ。
いや、自分が弱いだけかもしれないけど。
最後の方は、いつまでも怒りを抱えていられるはずもなく、心を閉ざして剣を振るっていた。
傭兵だから、そう言い聞かせて。
そして俺は傭兵でいることから逃げた。
「色々辛いことを思い出させて悪かったな。でもおかげで参考になったよ」
ふわりと舞い上がった感傷は、砂埃のように溶けて消え、また奥底の砂へと還る。
「昔の話ですよ。もう、忘れました」
「ん、そうか」
傭兵の死などどこにでも転がっている。
ノアドがターミルで何を感じ、悩み、何をしようとしていたのかはもう誰にも分からない。
「明日からなんだが」
ロイが姿勢を正す。
「今の体験談を聞く限り、俺達のやり方に傭兵の戦術を上手く取り入れられそうだと思ったんだが、どう思う?」
「そうだな、俺もそう思う」
「部隊を分ける方法か?」
「そうだ」
「問題は無いと思うが。ゼナはどうする?」
皆の目がゼナに注がれる。
ありったけの布や上着で押し潰されそうだ。
「俺も動けるよ。問題ない」
「だとよ」
そんなはずないだろ。
まったく、強情な奴だ。
「三つに分けるか。強襲、陽動、支援。それぞれ俺、ハイデン、ラスターが指揮を執る」
「えっ」
「ラスター、強襲か陽動を頼みたい」
「ロイ!」
「ゼナ、お前は支援だ。寝てろ」
有無を言わせぬ口調でロイがゼナを黙らせる。
「支援にはハイデン、タッカ、ゼナが入る」
「まあそうなるな」
「陽動はエリオとバリエ……なんだが、それだとちょっとあれだな」
ロイが俺を見る。
俊足の二人に指揮役をつけると動きが落ちる、か?
「三つに分けるのはいい案だと思います」
「強行突破は取れなくなるが」
「もっといい案がありますよ」
お? というバリエに向き直る。
「仮に俺が指揮を執るとして、お二人は俺が死んで来いと命じたら命を捨てられますか?」
一瞬、口ごもる。
「それが必要ならやるが」
エリオが言い放つ。
「他の方は? ロイさん、それで納得できますか」
険しい顔をしたロイが拳を握るのを捉える。
「……お前を信じると決めた。皆、俺は――」
「やめましょうよ、それは。もっといい案があるって言ったじゃないですか」
これも逃げか?
いや、違う。
真っ正直に自分ができる事をやるだけだ。