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砂漠の記憶 8

「ラス。……あれは……」

「いや、俺に聞かれても……とりあえず探るか?」

「頼む」


 砂漠を渡り戻ってきたノアドとラスターは、ノル付近まで来た所で異変に気付く。

 ノル周辺は緑地地帯だ。

 申し訳程度の、森と呼ぶには厳しい小さな原生林が点在するというだけにすぎないが。


 しかし貴重な資源であることは間違いない。

 草原に近い、下草が生い茂る地面こそこの辺りには多いが、豊富な樹木となると魔境に分け入る必要がある。


 ただでさえ砂漠という地形があるのに、木材の運搬はコストが嵩む。

 ノルを開発するのにあたって、周辺の緑化計画も一つの大きなプロジェクトなのだ。



 その木が伐採されている。

 バウネという弾力に富んだこの木は、木材として非常に利用価値が高い。

 乾燥した気候に適応したこのバウネの樹液は粘性が高く、空気に触れると硬化する性質を持っており、ゆくゆくは接着剤として商品化できないか研究が進んでいる。


 また実には良質の水分が含まれており、こちらは樹液と違い粘度は無く、人間が砂漠で水分補給するのに適している。

 

「誰もいないぞ」

「そうだな……まあ隠れる場所もそうそう無いんで分かっちゃいたが」


 不自然にバッサリと切り落とされた太い枝が数本、持ち去られるでもなく幹の隣に転がっている。

 切り落とした断面からは触手のように白い樹液が垂れ、気味の悪いオブジェのように固まっている。


「何だこれ。気持ち悪。切った奴は何でこんなことしたんだろうな」


 小さく群生するバウネの森の一番外側、無残な姿を晒す樹木に近付いたラスターは興味深そうに覗き込んでいた。


 ノアドにはこれがどういう事か分かる。

 バウネはその特性ゆえ、木材としての利用が難しい。

 職人が樹液をあらかじめ抜くなど、しっかりとした行程を得なければ板に加工するのも難しく、ターミルでは資格を持たない者が伐採することは禁止されていた。


 おそらくサジマールの示威行動だろう。

 宣戦布告と言ってもいい。

 形としては非支配地域であるここら一帯に先に拠点を作ったのは彼らだ。

 向こうからすれば、ノルターミルがそうはさせじと縄張り争いに参加してきたと見られているのだろう。


 実際そうなのだが。

 ターミルの法で保護されたバウネの規定など、こちらには関係無いぞ、と言っているように思えてならなかった。


「ラス、戻るぞ」

「ああ」


 ノアドとしては争いが避けられないことは分かっているが、好戦的な態度を取りたい訳ではない。

 現在ノル北西に展開している彼らの勢力は、大人しくしているならそのままでもいいという思いが有る。


 サジマールは、支配地だったターミル南西部、旧ターミル王国が彼らを組み込んだ一帯に半数程送り込んでいる。

 住民を追い出して占拠した土地だ。


 手付かずだったこのノル近辺、やや北西に根城を構えて活動を始めた彼らが奪ったその土地は当然取り戻さなければならない。


 ただ、これは絵空事に過ぎないが、ノアドはノルを確立しターミル南西部を奪還しさえすれば、ノル北西部は新たなサジマール族の故郷として提供できないかと考えている。


 勿論ノルターミルの思惑とは違う。

 将来的にはサジマールを徹底的に潰す計画だ。

 ノアドの夢想にすぎない。




 ノルへ戻ったラスターはノアドと別れ、宿へ帰った。

 しばらくノルを見て回り、気が付いたことなどを意見してくれ、という言葉は楽でいいなと思ったが、金がないので仕事が欲しい。

 流石にそこまで泣き付くのはあまりにもかっこ悪いので言い出せなかったが。


 翌日はしっかり朝食にありつき、防壁作業を見物したりした。

 何回もさぼっている住民だと思われ声を掛けられたので早々に撤退し、村の商人と話をして回ったがこれは実に面白く、異国の文化に触れ大いに勉強になったものだ。


 民兵訓練の話なども聞いた。

 しまいには老人達のお茶会に参加し、昼食をご馳走になったりもする有様だ。

 魔獣調査はしなくていいのか。



 夕暮れになり宿へ戻ると、主人から伝言を伝えられた。

 開拓団本部へ来てほしいと。

 すぐに向かい、一階カウンターでノアドを呼び出すと、メリサが来た。


「ラスターさん、お呼び立てしてすみません。ちょっとお話しがあるのですが」

「ああ、メリサさんなんですか? いいですけど」


 何だろう、と思うがメリサに呼ばれて悪い気がする訳ではない。

 メリサに続いて上階へと上っていく。

 奥まった部屋の扉を開けると、そこは小さな部屋だった。


「狭いですけど、どうぞお座りください」


 

 ――ほんの少しだけど、この時は若い血が滾ったよ。



 しかしメリサはすぐ出て行き、ポツンとラスターは置き去りにされた。

 メリサは俺を放置する仕事でもしているのだろうか。

 そんな感慨にすら囚われる。


 すぐに少し開いたままの扉から、四人の男が入って来た。

 思わずナイフを握り締める。


 まあ、冗談だ。

 四人の男は作業帰りか、実に男らしい匂いを振りまいていた。

 ラスターの人生でも指折りに逃げ出したいと思った、最高な環境となった部屋で、五人膝を付き合わせるように椅子に座る。


「おう、悪いな、呼び出しちまって」


 無精髭を生やした男が爽やかに微笑む。

 素敵な笑顔だが今は邪悪にしか思えない。


「お前さん、昨日ノアドとハリシーンに行ったんだって?」

「あー、はい」

「それでちょっと聞きたいんだが」


 この男達は開拓団に参加している元傭兵らしい。

 ノアドと近い立場ということだ。

 俺が何故ノルに来たか。

 ここで何をし、ノアドから何を聞かされたか。

 次々と繰り出される質問に、警戒を強める。


「俺、何か疑われてるんですか?」

「いや、まあ全く無いと言えば嘘になるが」

「ノアドは何て言ってました?」

「その奴がな、いないんだよ」


 あーん?


「お前さん、今日ノアドに会ったか」

「いや、会ってないです」

「そうか。朝から姿が見えなくてな。サボるような奴じゃないし、この時間になっても影も形も見えないんでな。ハリシーンで何か、どんな話してたとか聞いたりしなかったか?」


 ああ。

 全く聞いてなかった。


「いや……俺は見物ついでに連れていって貰ったようなものなんで」

「そうか」


 男達はうーん、と考え込んでいる。

 

「その、どっかこの辺でノアドが油売ったりとかそういう可能性は?」

「この辺で油売るとこなんざ無いはずだが」

「女、ってのもちょっとな」

「今がどういう時か分からん奴でもない。おかしいんだ、何もなくいきなり居なくなるなんてよ」


 思い当たることがないかいくつか言ってみる。


「バウネの木が……誰か聞いたか?」

「いや、俺は昨夜一緒に飯食ったが何も言ってなかった」

「俺もだ」


 思えばあの木を見て、ノアドは少しおかしかったかもしれない。

 しかしラスターは特に気に留めるでもなかった。

 ただ、妙なこともあるもんだ、と思っていただけだった。


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