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砂漠の記憶 7

登場人物紹介

 メラ……ノルターミル職員の女性。ノアドの上司に当たる。


 カジム……イシュバル傭兵団に所属する傭兵。ノアドの同僚。

「俺と同じでブライトン傭兵団……で、えー、共に汗を流した奴です。ターミル見物ついでに俺のとこに来たんですけど、こいつの勉強も兼ねてちょっとノルで事務の手伝いをして貰おうと思いまして」


 ノアドが紹介してくれたのはメラという女性だった。

 ターミルの血を色濃く宿した褐色の肌をしている。


「あら、そう。あなたが決めたのなら反対はしないわ。将来有望な若者なのね」

「そりゃもう」

「きちんと報告してくれるのは有り難いけど、それでわざわざこっちまで?」

「いや、サジマールの件でも確認したいことが」


 まあ、恥を掻くよりはいいけどな。

 嘘はついてないが、ラスターにはなんとも居心地の悪い紹介の仕方だ。


「それで――」

「じゃあこっちでそれについては――」


 周囲の職員は忙しそうにしている。

 次々に書類が運び込まれては配られ、処理していく。


「こっちは後そっちのチェック待ちだ」

「おーい、これも持っていってくれ」

「ではこちらにサインしてですね」

「お疲れ様です」


 ついぼんやりしてしまう。

 しかし活気溢れる職場だな。


「おい、ラスター」

「あ、じゃあしばらくお世話になります」

「こちらこそ宜しくお願いするわ。お手当てはきちんとしてる?」

「あー、まあ」

「勿論ですよ。それじゃ戻ります」


 強引に背中を押され通路へ戻る。

 

「お手当て出ますかね」

「出ねえよ馬鹿」


 軽口を叩きながら大階段へと戻る。

 再びすっぽりと全身を覆ったラスターは眼下に少し砂が舞うのを見て息をつく。

 砂塵は歓迎できない。

 探知のコンディションとしては良くないのだ。


「ノルターミル、面白いだろ」

「すげえ活気だな。ターミル人って逞しいな」

「だろ? 他の国じゃこうはいかんだろうな」


 飯食おうぜ、と誘われ先程の木造倉庫の方へ歩いていく。

 晩飯には大分早い。

 まだ陽も落ちていない時間だが、ノルにはまだ入ってこない香辛料や各国の食材がここなら味わえるという。


「おいラス、あれ見ろよ」


 ノアドが指差した先を見たラスターは驚く。

 ハリシーンは東西南北に門を構えているが、ちょうど東門から数十台規模の隊商が今まさに到着せんと続々と門を潜ってきている所だった。


「軍かよ」

「ターミルの戦いって意味じゃ合ってるぞ」

「なあ、あれって多い方?」

「割と普通ではあるかな? サンドキャニオンに行けばとにかく馬と台車だらけだ。イシュバルの大半はそっちに持っていかれてる」


 ターミルを南北に分かつように中央に走る大動脈、サンドキャニオン。

 最も効率的で多くの隊商が走る道は、いつしか馬と車輪が掻き分けた砂が両脇に聳える地形となり、深い砂の渓谷となっている。


 まあこれはターミルが宣伝目的で多少話をでっち上げている部分もあるのだが。

 この国を端的に表す代表的な地名だ。



 馬車溜まりのすぐそばにある、「オアシス亭」なる食堂兼酒場の扉を潜る。

 近くに来た時から漂っていた香辛料の香りが更に強く、ラスターの鼻をくすぐる。


「いらっしゃい! 二人?」

「ああ」


 四時くらいだというのに席には大勢の商人らしき連中が座り、商売に関する話をしきりに交わしている。

 異国情緒溢れる光景だ。

 皆、一様に頭に頭巾を被っている。


 コッコッ、と小気味良い音を立て置かれたグラスにはオアシスで採れたものだろうか、綺麗な水が注がれていた。

 すぐさま注文を始めたノアドにメニューは任せ、ラスターはキョロキョロと店内を見渡す。


「ターミルは砂漠が多い関係で食は貧しいと思われがちだが、実際はどんどこ他所から食材が運ばれてくるからな。大陸一の香辛料なんかと合わせりゃ実はどこよりも飯は多彩かもしれん」


「魚とかは?」

「それはさすがに干物ばっかりだな。新鮮な魚は国境に行きゃああるが」

「いい匂いだよな」

「まあお前には刺激が強すぎるのもあるかもしれないけどな」


「おっ! ノアド」

「よう、カジム」

「こっちに来てたのか」

「ああ、ちょっとだけな。紹介するよ、こいつはカジム。イシュバルの仲間だ。こいつはラスター。ブライトンの俺の後輩だ」


 ニッと日焼けした顔に白い歯を光らせ、無精髭を生やしたカジムが手を差し出してくる。


「よろしくな、ラスター。同業者のよしみって奴だ」

「よろしくお願いします、カジムさん」


「ノルの方はどうなってんだ?」

「そろそろサジマールの連中とぶつかる頃合だ」

「そうか。話し合いって訳にゃいかねえんだな?」

「流石にノルターミルの上にまで俺が口出す訳にはいかないだろ。所詮傭兵なんだ」

「胸糞悪いぜ。連中も、上の奴らも」


 ひとしきり話すと、カジムは護衛に戻るからと去っていった。

 程なく運ばれてきた肉料理とサラダ――見た目にも新鮮で水滴を纏うこのサラダこそ実は一番意外だった――を頬張る。


「うまっ! すっげえ美味いなこれ」

「遠慮なく食え。お前酒は?」

「酔っ払って帰るのかよ?」

「軽くだ、軽く」

「やめとく」

「あ、そ」



「まだ頼むか? 別に高いもんじゃないからいいぞ」

「食べる」

「おーい、追加」



「ノアド、お前それ一杯にしとけよ」

「分かってるよ、うるせえなあ」

「何羽伸ばしてんだよ。仕事で来てんだろ?」

「栄養補給だろが」



 ――いや、この時の料理はマジで美味かった。親元を離れてからこっち、貧乏生活を送っていた俺には特にね。



「ごっそさん。お前全然食わないんだな」

「俺は戻ってから食うし。せっかくターミルに来たんだ、お前に砂漠の味を教えておかないとな」


 ついでと言って近くで少しばかりの買い物をしたノアドと共にノルへの帰途へ着く。

 砂漠を抜けるまで馬に無理はさせない。

 ターミル原産の力強い馬だが、何かあればただ事では済まない。ゆっくりと歩かせる。


「なあ、ノアド」

「ん?」

「カジムさんと話してただろ」

「おう」

「戦になるんだろ。なんだかんだ言っても。別にいがみ合ってたって口ぶりじゃなかったよな、お前。ついこの間まで仲間だったんだろ?」


 ドスッ、ドスッ、と力強い歩調で歩く馬に揺られる。

 太い足に広い蹄を持つこの大型の馬は砂漠を苦にする様子を見せない。

 

「……そりゃまあ」

「正直に言えよ。お前が仕事中に酒飲む時は考えたくない、ってサインだ。話ぐらいなら聞いてやるぞ」

「クソガキが」


 撫で付けた髪は頭巾に隠れて見えない。

 でもやっぱりノアドは何も変わっていないのかもしれない。

 だから分かる。

 やり場の無い怒りとか、やるせなさとか。


「……まあ、何だ。俺の世代じゃターミルの部族とか何とか言う奴は頭がイカレたような連中ばっかりでな。俺の爺さんもそうだったんだが」



「だから俺は、どっちかって言うと向こうにも理解があるっていうか。自分の爺さんを否定するような気がしてさ。……本当は古臭い考えをいつまで引きずってんだ、って昔からちょっと、嫌いとまではいかねえけどさ。でも、この国を作ってきたのもその俺達が古い人間だって馬鹿にしてるような人達な訳だろ?」



「頭で考えりゃあ多分俺達の方が正しい。いや、正しいっつーか……合理的っていうのかな。……何だろうな。結局、ただの生存競争みたいなもんだってこったな」


 

 途切れ途切れに話すノアドの言葉にはラスターも考えさせられる部分が大いに有る。

 何故ノアドはここに戻ったのだろう。

 ブライトン傭兵団に何故入ったのだろう。

 どうしてこんな苦悩と向き合っていられるのだろう。


「ま、何を考えた所で俺達ゃ傭兵だ。仕事は仕事。忘れてくれ」

「……ああ」


 そんな矛盾を割り切って傭兵でいられるノアドの事を、ラスターは少し不思議に思う。

 苦しくないのだろうか。

 傭兵だから、それが理由になるのだろうか。


 巨大な馬に乗って砂漠を渡る今の自分も、傭兵には違いない。

 傭兵だから。それは逃げじゃないのか。


 きっとこれがノアドの言う子供っぽさなのだろうと思い、ラスターはさっき食べた鳥肉はレプゼントでも食べられるとこがあるだろうか、と考え始める事にする。



ターミルの食文化

 砂漠地帯の多いターミルは食料を豊かな他国に求め、それが現在の交易業の根幹となったとも言われている。特産品ともいえる香辛料をふんだんに使用した料理や、独特の水分を多く含むパンなど、他国では味わえない料理も多い。食材は自領で獲れるものの他に、高速で輸送される大量の各国食材が出回っている為どこよりも多彩。

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