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砂漠の記憶 3

「魔獣?」


 ノアドからの言葉にラスターは顔をしかめる。

 ノルの村に数軒ある食堂はどこも人で混雑しており、ラスターが難色を示したため通りの屋台で適当に選んで開拓団宿舎本部の屋上へと来ていた。


 無論払いはノアドである。

 用途のわからない木の枠組みなどがあちこちに積まれている。


「あそこに森があるだろ」


 ノアドが顎で示した先には、日光を浴び美しく佇む森が見える。

 塀作りの作業現場から向こう、下生えの草があちこちに生えた荒地を挟み歩けば10分程だろうか。


「俺たちがここに来て真っ先に作ったこの宿舎はな、最初は防壁でもあったんだ」


 右手の串肉を軽く周囲に振りながらノアドが説明する。


「ここを背後からの砦として柵を作って、北側に開拓を広げていく計画でさ」



 ノルの村はターミル自治区、旧ターミル王国の中央部最南端に位置する。

 細長い卵を横にしたような形のターミル自治区は東側にレプゼント、西側の卵の先端部分はオルリア連合国の一つ、モンド領に接し、北側はマディスタ共和国が占めている。


 旧ターミル王国のお家騒動により統治体制が崩壊し、王国の歴史は突如として終わりを告げた。

 王族がいなくなったからだ。


 統治機構が崩れたわけではなかったが、伝統を重んじるターミル国民に王族に代わる王など認められない。


 残された貴族や権力者はなんとかターミルのままの生き残りを模索した。

 愛する我が国を隣国に併呑されるような事態にだけはすまい、と。


 幸いなことに、旧ターミル王国は平地がほとんどを占める地形の関係で、隣接する三国間の流通ルートとして動脈のような役割を担っており、三国としても、どこかがターミル領土を侵食し交易ラインを阻害するのは避けたかったという事情がある。


 王国崩壊と共に他国へ移住した者もいたが、残されたターミル商人や有力貴族は結束し、ターミル領内のめぼしい都市や街を交易拠点とする新たな組織を作り、隣接する三国へ更なる交易の利便性を図った。


 交易通商事業団「ノルターミル」。

 隣国に利益を提供することでターミルを自治区として成立させている核となる組織が誕生してから五年。


 王族による統治とは違うが、外部の侵略ではなくターミルの血をひく同胞。

 新たに始まった民による政治はターミル国民に歓迎と共に迎え入れられつつあった。

 そんな彼らが新たに着手したのがノルの開拓事業だ。




「ターミル王族の滅亡、病気だって話だが実際どうなんだ?」

「あー、俺も詳しくは」

「おかしいよな。全部が全部居なくなるなんて。噂じゃ色々あったけど、俺達はその時昇格してなかったからなぁ」


 ロイ達の疑問は当然だ。

 だが俺は当時興味が無かった。


 


 ターミル自治区の南に広がる地は、人の生活圏ではない。

 左右にオルリア連合国、レプゼント王国の一部が伸びているものの、両国ともこの地に手を伸ばしてはいない。


 魔境。

 王政崩壊の混乱による大きな不安が有る。

 魔境への防衛線だ。

 ターミル王国軍は一つの指揮系統からなる大きな軍ではなく、管轄の異なる国軍、傭兵軍、民軍という編成で成り立っていた。


 纏めて王国軍としてはいたものの、実際に王政が直接命令を下すことができたのはこの内国軍だけで、魔境防衛に当たっていたのは国軍と傭兵軍だ。


 現在上に立つ者がいなくなった国軍は細かく各地の都市や街に分散され治安維持部隊として運用されている。他国から見ればそうでもないが、内情では自治領の犯罪は多発しているのだ。


 傭兵軍はただ傭兵を雇っていただけなので、これは傭兵団に戻っただけだ。


 そして民軍。

 ターミルを語る上で欠かせない要素になる。

 砂漠の民の気質として、こんな言葉がある。


「流砂に飲まれる砂となるなかれ」



 ――それ、どういう意味だ?

 ――あ、俺にも分かんないです。



 とにかく、個を重んじる気質とでも思えばいい。

 独立の気風とでも言えば良いだろうか。

 強力な個にこそ仕えていたものの、それを失ってしまえば仕えるのは己だ。

 この国民性によってか、王族の居なくなった国軍が実質の傭兵軍となり、民軍は解散。

 傭兵は己の守るべきものを守るために傭兵団へと戻った。


 旧王国の敷いていた防衛線はここよりもっと北に位置する。

 その施設はノルターミルが現在使用している。

 



「魔獣が棲む地域ギリギリに拠点造りをする危険性は最初から織り込み済みではあったんだけどな。ノルターミルとしちゃ博打だよ」


 ノアドは続ける。


「尤も、開拓を始めてからこっち、奴らが出てきたことは無い。人手も資金も限られてるし、安全を買ってから開拓を始めることもできなかった俺たちにとってはラッキーとしか言いようがないな」

「もうちょっとマシな柵作るのに労力を割いても良かったんじゃないの?」


 ラスターの疑問も当然だ。

 ラスターがノルの村を目にして最初に抱いた感想は牧場だ。

 開拓中の村に金品があるはずも無いし、開拓作業を行う男達が大勢いる。野盗の類に襲われる心配は無いだろう。

 だが魔獣は別だ。


「最初に俺たちは砦兼用の寝床を作った。地均ししながらその石なんかを利用してな」


 屋上の床にあぐらをかいて座っているノアドは、トントンと指でつつく。


「その後今よりずっと狭い範囲を柵で囲って、また地均しだ。それが終われば家を建てたり色々だな。そしてまた柵の範囲を広げてその繰り返しだ」

「気が遠くなるな、それ」

「だろ? いちいち壊すとわかってる柵をその都度城壁みたいなものにするなんて不可能だったのさ」


 その苦労やかけた時間を想像するだけでラスターはうんざりする。


「向こうの森側にしっかり壁を作ってから開拓を始める案もあったんだけどな。上手くいくかどうかもわからない開拓事業に注ぎ込む金の問題とか」


 最後の肉を串から剥ぎ取る。


「ここを足掛かりに魔境を攻略して海向こうとの交易ルートを作り出したいって思惑があってな」


 現在のターミル自治区は交易事業が主な収入源となっている。

 しかしながら突如国としての機能を失ったターミルの立場は脆く、周囲三国と付き合う上で平等な契約を結ぶだけの余裕も無かった。

 低賃金で雇われている飛脚のようなものだ。


「人も増えたし施設も増えた。ノルターミルにとってこのノルはもう切り捨てていい場所じゃないって結論に至った訳さ」

「それで本格的に防壁造りを始めたってことか」

「まだ本格的とはいえないな。とりあえずだな」


 ノアドの顔には少し疲れが滲んでいるように見える。


「この村についてはある程度わかった。で、俺を呼んだのは? まさか魔獣退治しろって話じゃないよな?」


 牽制も兼ねてラスターは尋ねる。


「お前、南の方に散歩でも行ってこないか」


 ニヤリとノアドが笑いながら言った。

ターミル王国の滅亡

 王族が皆一度に死亡した、とされているが外部にとってその真偽の程は不明。お家騒動とも謎の病気とも噂されたが、他国が介入する事態にまで発展しなかった事もあり、ターミル人内部の問題として秘匿されている。

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