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砂漠の記憶 2

登場人物紹介

 ノアド・バートン……ノル開拓団職員として雇われた傭兵。少年時代のラスターの稽古相手であり、元ブライトン傭兵団。

 ノルという名前が決まるよりずっと前、この地に新たな村を建設するために派遣された開拓団は、まず拠点を建設するところから始めたらしい。


 村で目にした木造家屋とは違い、石造りの大きく立派な建物を中心に半円を描くように箱のような石造りの平屋が建ち並んでいた。


 今現在俺はその中心にある一際大きな開拓団宿舎本部の一室でお茶をすすっている。


「……暇だな」


 受付のようなところで別の女性と二言三言会話を交わしたメリサは、俺をここへ案内しお茶を出すと、


「しばらくお待ちくださいね」


 と笑顔を残し部屋から出ていった。

 石の継ぎ目が所々陰影を作る壁と天井に、木でできた丸机と椅子が数脚あるだけの殺風景な場所だ。


 板が打ち付けられただけの庇の付いた窓からは、おそらくその朝の作業であろう村の塀作りに励んでいる男達の姿が遠目に見える。

 見ていて面白いものでもなかったので、持ってきた小さな背負い袋を机の上に置く。


 誰かが入ってきても見られないよう、扉に背を向ける位置に椅子を移動し、背負い袋から一本のナイフを抜き出す。


 いきなり訪ねてきた見知らぬ男がナイフを出しているのを見られるとまずいからな、とラスターは自分の思慮深さを自画自賛する。


 黒革の鞘に留め具で収まっているナイフの柄を布で拭う。銀でできた柄尻から鍔に向け、細く青い線が幾筋か走り美しく光を放っている。


 握りは指2本分ほどの幅で、気持ち握りより一回り広がった鍔から先は黒革に覆われている。

 刀身にあたる部分は手首から指先までの長さくらいしかない、愛用のナイフだ。


 ここで何をするんだろう。ぼんやり考える。

 ノアドから届いた手紙は行くとこ無いならくれば? みたいなことしか書かれていなかった。

 ムカついたので返事は書かなかったが。





 窓から聞こえてくる喧騒に、朝の作業の終わりを知る。

 立ち上がり窓から作業現場の方へと目をやれば、まだ作業を続けている男達の姿が見えるものの、その数はずいぶんと減っている。

 宿舎にもにわかに人の気配が増え、暑さが更に増したように感じてしまう。


(やべ、寝ちまった、俺)


 乗り合い馬車から降りて夜通しここまで歩いてきたとはいえ、見知らぬ他人ばかりの場所でウトウトと居眠りをするとは。


 しばらくすると扉がノックされ、メリサが顔を出す。


「ラスターさん、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ノアドさんのところへご案内いたします」


 メリサの後に続いて階段を下りていき広い1階エントランスに着く。

 開拓団と思しきメリサと同じ格好をした人々と、住民男性と思しきまちまちの格好をした人々とでごった返している。

 人ごみをすり抜けメリサは受付らしきカウンターの中に入っていく。


「どうぞ」


 笑顔でラスターを促しさらに進むメリサの先に、書類に目を落とし隣の女性となにか話しているノアドがいた。




 ノアド・バートン。二十五歳。

 ターミルを拠点とするイシュバル傭兵団に所属している金髪の傭兵。

 ガタイが良く、気立ても良い。

 後ろに撫で付けた髪がどんな時でも崩れたのを見たことがない、頭髪の魔術師だ。


 だが、黄味がかった半袖のダサいシャツに浅黒く日焼けした肌、書類片手に女性に指示を出している目の前のコイツは、俺の知らないノアド・バートンだ。


 ブライトン傭兵団で俺に傭兵のイロハを教えてくれていた頃は、しょっちゅう会合をすっぽかしていたような男のはずだ。




 苦笑いを浮かべたノアドは、手振りでもう少し待て、とメリサとラスターに伝え、書類をめくる。

 いくつか指示を出し終わると、


「メリサ、すまないな。案内ありがとう」

「いえ。では私はこれで」


 そう言ってメリサを労うとようやくラスターへと向き直る。


「いきなりだな、ラス」

「珍しくもないだろ?」


 再び苦笑いを浮かべるノアドに、ラスターは肩をすくめる。


「似合ってないぞ、そのシャツ」

「それもまたいきなりだな」


 クックッ、とノアドは小さく笑う。


「まあ、よく来た。とりあえず飯でも食おうぜ。俺は腹が減って死にそうなんだ」

「俺も腹はすいてる。この村の食料事情はどうなってんだ?」

「捨てたもんじゃないさ。絶賛開発中の僻地としてはな」


 カウンターからエントランスへと進んでいくノアドの後ろにラスターが続く。


「一度俺の部屋に寄るぞ。水を浴びたい」

「ああ」


 半円状に広がった石の箱の一角へと歩きながらノアドが尋ねる。


「お前なんで急に来たんだ? 返事くらい寄越すもんだろ」


 真っ直ぐ前を歩きながらそう話すノアドに、周囲をキョロキョロと見回しながらラスターも答える。


「んー……どうするか悩んだし」


 とりあえず誤魔化しておく。本当はノアドにたかるつもりでいる。少し間が空いたのは馬車代が無かっただけだ。


「で、思い立ったらこれか。まあ真面目に手紙のやり取りをするってのもいらん手間だけどさ」


 二人の足取りは軽く、宿舎の一室へと入っていく。


「万一俺が留守だったらどうする気だったんだよ? ノルはまだお前の退屈を潰すような娯楽は無いぞ」


 シャツを脱ぎ捨てたノアドの体は引き締められ、戦士にふさわしい力強さが宿っている。


「んーまあ、メリサさんみたいな美人もいたしな。色々見とくってのも悪くない」



 ――この台詞、思い返せば随分俺も背伸びしてたもんだ。



 寝台に腰かけその硬さに眉をひそめながら答えるラスターの言葉に、ノアドの反応は薄い。

 すぐ戻る、と言い水を浴びにノアドは裏手へと出ていった。

 シャレにならんな、と寝台のあまりの硬さに再度確かめるように手をつき、ラスターは部屋を物色する。


 支給物であろう剣が壁に立て掛けられ、横に革の軽鎧が無造作に置かれている。

 ブライトン時代は武具に対してこんな扱い方をするヤツじゃなかったけどな? とラスターは思う。

 棚と机と椅子が一脚。他には何も無い、石の箱だ。



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